機械都市『グランティア』。
ーー月だけが、冷酷に大地を睥睨していた。
立ち込める霧の向こうに並び立つ建物はひどく静かで、まるで活気は感じられない。
「悲しいな。人は生きるうえで、あまりに苦痛が多すぎる」
信也は憂いを帯びた声でそうつぶやいた。
「だから、一毅。君は美羅をこの世界に残したのだろう?」
信也の視線が向かう先には、高位ギルド『レギオン』に所属する自律型AIを持つNPCの少女ーーニコットが立っている。
「なあ、ニコット」
「吉乃信也様。ニコットはこのまま、吉乃一毅様からの指令を続行します」
無邪気に嗤う少女ーーニコットの発言を聞いて、信也は笑みを綻ばせる。
改めて、一毅の遺言の真意を思い出す。
美羅の特殊スキルは、全ての人々に加護を与え、一部の者達に神のごとき力ーー『明晰夢』を授ける力だ。
しかし、美羅の真なる力の発動には、望と愛梨の力が必要だった。
美羅は、特殊スキルであるーー究極スキルそのものである。
だからこそ、特殊スキルの使い手とシンクロすることで、彼女は目覚め、彼らと同じ動作をした。
信也は賢から聞き及んだニコットに纏わる話を想起する。
ニコットはあの日、部屋に控えていた賢に対して、今後の方針を提示した。
「手嶋賢様。ニコットは、吉乃一毅様から言付けを預かっています」
「言付け?」
賢は顎に手を当てて、ニコットの言葉を反芻する。
「『究極のスキル』を使って、美羅様を生き返させてほしい」
「ーーっ!」
ニコットが口にしたのは、一毅が最期に残した遺言。
それは、死にゆく者が残された者達に対して遺した言葉。
一毅のその願いは、今までのどの言葉よりも賢達の心に突き刺さっていた。
「ニコットはそのために、美羅様と特殊スキルの使い手をシンクロさせることができます」
ニコットの意味深な言葉に、賢はインターフェースを操作して、改めて機械人形型のNPCであるニコットの情報を表示させた。
「シンクロ……。それを使えば、美羅様の真なる力を覚醒させることができるのか?」
「確証はできませんが、不可能ではないと判断します」
賢の意向に応えるように、ニコットは淡々と告げる。
ニコットは、他の自律型AIとは違う仕様を持つ不思議なNPCだ。
実は、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の開発者である一毅によって、究極のスキルを促すために作られた機械人形型のNPCである。
だが、その事実は、望達はもちろん、規格外の力を持つ紘さえも知らない。
ずっと、みんなの傍にーー。
大切な仲間達に希う想い。
それは距離や関係の話だけではなく、互いの命のすれ違いも含めて。
「……この世界なら、確かに苦しむことはないな」
だから、彼(一毅)も彼女(美羅)もお節介焼きだという思いを、せめて今だけは口にする。
それそのものを願いにはできないのなら、せめてもの、と。
想いを形にすることが出来ないから。
今はもういない彼女(美羅)のために、この世界が創られたというのなら、私の役割はーー。
「吉乃先生。美羅様に異常は見られません」
先程、リノアを診た医師の報告に、信也は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。
「助かった。引き続き、美羅様の経過を看てほしい」
「はい」
信也の指示に、カルテを手にした医師は一礼して部屋を出る。
「さて、そろそろ出向くか」
医師が立ち去った後、信也は携帯端末を操作し、『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインする。
彼が転送アイテムを用いて訪れたのは、機械都市『グランティア』の一角にある高位ギルド、『レギオン』のギルドホームだった。
信也はドアのセキュリティを解除して、ギルドマスターが控えている部屋に入る。
そこは、物々しい機材が置かれただけの研究室のような空間が広がっていた。
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