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留菜マナ
留菜マナ

第八十五話 救世の女神と星の溶けた世界③

公開日時: 2020年12月14日(月) 07:00
文字数:2,196

「メルサの森で、『レギオン』がほとんど動かなかったのは、俺達の特殊スキルのことを調べるためだったんだな」

「ああ」


望の疑問に、賢は迷いなく断言する。


「おかげで、君達の入れ替わりのプロセスも分かってきた。これなら、ニコットの記憶デバイスで識別すればーー」

「作為的に、望を愛梨に入れ替わらせようとしているんだろう」

「なっ!」


徹の的確な指摘に、賢は続けようとしていた言葉を失って唖然とした。


「もちろん、望達を脅迫するために、『キャスケット』と『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーの中に、間諜を忍ばせても無駄だ」

「ーーっ」

「そこまで見据えているのですね」


確信を込めて静かに告げられた徹の言葉は、この上なく賢達の心を揺さぶった。


「……それも、椎音紘の特殊スキルによるものか」


賢は乱れた心を落ち着かせるように、両手を強く握りしめる。


美羅を完全に覚醒させるーー。 


その絶対目的を叶えるために、賢達は最善な方法を模索してきた。

だが、賢達が如何(いか)にあらゆる策を弄(ろう)しても、紘の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって、全て見抜かれてしまう。


このままでは埒が明かないな。

一刻も早く、美羅様を目覚めさせて、椎音紘の特殊スキルに対処する必要がある。


賢は一拍だけ間を置くと、月下に咲く大輪の花のように不敵に微笑んでみせた。


「なら、無理やりにでも、協力してもらおうか」


賢は腕を上げると、周囲の『カーラ』のギルドメンバー達は一斉に武器を構えた。


「蜜風望を捕縛しろ!」

「はっ」


賢の指示に、『カーラ』のギルドメンバー達の遠距離攻撃が包囲するようにして望達を襲う。

投げナイフ、鎖鎌、ダガー、弓、魔術、召喚されたモンスターの咆哮。

全てを確認することが、不可能なほどの攻撃が一斉に望達に殺到する。


「蒼の剣、頼む!」

「……の、望くん」


絶体絶命の危機を前にして、花音達の前に出た望は全ての攻撃を受け止めようと、水の魔力、そして望と愛梨の特殊スキルが込められた蒼の剣を構える。

流星のような光を放って、飛び道具を流れるような動きで弾くと、望は迫ってきたモンスター達と魔術の攻撃をいなした。


「……あれが、特殊スキルの力か」


あっという間に、全ての攻撃を凌ぎきった望を前にして、隼が焦燥を抱く。


「蜜風望は、私が相手をしよう。かなめ、君達は他のメンバーを頼む」

「はい」


望の剣さばきを目にして、賢はすぐにその決断を下した。

その言葉を合図に、かなめ達はそれぞれの武器を構えた有達と対峙する。


「俺が勝ったら、あのクエストを破棄してもらうからな」

「なら、私が勝利した暁には、美羅様と再び、シンクロしてもらおうか」


望と賢は、互いの信念を賭けて向かい合った。

望は蒼の剣を構え直すと、余裕の表情で事の成り行きを見守っている賢の様子を物言いたげな瞳で見つめる。


「ーーっ」


賢が鞘から剣を抜いた瞬間、望は仕掛けた。

望の加速に、賢はわずかに自身の武器である剣を動かし、望が進む先に刃先が来るようにして調整して対応する。


「くっ!」


剣先を打ち払おうとする望の剣の動きに合わせて、賢は絶妙な力加減で望を吹き飛ばした。


「望くん!」


壁際に激突した望を見て、花音が悲鳴を上げる。

望のHPを示す青色のゲージは、ごっそりと減っていた。


「望くん、私も加勢ーー」

「待て、妹よ! そこから先は、罠が設置されている!」


杖を構えた有は、慌てて望のもとに駆け寄ろうとした花音を呼び止める。


「ーーっ!」


有の制止と同時に、鞭を振るおうとしていた花音は強引に急制動をかけた。

その瞬間、花音の目の前で、凄まじい爆音とともに床が吹き飛んだ。

床の一部が吹き飛んだことで、その直撃を受けた場所には大きな亀裂が入る。


「奏良、プラネット、徹、妹よ。ここから先は、危険な罠が設置されている」


有は警告するように、花音達を手で制した。


「『避雷針』。メルサの森のクエストの報酬である『ネモフィラの花束』を素材に使って生成されるアイテムの一つだ。いろいろな場所に仕掛けることができ、その場所に触れた者に一定のダメージとスタン効果を発生させる」

「えっー! お兄ちゃん、罠があるの!」


それは花音達にとって、全く予想だにしていなかった言葉だった。


「ああ。また、浮遊物が通り過ぎた際にも爆破する危険な代物だ。恐らく、望との戦いを邪魔させないために、前もって設置していたのだろう」


有が咳払いをして、落ち着いた口調で説明すると、奏良は身構えていた銃を下ろす。


「爆破か。魔術や遠距離攻撃にも反応しそうだな」

「やっぱり、鞭を伸ばしても反応するのかな」


奏良の宣告に、様々な案を思考していた花音は不満そうな眼差しを向ける。

だが、すぐに状況を思い出して、花音は興味津々な様子で尋ねた。


「ねえ、お兄ちゃんのアイテム生成のスキルを使って、罠を解除することはできないかな?」

「妹よ、時間はかかるが可能だ。その間、『カーラ』のギルドメンバー達の相手を頼む!」

「うん!」


有の指示に、花音が勇ましく点頭する。


「なら、罠を全て解除したら、みんなで望くんの加勢ができるね!」


右手をかざした花音は、爛々とした瞳で周囲を見渡した。


「はい。ただ、『カーラ』のプレイヤー達によって、複数の生命体が出現するのを感知しました」

「『カーラ』が、新たに喚んだ召喚獣か。ここから逃げるのは、もはや不可能だな」


プラネットの警告に、奏良は不満そうに視線を逸らした。

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