「美羅様」
まるで運命の出逢いを果たしたように、賢はその名を口にした。
艶やかな茶色の髪は肩を過ぎ、腰のあたりまで伸びている。
美羅と同化した、愛梨と同じ年頃の少女。
病室から強制的に仮想世界へと送り込まれたリノアがそこに立っていた。
彼女はこれからも、『レギオン』の作る未来の象徴になる存在だった。
「特殊スキルの使い手を手中に収めれば、全ては美羅様のお望みのままに」
賢の呼びかけに、美羅と呼ばれたリノアは警戒するように何も答えない。
望と同じ動作を繰り返すリノア。
しかし、賢は手中に収めようとする望も、話しかけているリノアも見ていない。
リノアと同化した美羅だけを注視していた。
もう会えないと絶望した。
もう一度、会いたいと夢想した。
恋に焦がれて、現実に打ちのめされて、それでも求めた女性が手に届く場所にいる。
「吉乃美羅様……。あなたを完全に生き返させること。それが、今の私達の成すべきことです」
身を焦がすあらゆる感情を呑み込んで、賢は大切な女性の名前を口にした。
「勇太くん。君なら、私の気持ちを理解できるのではないかな? 君は久遠リノアを愛しているのだから」
「ーーっ」
賢が投じた言葉に、勇太は一瞬、躊躇いを覚える。
賢は今、自分の感情を消化しきれずに心中で彷徨っている。
友を失い、愛する者を失った青年。
その心の負荷は想像するに余りあった。
「リノアはリノアだ! 吉乃美羅は、もう……」
先程と同じ反感。
しかし、その先に続く言葉は口にするのも憚(はばか)れた。
勇太はそれでも情感を込めた口調で主張する。
「吉乃美羅は、もういないだろう……!」
「……浅はかな」
勇太の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。
彼女にもう一度、会えるなら、彼らは絶望から解き放たれる。
賢が『美羅』という女神に注いだ執念。
盲目的に崇拝した理想の世界。
裏を返せば、それは吉乃美羅を深く愛していたという証左でもあった。
賢は欺瞞に満ちた目で、全てを見据えるように宣言する。
「……君達がいくら否定しようと関係ない。私達は、君達をここで逃がすつもりはない」
「「……それは」」
あまりにも単刀直入な言明に、望とリノアは言葉に詰まった。
「……なら、俺は、望達の道を切り開くだけだ!」
勇太は一呼吸置くと、目の前の賢へと向かっていく。
起死回生の気合を込めて、賢に天賦のスキルの技を発動させた。
『フェイタル・ドライブ!』
勇太が大きく大剣を振りかぶり、光の刃が波動のように賢へと襲いかかった。
万雷にも似た轟音が響き渡る。
「ーーっ」
迷いのない一閃とともに、勇太の強烈な一撃を受けて、賢は怯んだ。
賢のHPが一気に減少する。
頭に浮かぶ青色のゲージは、半分まで減少していた。
勇太は畳み掛けるように、賢の間合いへと接近する。
「『星詠みの剣』!」
だが、賢が剣を掲げた瞬間、賢の周りに淡い光が纏う。
その瞬間、賢のHPゲージは、あっという間に半分から全快の青色に戻っていた。
「俺の役目は、望とリノア達を守ることだ! 回復するというのなら、回復する暇を与えないくらい、何度でも叩き込んで押し返してやる!」
「なるほど。だが、勇太くん、君にそれが出来るかな」
幾度も繰り出される互いの剣戟。
超高速の攻防を繰り広げながら、賢は勇太の意気込みを感心する。
「やってみせるだけだ!」
「勇太くん、君の気迫は呆れを通り越して、称賛に値する」
賢の美羅のために尽くすその狡猾さと残忍さは、勇太が知る限りでも突出した存在であった。
賢の攻勢が抑えられた隙に、望達は有のもとへ駆け寄った。
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