兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第五十一話 あの日、あの瞬間④

公開日時: 2020年11月27日(金) 07:00
文字数:1,647

「頭が痛い……」


プラネットから意外な事実を聞いていた望が、不意に苦しそうに頭を押さえる。


「望!」

「望くん!」

「望!」

「マスター!」


望のただならぬ様子に、有達は悲痛な声を上げた。


「ーーっ」

「の、望くん、大丈夫? 顔色悪いよ?」


頭を押さえる望を見て、花音は不安そうに顔を青ざめる。


「お兄ちゃん。望くん、大丈夫かな?」

「とにかく、ダンジョン脱出用のアイテムを使って森の外に出るぞ! 今、高位ギルドと遭遇するのはまずいからな!」


花音の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせた。

望達がダンジョン脱出用のアイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、メルサの森の前にいた。


「この電磁波。何者かが、マスターにジャミングしている?」


周囲を窺っていたプラネットは、望の様子を見て痛々しく表情を歪ませる。

その時、森の奥から一筋の殺気が放たれた。


「そこです!」


しかし、その不意討ちは、プラネットには見切られていた。

プラネットは反射的に飛んできたダガーを避けると、その方向に向かって電磁波を飛ばした。


「ーーっ」


初擊の鋭さから一転してもたついた襲撃者は、電磁波の一撃をまともに喰らい、苦悶の表情を浮かべる。


「喰らえ!」


そこに、奏良の銃弾が放たれた。

弾は寸分違わず、襲撃者が立っていた木の枝に命中する。

木の枝が折れたことで、襲撃者である少女は森の入口に降り立った。


「敵意確認。指令を妨害されたことにより、臨戦態勢に入ります」

「ニコットちゃん!」


急速に反転する攻防を前にして、花音は大きく目を見開いた。






望達が、メルサの森を訪れた頃ーー。

賢はドアのセキュリティを解除して、『レギオン』のギルドマスターが控えている部屋に入る。

そこは、物々しい機材が置かれただけの研究室のような空間が広がっていた。

ディスプレイや小型の機械は、全て中央の玉座へと繋がっている。


「美羅様。蜜風望が、メルサの森に入りました」


片膝をついた賢からの報告に、美羅は何も答えない。

賢は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。


「美羅様、お喜び下さい。高位ギルド『カーラ』のおかげで、蜜風望の捕縛の目処が立ちました」


賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。

物々しい機材やモニターに繋がれている玉座。

そこで今も眠った表情のまま、美羅は座っていた。


「賢様。美羅様へのシンクロ、想定より数値が低いです」


モニターのついた機材を操作して告げるのは、『レギオン』のギルドメンバーの一人だった。


「前回よりも数値が低いか。やはり、『アルティメット・ハーヴェスト』が妨害している可能性があるな」


ギルドメンバーからの報告に、賢は苦々しい表情で眉をひそめる。

彼女のもとまで歩み寄ると、賢は悩みを振り払うように首を横に振った。


「美羅様、どうかお目覚め下さい」


物言わぬ美羅の前で片膝をつくと、賢は丁重に一礼する。

それでも変わらぬ美羅の表情を目の当たりにした瞬間、賢のまとう空気が一変した。


「ニコットを通して、蜜風望の意識と同調させるしかないか」


立ち上がった賢は一呼吸置いて、異様に強い眼光を美羅に向ける。


「蜜風望が森の奥に入った瞬間を狙って、美羅様と同調させろ」

「はっ」


賢の命令に、ギルドメンバー達は速やかに従った。


美羅を、特殊スキルの使い手である望と同調させる。


その絶対目的のために、『レギオン』は行動を開始した。

やがて、それは実を結び、賢の目の前で覚醒した美羅は苦しそうに頭を押さえる。


「頭が痛い……」


望の意識が一時的に、愛梨のデータの集合体である美羅を動かした現象。

それは、愛梨としても生きている望が、美羅と意識を同調させたことによって起きた出来事だったのかもしれない。

美羅が目覚めた同時刻、望自身もまた、同様に苦しそうに頭を押さえていたからだ。


「特殊スキルの使い手を手中に収めれば、全ては美羅様のお望みのままに動けるようになります。それまでご辛抱を」


美羅の反応に応えるように、賢は再び、片膝をつくと嗜虐的に笑みを浮かべたのだった。

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