「馬鹿な!」
「これで終わりだ!」
賢が驚きを口にしようとした瞬間、望は乾坤一擲のカウンター技を放つ。
望の声に反応するように、蒼の剣からまばゆい虹色の光が収束する。
蒼の剣の刀身が燐光(りんこう)を帯びると、かってないほどの力が満ち溢れた。
「賢様!」
「今だ!」
戦局全体を見極めていた奏良は、銃を構えると範囲射撃をおこなう。
「ーーっ」
不意を突いた連続射撃は、回復に動こうとした『レギオン』のギルドメンバー達を怯ませた。
「はあっーーーー!!!!」
その隙に、望はその一刀に全てを託し、賢に向かって連なる虹色の流星群を解き放つ。
望の特殊スキルと愛梨の特殊スキル。
それが融合したように、賢に巨大な光芒が襲いかかる。
「ーーっ」
迷いのない一閃とともに、望の強烈な一撃を受けて、賢はたたらを踏んだ。
賢のHPが、今までにない速度で一気に減少する。
頭に浮かぶ赤色のゲージは0に変化していた。
「愚かな……。美羅様の理想の世界を拒むとは」
「俺達には、理想の世界はいらない」
望の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。
「理想の世界は、幸せに満ち溢れていない。誰かの犠牲によって、成り立つ世界だ」
消え失せていく賢を前にして、望は胸のつかえが取れたように宣言する。
「たとえ、どんなに苦しいことがあっても、俺は今までの世界で生きていきたいんだ」
「……愚かな」
望の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。
理想があった。
ずっと昔から理想があった。
「美羅様」
まるで運命の出逢いを果たしたように、賢はその名を口にした。
艶やかな茶色の髪は肩を過ぎ、腰のあたりまで伸びている。
つい先程まで美羅と同化した、愛梨と同じ年頃の少女。
リノアがそこに立っていた。
彼女はこれからも、『レギオン』の作る未来の象徴になる存在だった。
「特殊スキルの使い手を手中に収めれば、全ては美羅様のお望みのままに」
「賢様……」
賢の呼びかけに、美羅と呼ばれたリノアは戸惑うようにつぶやいた。
しかし、賢は手中に収めようとする望も、話しかけているリノアも見ていない。
美羅だったものーー消えゆく光の粒子だけを注視していた。
もう会えないと絶望した。
もう一度、会いたいと夢想した。
恋に焦がれて、現実に打ちのめされて、それでも求めた女性。
「吉乃美羅様……。あなたを完全に生き返させること。それが、私達の成すべきことでした」
身を焦がすあらゆる感情を呑み込んで、賢は大切な女性の名前を口にした。
「勇太くん。君なら、私の気持ちを理解できるのではないかな?」
「ーーっ」
賢が投じた言葉に、勇太は一瞬、躊躇いを覚える。
賢は今、自分の感情を消化しきれずに心中で彷徨っている。
友を失い、愛する者を失った青年。
その心の負荷は想像するに余りあった。
「吉乃美羅は、もう……」
しかし、その先に続く言葉は口にするのも憚(はばか)れた。
勇太はそれでも情感を込めた口調で主張する。
「吉乃美羅は、もういないだろう……!! こんな理想の世界にとらわれて、目の前の事実を見失うなよ!」
「……黙れ! 美羅様がいなくなるはずがない。いなくなってしまっていいわけがない。あの日、あの事故が明けないまま、今も私達の中に宿っている限り……」
勇太の答えを聞いて、賢は失望した表情を作った。
やがて、賢は閃光に塗り潰されて、仮想世界から姿を消していった。
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