「いえ、何かお悩みはないかなと……」
山田は重ねて問う。
「何よ急に……」
エメラルドは戸惑う。
「……」
「トパに言われたの?」
「ああ……まあ、そうです」
山田は正直に頷く。エメラルドは苦笑を浮かべる。
「ふっ、妹に心配されるとはね……」
「あの……?」
「生憎だけど」
「はい」
「お悩みなんてないわ」
「な、ないんですか?」
「あるわけがないでしょう」
「あ、あるわけがない?」
エメラルドの答えに今度は山田が戸惑う。
「そうよ」
「は、はあ……」
「分かったら学校に行きなさいよ」
「い、いや、もう欠席の連絡はしてしまいましたし……」
「いいから行きなさい」
「い、一日くらいの遅れならすぐに取り戻せますので……」
「行きなさい」
「し、しかし……」
「はあ……」
譲らない山田にエメラルドはため息をつく。
「えっと……」
「……分かったわ」
「え?」
「これもちょうどいい機会ね」
「ちょうどいい?」
山田が首を傾げる。
「そうよ、ついてきなさい」
「は、はい!」
席を立って歩き出したエメラルドに山田はついていく。
「このビルはビジネスホテルを買い取ってリフォームしたものなのだけど……」
「あ、はい、それは聞きました」
「あれ? 言ったっけ?」
「ええ、オパールさんから」
「ああ、そうなの」
「はい」
廊下を歩きながらエメラルドと山田は会話する。
「……このフロアはアタシ専用なのだけど……」
「ええ」
「妹たちは三人で一フロアずつを使わせているわよね」
「そうですね」
「で、アタシは一人で一フロア丸々と……」
「はい……」
「これは別にアタシのワガママというわけじゃないのよ」
「え? そうなんですか?」
山田が不思議そうな表情をする。エメラルドは目を細める。
「……なによ、その反応は?」
「い、いや……いわゆる……」
「いわゆる?」
「長女特権というやつかなと……」
「君、アタシのことをなんだと思っているの?」
「す、すみません……」
山田が頭を下げる。
「別に謝らなくてもいいけど……」
「は、はあ……」
「頭を上げなさい」
「は、はい……」
「こっちよ」
「は、はい」
二人はある部屋のドアの前に立つ。
「開けるわよ……」
「! こ、これは……」
山田が驚く。まるで大企業のオフィスの一室のような雰囲気だったからである。
「ここがアタシの仕事部屋」
「こ、ここが?」
「そう、基本は在宅ワークだから」
「へえ……」
「一応、別にオフィスもあるけど、アタシも含め、そこに行くことはほとんど無いわね」
「ほう……」
山田がエメラルドに続いて部屋に入り、部屋を見回す。エメラルドが部屋の中央にある立派なデスクの椅子にドカッと座り、パソコンを起動させる。
「今は出社の必要性も少なくなったから助かってるわ」
「ふむ……」
「この部屋から全国……いや、全世界の社員とやりとりしているわ」
「ぜ、全世界⁉」
「そうよ、結構なグローバル企業なの」
エメラルドが驚く山田にウインクする。ドアをノックする音が聞こえる。
「え?」
「どうぞ」
綺麗なロングヘアーに眼鏡をかけたパンツスーツの女性が入ってくる。
「社長、おはようございます」
「おはよう」
「え、えっと……」
「ああ、彼女はアタシの秘書よ。毎日じゃないけど、顔を出してもらっているの。彼女のことは信頼しているから、こうして出入りを許可しているのよ」
「そ、そうなんですか……」
「ちょっと、お手洗いに行ってくるわ」
「……山田ガーネットさんですね。お話は社長から伺っております」
女性が山田に丁寧に礼をする。
「ああ、どうも、初めまして……えっと……」
「私のことは秘書と覚えて下されば結構です」
「え、ええ……?」
「私はあくまで社長の影のようなものですから」
「そ、そうですか……あの、秘書さんはエメラルドさんと長いんですか?」
「ええ、この会社を立ち上げた頃からお世話になっておりますね」
「そ、そうなんですか……エメラルドさんは中学を卒業して会社を立ち上げたそうですね」
「はい。私は社長のことを大変尊敬しております。約十年で会社をここまでの規模に育て上げたのですから……失礼……はっ⁉」
秘書が自身の端末を見て愕然とする。部屋に戻ってきたエメラルドが尋ねる。
「どうしたの?」
「我が社に対し、大規模なTOBが仕掛けられています!」
「なんですって⁉」
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