望達が転送石を用いて、『キャスケット』のギルドホームにたどり着いた頃には空は夜闇に包まれていた。
「ねえ、望くん。明日は愛梨ちゃんの日だよね?」
望は二階の部屋に赴き、プラネットにリノアのことを託す。
ログアウトフェーズに入った望とリノアを引き止めたのは花音の不安そうな声だった。
飛びつくような勢いで、花音は両拳を突き上げて聞いてくる。
「ああ。今日は久しぶりに仮想世界で変わったから、驚いていたな」
「うん。今日は久しぶりに仮想世界で変わったから、驚いていたね」
「そうだね」
望とリノアが苦虫を噛み潰したような顔で言うと、花音は寂しそうに俯いた。
「愛梨ちゃん、現実世界に戻ったらまた驚きそうだね」
「そうだな」
「そうだね」
花音の気遣いに、望とリノアは殊更もなく同意する。
愛梨としても生きているためか、目覚めた途端、怯えて隠れる愛梨の姿が容易に想像できた。
愛梨の想いも、彼女の生前の記憶さえも、全てが自分の感情であり、記憶であるように感じている。
望にとって、愛梨は誰よりも自分に近い存在なのだろう。
「これからも愛梨に変わる時は、有に相談した後、安全な場所で行うつもりだ。愛梨にはこれからも会える。だから、大丈夫だ」
「これからも愛梨に変わる時は、有に相談した後、安全な場所で行うつもり。愛梨にはこれからも会える。だから、大丈夫だよ」
「うん。望くん、リノアちゃん、ありがとう」
望とリノアの励ましの言葉に、花音は嬉しそうな顔で勢いよく抱きついてきた。
反射的に抱きとめた望は思わず目を白黒させる。
「「花音?」」
いつもどおりの花咲くようなーーだけど、少し泣き出してしまいそうな笑みを浮かべる花音に戸惑いとほんの少しの安堵感を感じながら、望とリノアは訊いた。
いろんな意味で混乱する望の耳元で、花音は躊躇うようにそっとささやいた。
「望くん、無理はしないで。私達、これからも望くん達を支えられるように頑張るから。すごーく頑張るからね」
花音の包み込むような温かい言葉が、望の心に積もっていた不安を散らしていった。
「花音、ありがとうな」
「花音、ありがとう」
「うん」
花咲くように笑う花音の姿を、望とリノアはどこか眩しそうに見つめた。
その様子を見守っていた有は、妹を気遣うように提案する。
「望、妹よ、これからも愛梨が仮想世界で変われるように善処するつもりだ」
「有、ありがとうな」
「有、ありがとう」
「お兄ちゃん、ありがとう」
有の配慮に、望とリノア、そして花音は嬉しそうに応えた。
「ただ、今回の吉乃信也の件で、『レギオン』と『カーラ』は愛梨を執拗に狙ってくる可能性があるということだ。現実世界に戻ったら、椎音紘達は何らかの対処を行うようだぞ」
愛梨を守りたかった。生きていてほしかった。
ーー『不変』を望んだのはきっと紘(あに)の心だったのだろう。
花音は意気込むと今日の思い出を心の中に仕舞う。
「望くん、リノアちゃん、お兄ちゃん、これからもみんなで愛梨ちゃんを守っていこうね!」
それは『キャスケット』のギルドメンバー達と『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達だけが交わした大事な誓いだった。
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