「ペンギン男爵よ。助かった」
「ありがとうございます」
ペンギン男爵の指示に従って、有はクエストを受注する。
「有、花音、望くん、奏良くん。そろそろ時間も遅いし、クエストに挑むのは次の機会にした方がいいね」
「そうだな」
「今回は期間が長いから、別の日に改めるのが妥当だな」
有の母親がインターフェースで表示した時刻に、望と奏良は視線を向ける。
両手を伸ばした花音は興味津々な様子で、有に尋ねた。
「お兄ちゃん、メルサの森って何処にあるの?」
「妹よ。メルサの森は、五大都市の一つ、幻想郷、『アウレリア』の北端にある」
有の想定外の発言に、望は意外そうに首を傾げる。
「幻想郷『アウレリア』か。あの地域のモンスターになると、ボスはやっぱり、空を飛ぶモンスターなのか?」
「ああ、恐らくな。幻想郷『アウレリア』の付近で出現するモンスターや生物は全て、空を飛んでいる。もちろん、魚もだ」
「空飛ぶお魚さんに空飛ぶモンスター、すごいね! 一本釣りの要領で倒せるのかな?」
有の説明に、花音はクエストへの意気込みを語った。
「幻想郷『アウレリア』の一角には、特殊スキルの使い手を狙っている高位ギルドの一つ、『カーラ』がある。空を飛ぶモンスターといい、厄介な場所だな」
「ああ」
奏良の危惧に、有は深々とため息を吐いた。
世界を牛耳る力と謳われ、現実世界をも干渉する力と言われている特殊スキル。
特殊スキルを使える者が、ギルドに所属しているだけで上位ギルドとして認められる。
また、特殊スキルの使い手は、望を含めて三人しかいないため、望自身は常に狙われる立場だった。
「『カーラ』。高位ギルドの中では、新興に当たりますね」
「その通りだ、プラネットよ。『カーラ』は、公式リニューアル前に、上位ギルドから高位ギルドへと上がっている」
プラネットが口にした言葉に、有は同意する。
意外な事実を聞いて、花音は不思議そうに小首を傾げた。
「お兄ちゃん、高位ギルドって、精鋭のプレイヤーばかりがいるんだよね。どうして、望くんや愛梨ちゃんの特殊スキルを狙うのかな?」
「望や愛梨を狙う連中は、力はいくらあっても困らないと思っているのだろう。特に唯一無二のスキルというものは、世界そのものを書き換える力があるようだからな」
花音の懸念に、有はインターフェースを使って、高位ギルドの情報を一つ一つ検索する。
新興に当たる高位ギルド、『カーラ』。
特殊スキルの使い手が二人いる高位ギルド、『アルティメット・ハーヴェスト』。
そして、王都『アルティス』で望を狙ってきた高位ギルド、『レギオン』。
有自身としては、現時点で高位ギルドとやり合うのは避けたかった。
仲間が増えたとはいえ、相手の人数が多すぎて、戦いは泥沼化必至だ。
最悪、望を奪われ、メンバー全員、ゲームオーバーに成りかねない状況に陥ってしまうだろう。
それだけは、何としても防がなければならなかった。
有は腕を組んで考え込む仕草をすると、高位ギルドの情報を物言いたげな瞳で見つめる。
「メルサの森まで迂回するか、悩みどころだな」
「……あの、有様」
思案に暮れていた有を現実に引き戻したのは、躊躇いがちにかけられたプラネットの声だった。
「私も、今回のクエストにご同行させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ、プラネットよ」
「ありがとうございます」
有の承諾に、プラネットは一礼すると強気に微笑んでみせる。
「そういえば、プラネットはどんな武器を使うんだ?」
「私は基本、素手で戦います」
望がかろうじてそう聞くと、プラネットは吹っ切れた言葉ともに両拳を壁に叩きつけた。
それと同時に高濃度のプラズマが走り、爆音が響き渡る。
煙が晴れると、壁はクレーター状に窪んでおり、見るも悲惨な状況に陥っていた。
「ギルドの壁が……」
「ギルドの管理の経費といい、今日は損失が多い日だな」
望と奏良が呆気に取られていると、プラネットは誇らしげに恭しく頭を下げた。
「マスター、いかがでしょうか?」
「いや、その前に、ギルドの被害額の方が問題だな」
「……っ。も、申し訳ございません」
望の指摘に目を見張り、息を呑んだプラネットは、明確に言葉に詰まらせた後、焦ったように謝罪する。
「NPCはスキルを使えないとはいえ、この威力、戦力として申し分ないな」
「プラネットちゃん、すごーい!」
有の発言に同意するように、花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。
「すごくない……」
壁の亀裂から入ってくる風に晒されながら、望はげんなりとした表情で肩を落とす。
その後、ギルドの壁の修復は、有に雇われたNPCの作業員達によって、速やかに取り行われた。
一悶着ありながらも、新たな目的を前にして、望達は決意を新たにするのだった。
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