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留菜マナ
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第五百五十七話 決着の時⑧

公開日時: 2025年1月15日(水) 16:30
文字数:1,357

「馬鹿な!」

「これで終わりだ!」


賢が驚きを口にしようとした瞬間、望は乾坤一擲のカウンター技を放つ。

望の声に反応するように、蒼の剣からまばゆい虹色の光が収束する。

蒼の剣の刀身が燐光(りんこう)を帯びると、かってないほどの力が満ち溢れた。


「賢様!」

「今だ!」


戦局全体を見極めていた奏良は、銃を構えると範囲射撃をおこなう。


「ーーっ」


不意を突いた連続射撃は、回復に動こうとした『レギオン』のギルドメンバー達を怯ませた。


「はあっーーーー!!!!」


その隙に、望はその一刀に全てを託し、賢に向かって連なる虹色の流星群を解き放つ。

望の特殊スキルと愛梨の特殊スキル。

それが融合したように、賢に巨大な光芒が襲いかかる。


「ーーっ」


迷いのない一閃とともに、望の強烈な一撃を受けて、賢はたたらを踏んだ。

賢のHPが、今までにない速度で一気に減少する。

頭に浮かぶ赤色のゲージは0に変化していた。


「愚かな……。美羅様の理想の世界を拒むとは」

「俺達には、理想の世界はいらない」


望の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。


「理想の世界は、幸せに満ち溢れていない。誰かの犠牲によって、成り立つ世界だ」


消え失せていく賢を前にして、望は胸のつかえが取れたように宣言する。


「たとえ、どんなに苦しいことがあっても、俺は今までの世界で生きていきたいんだ」

「……愚かな」


望の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。

理想があった。

ずっと昔から理想があった。


「美羅様」


まるで運命の出逢いを果たしたように、賢はその名を口にした。

艶やかな茶色の髪は肩を過ぎ、腰のあたりまで伸びている。

つい先程まで美羅と同化した、愛梨と同じ年頃の少女。

リノアがそこに立っていた。

彼女はこれからも、『レギオン』の作る未来の象徴になる存在だった。


「特殊スキルの使い手を手中に収めれば、全ては美羅様のお望みのままに」

「賢様……」


賢の呼びかけに、美羅と呼ばれたリノアは戸惑うようにつぶやいた。

しかし、賢は手中に収めようとする望も、話しかけているリノアも見ていない。

美羅だったものーー消えゆく光の粒子だけを注視していた。


もう会えないと絶望した。

もう一度、会いたいと夢想した。

恋に焦がれて、現実に打ちのめされて、それでも求めた女性。


「吉乃美羅様……。あなたを完全に生き返させること。それが、私達の成すべきことでした」


身を焦がすあらゆる感情を呑み込んで、賢は大切な女性の名前を口にした。


「勇太くん。君なら、私の気持ちを理解できるのではないかな?」

「ーーっ」


賢が投じた言葉に、勇太は一瞬、躊躇いを覚える。

賢は今、自分の感情を消化しきれずに心中で彷徨っている。

友を失い、愛する者を失った青年。

その心の負荷は想像するに余りあった。


「吉乃美羅は、もう……」


しかし、その先に続く言葉は口にするのも憚(はばか)れた。

勇太はそれでも情感を込めた口調で主張する。


「吉乃美羅は、もういないだろう……!! こんな理想の世界にとらわれて、目の前の事実を見失うなよ!」

「……黙れ! 美羅様がいなくなるはずがない。いなくなってしまっていいわけがない。あの日、あの事故が明けないまま、今も私達の中に宿っている限り……」


勇太の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。

やがて、賢は閃光に塗り潰されて、仮想世界から姿を消していった。

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