「……は?」
「え?」
班長ばかりか、ユーレイ社長までもが意表を突かれたようにぽかんとしていた。
俺はユーレイ社長をその場に放置して、つかつかと班長のもとへと歩み寄る。
「あのですね、班長」
「は、はい!?」
こちらの剣幕に気圧されでもしたのか、班長はなぜか敬語になっていた。思えば、班長が俺を怒鳴りつけたことは多々あれど、俺の方が班長に怒鳴ったのは今回が初めてかもしれない。
「俺達は今まで、脱走したり野外繁殖したりした古生物をさんざん駆除してきましたよね? そりゃ班長の方針でできるだけ生け捕りにはしてきましたけど、毎回ってわけにはいかなかった。殺さなきゃいけない時だって、何度もあった。で、なんでそんなことをしてきたかっていったら、人間にとって危険で、おまけに万が一島の外に逃げ出したら生態系も破壊しかねないような古生物がそこにいるのは間違ってたから――そうですね?」
「……そうだな。さんざん『そこにいるのは間違いだから』と他の生き物を殺してきたのに、自分達が『そこにいるのが間違いな側』になったら死にたくないだなんて、そんな虫のいい話――」
「あーもう、これだから! 班長はそういうところがほんと駄目!」
「えっ、ええ!?」
唐突な駄目出しに班長は目を白黒させたが、構うものか。
この人といいあの人といい、そういう考え方をするところが、俺は本当に気に食わない。
「じゃあもう一つ聞きますけどね、そうやって俺達が駆除してきたやつらの中に、『私はここにいてはいけない間違った存在なんですね。じゃあおとなしく死んでおきます』って抵抗もせず素直に殺されてくれたやつが一匹だっていましたか!?」
「それは……」
「いやしませんよ。クマも恐竜も、それにあの〝チャレンジャー〟だって、みんなそんなの知るかボケ!って感じで逆に全力でこっちを殺しにきましたよ。……でも、それでいいんだ」
『私達はね、最初から間違ってたんだよ』
記憶に染みついたあの人の声に、心の内で問い返す。
最初から間違ってたら……だったら、どうだっていうんだ?
あの人に迫っていた死の運命は、本人の気の持ちようでどうにかなるようなものじゃなかった。だから早々と諦めたあの人は正解だったのかもしれないし、そんなあの人に何も言わなかった当時の俺も間違ってはいなかったのかもしれない。
それでも、思う。
俺はきっとあの人に――母さんに、こう言いたかったんだ。
「自分が生きてるのが正しいか間違ってるかなんて、当人が考えることじゃない。どっか他のやつに考えさせとけばいいんです。それでもしその他のやつが間違ってるって言ってきたら、その時は――知るかボケ!って、全力で蹴り倒して進めばいい。それで、いいんだ」
生きものなんてみんな、それで良い。
それで、良かったんだ。
「……さて、と」
俺は固まったままの班長をそのままにして、今度はユーレイ社長の方へと向き直った。
「言いたいこと言ってすっきりしたところで、例の輪読会とやらに連絡をとってくれません? 島が沈むのを止められるのはそいつらだけなんでしょう?」
「いや、待て待て、ハルツキ!」
班長が慌てた様子で叫ぶ。
「なんです? 班長に言いたかったことはもう言い終わったんですが。まあ、三分の二くらいは班長に言いたかったっていうよりも八つ当たりですけど」
「八つ当たり!? いやそんなことより、輪読会に島の沈没を止めさせるって、それじゃさっきのサピエンスを引き連れて反乱を起こすとか救命ポッドを奪うとかの話は嘘だったのか!?」
「わざわざ聞かなくても話の流れで分かりません? 馬鹿なんですか? だいたい、俺があんな穴だらけの計画本当にやるわけないでしょ。この島はサピエンスの方がネアンデルタール人より多いんだから救命ポッドを全部奪えたとしても数が足りませんし、そうなると今度はサピエンス同志で殺し合いになりますよ。あと、ポッドの中にいるのがサピエンスだと救助はしてもらえないだろうからうまく漂着するのに賭けるみたいなこと言いましたけど、単に救助されないだけで済むわけないってことくらいすぐ想像がつきますしね。ポッドごと砲撃とかされて、海の藻屑にされるのがオチでしょうよ」
