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留菜マナ
留菜マナ

第百四十九話 追憶のハーバリウム②

公開日時: 2021年2月14日(日) 16:30
文字数:1,229

「お疲れ様でした」


望達が馬車を降りると、NPCの御者は丁重に声をかけてくる。


「お兄ちゃん。最初に、ここに訪れた時は、勇太くん、いなかったよね?」

「妹よ。恐らく、俺達が『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドホームを赴いていた際に訪れたのだろう」


花音の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせた。


「椎音紘の話では今、冒険者ギルド内に柏原勇太がいるはずだ。クエストを受ける前に、柏原勇太を探そうと思っている」

「ああ」

「うん」


有が事実を如実に語ると、望と花音は納得したように首肯する。

冒険者ギルド内で見かけるのは、『アルティメット・ハーヴェスト』の者達と、NPCであるギルドの受付達の姿だけだった。

しかし、信也のような『レギオン』と『カーラ』に通じた来訪者が現れないとは限らない。


「よし、望、奏良、プラネット、妹よ。『レギオン』と『カーラ』の者達に遭遇する前に、柏原勇太を探すぞ」

「うん。勇太くん達、あれからどうしていたのかな」


花音は周囲を警戒してから、勇ましく点頭した。






その日、勇太は一人で、五大都市の一つ、王都『アルティス』の冒険者ギルドへと赴いていた。

クエストをしらみつぶしに検索していたのだが、リノアを元に戻すきっかけになりそうなものは見当たらない。


「今日も収穫なしか」


勇太は釈然としない態度のまま、視界に入ったクエスト内容を確認する。

『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインできるようになった時、勇太達は死物狂いでリノアを救う方法を探した。

だが、その日は見つけることが出来ず、彼らは後ろ髪を引かれる思いで現実世界へと戻ることになる。

リノアを守る体裁を保つため、勇太達はその後も必死に情報を集めた。

しかし、いまだに何一つ手がかりになりそうなものは見つかっていない。

理想と現実の落差を、その度に一筋の希望で埋めねばならなくなる。

勇太の脳裏で、かってのリノアの声が反芻される。


『勇太くん』


大輪の向日葵のような、思わず目を奪われるリノアの笑顔。

幼い頃の勇太は、毎日が楽しくて仕方がなかった。日々、大好きな幼なじみの女の子と遊んで、家に帰れば優しい笑顔で家族が迎え入れてくれる。

そんな当たり前の幸せな日々。

だが、リノアが眠った状態になってしまったことで、そんな日々は失われてしまった。

仮想世界だけではなく、現実世界にまで影響を及ぼしてくる高位ギルド。

自分達には、手に余る事柄だ。

考えるだけで気が重くなってくる。


リノアを救う方法が分からない。


答えが出せないまま、勇太の脳裏には、リノアへの様々な思いが去来した。


このまま、何も手がかりは見つからないのではないだろうか。


勇太が内心でそう思っていると、ギルドの入口が賑わい、新たな人々の到来を告げていた。

勇太は不意に、ギルドの入口へと視線を走らせる。

そこには、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』に挑んだ際、リノアの側にいた望の姿があった。


「あの時の!」


勇太は期待に表情を綻ばせながら、望達のもとへと駆け出していった。

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