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留菜マナ
留菜マナ

第三百ニ十五話 翡翠の残響⑧

公開日時: 2022年1月21日(金) 16:30
文字数:1,560

四人はいつでも共に在る。

姿形が異なれど、永劫の別離など彼らの前には存在はしない。


それが賢の胸中そのもの。

不意に訪れた大切な人達との別離は、彼にとっての驚愕だったのだろう。

大切な人達。

どのような困難に見舞っても手を繋いで進んでゆくという希望であった。

蒼穹のような輝きを持った彼らは歌うように生を謳歌する。


長閑な世界が喧噪から遠く、四人を運んでくれるから。

止まない雨は無い。

明けない夜も無い。

奏でる音色はきっと美しく響き渡る。


「だって、見て。空はこんなにも蒼いんだもの」


今はもういないはずの美羅が優しく微笑んだ。

まるで幼子のように微笑んだ笑顔は甘やかな色彩に彩られる。

彼女の髪が風で揺らぐ様さえも愛おしい。


ーー例え、世界が別つとも。

四人は決して逸れることがなきように手を握っている。

この蒼穹が、いつでも自分達を繋いでいてくれると信じているから。


「そうだろう? 美羅、それが君の望んだものなのだから」


信也は室内にあるモニターを表示させて、少女のーーリノアの現実世界の診療の経過を電子情報として一括し、データベースに記録した。


「相変わらず、美羅の特殊スキルの力はすごいな……」


電子カルテを見ていた信也は、物欲しげに顔を歪める。

そのタイミングで、後方に控えていた賢は咎めるようにして言った。


「信也。『美羅様』だ」

「美羅様の力はすごいな」


信也は、賢に一瞥くれて言い直した。


「賢は、美羅様にご執心だな。しかし、残念な結果になったのだろう。当初の予定を変更する必要がある。今後の対策はあるのか?」

「蜜風望達の力をいささか見誤ったと言えるな。だが、美羅様に真なる力を発揮して頂ければ、それも問題ない」


信也の戯れ言に、賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。

リノアは今も病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。

『創世のアクリア』で起きた出来事を思い返して、賢の隣に立っていたかなめは憐憫の眼差しを信也に向けた。


「お兄様。先程の戦いでサポートして頂いたことは感謝します。ですが、ログインされた時くらい、単独行動は止めて頂けませんか? 美羅様に、ゲーム内であまりお会いしていない影響で、お兄様だけ、まだ『明晰夢』の力を授かっていません」

「私はソロプレイヤーとして活動することに慣れてしまっているからな」


そう懇願したかなめをまっすぐに射貫くと、信也は静かな声音で真実を口にする。


「『レギオン』のギルドマスターである美羅様。特殊スキルの使い手である椎音愛梨をもとにした、データの残滓である姫君。しかし、彼女には、吉乃美羅のデータも含まれている」

「はい。美羅様は、決して椎音愛梨の紛い物などではありません。その証拠に、私達はかって、美羅様のご加護によって、神のごとき力ーー明晰夢を授かりました」


信也の言葉に、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませた。


「美羅様は生きている。一毅の遺言どおりにな」

「一毅お兄様の念願は果たされたのですね」


賢の発言に、かなめの心には筆舌にしがたい感情が沸き上がった。

一毅と美羅が死んだ時の記憶は未だ、残酷なほど鮮明だ。

彼らの死にもっとも嘆き悲しんだのは、かなめがお慕いしていた賢だった。


「しかし、五人揃う日はもうこない」


賢は悔やむように懺悔を口する。

五人の関係を崩壊させた忌まわしき事故が、まるで昨日のことのように追憶された。


「何故、だ……。何故、君達は私達の望みを拒む……。美羅様が望む理想の世界を否定する……」


先刻の望達の言葉を振り払うように、賢はいつかの美羅の柔らかな微笑みを想起する。


高位ギルド『レギオン』のギルドホームがある、機械都市『グランティア』。


ここから見える空はいつも美しく輝いて見えた。

他の場所を知らない籠の中の鳥達にとっては、その空が全てだったからーー

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