「言われてみればそうか……。ってお前、今、馬鹿とか言ったな!?」
「言ってませんよ。困ったな、うちの班長は頭だけじゃなくて耳まで悪いみたいだ」
「あっ、お前また!」
俺は班長を無視して、再度ユーレイ社長へと声をかける。
「はい、それじゃユーレイ社長はさっさと輪読会に島を沈めるのを止めるよう言ってくださいよ」
ところが、かりかりとこめかみのあたりを掻きながら返答したユーレイ社長の顔には、微妙な表情が浮かんでいた。
「うーん、どうも気が進まないな」
今度は、俺が困惑する番だった。
「なぜです?」
「私はね、元はといえば、プランAを性急に進めようとしすぎるきらいがある――と輪読会の大半から思われているハンナ君を牽制するために、ここに送り込まれてきたのさ。だけど実際には、ハンナ君の好きなようにやらせてきた。彼女達プランA推進派の邪魔をしない代わりに積極的に手助けもしない、そして同じようにプランA反対派についても邪魔もしなければ手助けもしないって条件でね。ここで私が、島の沈没にストップをかけるよう輪読会にかけあったら、それは明確にプランA反対派の邪魔をしていることになる。余計な手出しはしないという私のポリシーに反するんだよね」
「余計な手出しはしない? さっきさんざん俺に島の秘密を喋ったくせに今さら何を言ってるんですか」
「私はただ君に真実を伝えただけさ。その情報に基づいて実際に何かを選択し、実行するのは君だ。私自身が何かを決定しているってわけじゃあない。現に君は、私の予想とは違う選択をしたしね」
さっきからずっと気になっていたのだが、自分達の種族の存亡がかかっているというのに、なぜこの人はここまで他人事のようなスタンスをとっているのだろう。自分自身も含め、誰が死のうが気にしないのか?
「……ユーレイ社長、あなたのその観客気取りの態度も、正直俺は最初から気に入らなかったんですよ」
内心の苛立ちがそのまま声に現われてしまった。
本来なら社長相手にとっていい態度でもないのだが、さっき銃を向けたりもしたので、そんなのは今さらである。
「あのですね、高みの見物を決め込むつもりなら、はなからこちらの視界に入らない高みでやっといてくださいよ! 必死で生きてる人間の隣までのこのこ降りてきて見物するのは悪趣味です。だいたいですよ、あなたがこの島に来てなくて、普賢の管理者が例えば前社長のままだったら、管理権限が奪われそうになってジーランディアシステムとやらが発動するなんてことも無かったんじゃないですか? なにが邪魔もしなければ手助けもしない、ですか。いいですか、よく聞いてください。観客気取りの人はね、そこにいるだけで十っ分邪魔なんですよ! もう邪魔してるんだから、その分の責任くらいはとってください」
ユーレイ社長は、俺の言葉に意表を突かれた様子で目を瞬かせた。
「これは……痛いところを突かれたな。確かにハンナ君だったら社長の立場でも陣頭指揮をとっただろうから、私みたいに一人で部屋にいて妙な動物に噛まれた挙げ句ここに怪しい人物を連れ込んでしまうなんてこともなかっただろうね」
そして数秒ほど迷った後、ユーレイ社長が出した答えはこうだった。
「……分かった。私のミスで流れが大きく変わってしまうというのは、私も本意じゃあない。ここはその埋め合わせとして、君に協力しようじゃあないか」
よしこれで当面の問題は解決した、と俺が内心でガッツポーズをとったのも束の間、ユーレイ社長はこう続けた。
「でも私が頼んだところで十中八九、輪読会は島の沈没を止めてはくれないと思うけどね」
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