兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第四十七話 雨が恋しくて④

公開日時: 2020年11月25日(水) 07:00
文字数:2,049

「望よ、高位ギルド『カーラ』は、召喚のスキルの使い手が多いのか」

「ああ」


翌日、高校の授業を終えた放課後、望は昨日、小鳥から聞いたことを有に話していた。

望と有は同じ高校、奏良は別の高校に通っている。

花音は、有の家の近くにある中学校に通っていた。


「わざわざ、小鳥に言付けを伝えてきたから間違いないと思う」


昇降口に辿り着いた望は、隣を歩いていた有の方を振り返ると窮地に立たされた気分で息を詰める。


「しかし、小鳥は『創世のアクリア』をしたことがないのだろう。椎音紘の特殊スキルによるものとはいえ、彼女が愛梨にゲームの情報を伝えるのは違和感があるな」

「そうだな」


有のもっともな指摘に、望は靴を履き替えると、昨日、小鳥から伝えられた意味深な言葉を思い返し、不思議そうにつぶやいた。


「まるで、俺が特殊スキルを使うことを予言するような言い回しだった。椎音紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』は底が見えないな」

「特殊スキルーー。唯一無二のスキルというものは、世界そのものを書き換える力があるようだからな」


問いかけるような声でそう言った望に、同じく靴を履き替えた有は軽く頷いてみせる。


「『アルティメット・ハーヴェスト』の監視、『レギオン』の尾行、そして『カーラ』の対策。警戒するギルドが多いというなら、相手の出方を見るよりほかにない。とにかく、望よ。今度の休日に、メルサの森のクエストに挑むぞ!」

「有らしいな」


有が出した結論に、望は苦笑しながらも同意したのだった。






メルサの森のクエストに挑む当日ーー。


有の家に集まった望達は、携帯端末を操作して、『創世のアクリア』へとログインする。

旧バージョンの頃より、目の前に広がる金色の麦畑や肌に纏わりつく風と気候も、まるで本物のように感じられた。

だが、有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体はさほど変わっていない。

今日も、大勢の人で賑わい、プレイヤー達の行き来も激しかった。

望達は早速、ギルドへと足を運ぶ。


「有、花音、それに望くん」

「母さん!」

「お母さん、お待たせ!」

「こんにちは」


望達がギルドに入ると、既に有の母親が控えていた。

ギルドの奥では、先にログインしていた奏良が準備を整えている。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。

有の父親は休日出勤しているため、今日はログインしていない。


「マスター、有様、花音様、お待ちしておりました」


プラネットは、人数分の紅茶を準備すると、丁重にテーブルに並べる。

お茶請けは、焼きたてのワッフルだった。

花音は席に座ると、未(いま)だ温かな、格子(こうし)模様の浮き上がるふわふわの生地に、果物のソースを添える。


「わーい! プラネットちゃんの作ったワッフル、すごく美味しいよ!」


ワッフルを切り分けて一片を頬張った花音は、屈託のない笑顔で歓声を上げた。

それに倣って、席に座った望達も、ワッフルを切り分けて口に運ぶ。


「本物のワッフルを食べているみたいだな」


まるで現実のワッフルを食べているような味と匂いと食感。

想像以上の再現度に、望は感極まってしまう。


「よし、ギルドの管理は母さんに任せて、馬車を確保するぞ」

「うん」


有の指示に、ワッフルを食べ終わった花音は大きく同意する。

だが、花音はすぐに思い出したように唸った。


「でも、お兄ちゃん。ここから、幻想郷『アウレリア』まで馬車で行くと、かなりの時間がかかりそうだよ」

「そうだな」


花音がインターフェースで表示した時刻を、望はまじまじと見つめる。

昼前の時刻。

マスカットの街から、幻想郷『アウレリア』まではかなりの距離がある。

移動手段に時間を費やせば、クエストの攻略は困難を極めるだろう。


「心配するな、望、妹よ。転送アイテムで王都、『アルティス』に行ってから、馬車を手配するつもりだ。そうすれば、幻想郷『アウレリア』を通らずとも、メルサの森に赴くことができるからな」

「さすが、お兄ちゃん!」


有の発言に、花音は両手を広げて歓喜の声を上げる。


「よし望、奏良、プラネット、妹よ、行くぞ! 王都、『アルティス』へ!」

「ああ」

「うん!」


有の決意表明に、望と花音が嬉しそうに言う。

望達が転送アイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、王都、『アルティス』の城下町の門前にいた。

『転送アイテム』は一度だけだが、街などへの移動を可能するアイテムだ。

ただし、ダンジョンなどは一度、訪れてからではないと行くことはできない。


「『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドがあり、なおかつ監視がついているこの状況で、『レギオン』の襲撃がある可能性は低い。ここで準備を整えて、メルサの森に赴くぞ!」

「なるほど。監視されている状況を、逆に利用したんだな」


探りを入れるような有の言葉に、奏良は何故、王都、『アルティス』から馬車で迂回して目的地に向かうのか、事情を察知した。

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