「ペンギン男爵よ。何か変わったことはあったか?」
「高位ギルド『アルティメット・ハーヴェスト』から、椎音愛梨様のギルド兼任に関する承諾のメッセージが届いています。それ以外は、ご報告する事柄はありません」
有の疑問に、ペンギン男爵は訥々と説明した。
ペンギン男爵の報告を聞いて、有は早速、メッセージを確認する。
そこには、愛梨に関する当たり障りのない情報が記載されていた。
だが、メッセージの最後に記されていた内容を見て、有は顔を強張らせる。
望達が知り得ている情報ともに、望と愛梨の監視に纏わる強制的な申請。
『アルティメット・ハーヴェスト』から届いたメッセージには、そう記載されていた。
有は前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。
「ペンギン男爵よ。戻る前に、新しいクエストの情報を教えてほしい」
「かしこまりました」
有の鋭い問いに、ペンギン男爵は丁重に答える。
ペンギン男爵は軽い調子で指を横に振り、望達の目の前に幾つかのクエスト名を可視化させた。
その中で、望は不可思議なクエストに気づき、目を瞬かせる。
・『メルサの森にあるネモフィラの花畑に、雨を降らせて』
「雨を降らせる?」
「メルサの森に、雨雲を吸い込んでいるモンスターが潜んでいます。そのモンスターを倒す、もしくは花畑に雨を降らせてほしいそうです」
望の質問に、ペンギン男爵は律儀に答えた。
「雨を降らせるか。僕達のスキルでは、それは不可能だな」
「そうだな」
奏良の懸念に、望は緊張した面持ちで告げる。
奏良のスキルは、風の魔術。
有の母親のスキルは、火の魔術。
どちらも雨を降らせることができないスキルだ。
たとえ出来たとしても、一から生み出すのは至難の技だろう。
「ペンギン男爵よ。このクエストの詳しい情報を知りたい」
「かしこまりました」
有の要望に、ペンギン男爵はそっと、手の先端をそのクエストに触れる。
その瞬間、望達の目の前には、目的のクエストの詳細が明示された。
『メルサの森にあるネモフィラの花畑に、雨を降らせて』
・成功条件
雨雲を吸い込んでいるボスの討伐
もしくは、水の魔術などで長時間、雨を降らせる
・目的地
メルサの森
・受注条件
特になし
・報酬
ネモフィラの花束
「報酬は、花束だけなのか」
「初心者クエストなのかも」
意外な報酬を見て、望と花音は呆気に取られる。
「水の魔術を使えるプレイヤーなら、容易に達成できるからな。このくらいの報酬が順当だろう」
「望、奏良、妹よ。そうとも限らないぞ」
奏良が冷静に状況を分析していると、有は即座にインターフェースを操作して、『創世のアクリア』におけるネモフィラの花の素材価値を調べる。
「ネモフィラの花は、希少な素材だ。街の取引で得るには、相応のポイントがかかる」
「その通りです」
有の指摘に、ペンギン男爵は恭しく礼をする。
ペンギン男爵は真偽を実証するために、望達の目の前に一つの武器名を可視化させた。
・ボスモンスターのドロップアイテムの一つ
『蒼の剣』
「『蒼の剣』か」
「やっぱり、望くんの武器だよね。お店で見たことない武器だよ」
聞いたこともない武器名を前にして、望と花音は目を見張る。
「皆様、今回のクエストで出現する『雨雲を吸い込んでいるモンスター』は、まれに希少な武器などをドロップすることがあります。ボスモンスターは何度も復活しますので、挑戦してみてはどうでしょうか?」
「希少な武器か」
「伝説の武器は手に入らなかったけれど、レア装備は手に入るかもしれないね」
ペンギン男爵の説明を聞いて、望と花音はドロップされる武器に想いを馳せた。
「『希少な武器など』ということは、僕の武器もドロップされる可能性があるのか?」
「マスターの武器、是非、手に入れたいです」
「いいんじゃないのか」
「そうだね」
奏良、プラネット、そして有の両親も賛同する。
「よし、望、奏良、父さん、母さん、プラネット、そして妹よ、このクエストを受けるぞ!」
有の決意宣言とともに、有達のギルド『キャスケット』の新たなクエスト受注が決まった瞬間だった。
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