「何だよ、それ?」
「賢様のーー私達の目的は、美羅様を覚醒させて、神にも等しい叡知を宿した存在を産み出すことです」
徹のつぶやきに、かなめは懐かしむように沈痛な面持ちを浮かべる。
「かなめ様。賢様から、撤退の指示が出ております」
「分かりました。いずれ来(きた)る未来、特殊スキルの使い手達は、私達の手中に入ります。それは今日ではなかった、それだけのことです」
『レギオン』のギルドメンバーからの報告に、かなめはあくまでも理想を口にしながら後退する。
『我が愛しき子達よ』
かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、自身の光の魔術のスキルを発動させた。
『レギオン』と『カーラ』のメンバー達全員の周りに、魔方陣のような光が浮かぶ。
『撤退致します』
「ま、待て!」
徹が止める暇もなく、かなめ達は魔方陣の光とともに姿を消していった。
「何とかなったか……」
二大高位ギルドが姿を消したことを確認した奏良は、大きく息を吐いた。
奏良はインターフェースを使い、HPが減ったステータスを表示させる。
「わーい! お兄ちゃん、愛梨ちゃん、奏良くん、プラネットちゃん、大勝利!」
「……っ」
これ以上ない満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきた花音が愛梨に抱きついた。
花音の突飛な行動に、愛梨は身動きが取れず、窮地に立たされた気分で息を詰めている。
「奏良よ、やったな」
「ああ。『レギオン』と『カーラ』が撤退してくれたおかげだ」
有のねぎらいの言葉に、奏良は恐れ入ったように答えた。
高位ギルドの力の片鱗を垣間見たような感覚。
同じ高位ギルドである『アルティメット・ハーヴェスト』の助力と、特殊スキルの力がなかったら、対抗する術はなかっただろう。
「奏良よ、回復アイテムだ」
「ああ」
有から手渡された回復アイテムを呑んだことで、HPが少し回復した奏良は、高位ギルドの底知れない統率力を改めて実感する。
「お兄ちゃん。これから、どうしたらいいのかな?」
「メルサの森は消滅してしまったからな。とにかく、このままギルドに戻るしかないな 」
花音の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせる。
「妹よ、蒼の剣を頼む」
「うん」
有の指示の下、花音は地面に刺さっていた蒼の剣を引き抜く。
有が剣を注視すると、ウインドウが浮かび、蒼の剣の情報テキストが表示された。
「心配するな、妹よ。いずれ、メルサの森は復活する。そうすれば、再び、メルサの森のクエストを受けることができるはずだ。それに、目的の一つである『蒼の剣』も手に入ったからな」
「……うん。蒼の剣、凄そうだよ」
どこまでも熱く語る有をちらりと見て、花音は前もって、お店で購入していたギルド専用のアイテム収集鞄の中に蒼の剣を入れる。
ギルド専用のアイテム収集鞄は、小型の鞄ながら武器なども収納できる優れものだ。
「愛梨ちゃん、もう大丈夫だよ」
「……うん」
花音は剣を鞄にしまうと、今も心細そうにしている愛梨の華奢な手を取り、微かに頷いてみせた。
「マスターの剣、どんな感じなのでしょうか」
「愛梨!」
独り言じみたプラネットのつぶやきにはっきりと答えたのは、有達『キャスケット』のメンバーではなく、全くの第三者だった。
「徹くん」
驚きとともに振り返った有達が目にしたのは、徹と『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達だった。
愛梨のもとに駆け寄ってきた徹は、心配そうに声を滲ませる。
「愛梨、無理はするなよな。何かあったら、すぐに俺か、紘に知らせろよ」
「……うん」
徹の配慮に、愛梨は小さく頷いた。
そのタイミングで、愛梨の前に進み出た奏良は軽やかに告げる。
「愛梨、困っている時は、いつでも僕に言ってくれ。すぐに馳せ参じよう」
「奏良くん、ありがとう」
奏良は目を伏せると、今も心細そうに花音の手を握りしめている愛梨に優しく語りかける。
「愛梨が困っている時に馳せ参じるのは、俺だからな!」
「君の出番はない。僕が必ず、愛梨を守ってみせる。今度こそ、彼女の不安を取り除いてみせる」
徹が非難の眼差しを向けると、奏良はきっぱりと異を唱えてみせた。
「おまえ、真似するなよ!」
「なっ、君こそ、僕の真似をしているではないか!」
激しい剣幕で言い争う徹と奏良の間を、花音が割って入る。
「もう、奏良くん、徹くん! 愛梨ちゃんのために、二人で仲良く守ろうよ!」
「……花音。何故、そこで愛梨の名前を出すんだ?」
「仲良く……」
花音のどこか確かめるような物言いに、奏良と徹は互いに不快そうに顔を歪める。
気まずげな雰囲気が漂う中、有は改めて切り出した。
「鶫原徹、そして『アルティメット・ハーヴェスト』よ、助かった」
「ああ」
有が代表して感謝の意を述べると、徹は照れくさそうに答えた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!