新六甲島古生物ワールド

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人鳥暖炉
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Anticipated Evolution

公開日時: 2021年1月2日(土) 23:02
文字数:4,174

 ホモ・フトゥロス未来のヒト――その名の意味は、俺をいっそう困惑させるものだった。

 素直に受け止めるなら、俺達が今まで戦ってきたホモ・フトゥロスは未来人ということになる。

 

 まさか、あれが俺達人類の未来の姿だとでもいうのか?


 いや、そんなはずがない。そもそも、未来なんて分かるわけがない。できるのは、せいぜい推測する程度だ。

 そう考えると、ホモ・フトゥロスがどのようにして生み出されたのかは、だいたい想像がついた。


 RRE法では、まずリバース・エボリューションの段階で、現生生物の共通祖先である古生物のゲノム配列を推測する。そしてそれに続くリ・エボリューションの段階では、推測された共通祖先のゲノム配列を起点としてその古生物から進化した別の古生物のゲノム配列を推測する。

 そうやって、実際に様々な古生物を復活させてきた。


 しかしよく考えると、リ・エボリューションの段階で起点とするゲノムは、なにもリバース・エボリューションで得た古生物ゲノムである必要はないのだ。

 現生生物のゲノムを起点とし、そこから未来に向けた進化の結果を推測することだって、理論上は同じようにしてできるはずなのである。


 つまりホモ・フトゥロスは、カウフマン研究統括部長が当初説明していたような、『進化の経路次第では過去に誕生し得たが、実際には誕生しなかった仮想古生物』ではない。

 あれは、『進化の経路次第では今後誕生し得る仮想未来生物』、もっと限定して言うなら、『今後誕生し得る仮想未来人』なのだ。


 RRE法は、進化の巻き戻しReverse Evolution進化のやり直しRe・Evolutionによって古生物を現代に復活させるものだ。だがこれは、巻き戻しでもなければやり直しでもない。言うなればさしずめ……そう、進化の先取りAnticipated Evolutionだ。



 しかしよくよく考えてみると、それが分かったところで結局、何のためにあれが生み出されたのかという謎は謎のままだった。『実際には誕生しなかった仮想古生物』の可能性が無数にあるのと同様、『今後誕生し得る仮想未来人』の可能性も無数に存在する。ホモ・フトゥロスは、その中の一つに過ぎない。しかも恐らくは、実際にそういう進化をたどる可能性はかなり低い一つだ。少なくとも、人類がこのまま文明を維持していれば、あんな風に進化したりはしないだろう。


 無数にある可能性の中から、なぜあえてあんなものを選んだのか。ホモ・フトゥロスが仮想古代人だろうと仮想未来人だろうと、その謎についてはあまり変わらないのだ。


 考え込んでいる俺をよそに、パックは黙々と臭いの跡をたどっていく。

 やがて俺達は、道端に停められている車にたどり着いた。班長が乗っていったものだ。


「ここからは徒歩で行ったってことか」

 

 パックに今度は班長自身の臭いの跡をたどらせようと考えた時、そのパックが唐突に顔を上げた。耳がピンと立っている。

 ややあって俺も、その音に気がついた。前方の茂みで、何かががさがさと音をたてている。


 班長だろうか? 

 

 最初はそう思ったが、それにしてはパックの様子がおかしかった。毛を逆立てて、明らかに警戒している。

 班長の臭いなら、パックはよく知っている。こんな風に警戒するとは考えづらい。


 まずいことに、慌てて班長の車に飛び乗った時、俺はうっかりライフルを置いてきてしまっていた。スタンバレット入りの拳銃とトウガラシスプレーくらいなら持っているのだが、万が一危険度の高い古生物が現れた場合、この装備では心許ない。


 もっとも、人口密度が低い旧六甲島地区や人目の無い地下空間ならともかく、こんなNInGen本社に近い場所を危険度の高い古生物がうろうろしているとは考えにくい。それほど心配する必要は無いだろう。


 だが、俺のその予想は裏切られることになった。茂みの中から現れたのは、体長二メートルほどのサイにも似た姿の動物だったのだ。


 C級特定危険古生物、リノティタン・モンゴリエンシス。


 そのがっしりとした姿とは裏腹に、どちらかというとサイよりも馬の方に近い動物だ。草食ではあるが、重量級の体躯で突進されると危険であるため、危険古生物として指定されている。

 もっとも、目の前にいるリノティタンは成体にしては小さかった。恐らく、まだ成長途中の若い個体なのだろう。


 肉食獣であるパックを目にして、リノティタンは明らかに興奮した様子だった。ダイアウルフとリノティタンは本来、生息していた時代も場所も違うが、本能的に敵だと認識したのだろう。

 リノティタンは最近復活させられたばかりの古生物で研究もまだあまり進んでいないのだが、少なくともこの若い個体は闘争心が旺盛なようだった。敵と認識したパックに対して、逃げるよりもむしろ戦おうとする姿勢を見せている。


 リノティタンにしては小柄とはいっても、パックと比べれば重量級だ。万が一つにも、パックが突進を食らってしまうような事態は避けたかった。

 

 パックに気を取られているリノティタンに向けて拳銃を構え、スタンバレットを撃ち込む。

 だが、この判断は失敗だった。


 スタンバレット自体は、命中した。だが、リノティタンは悲鳴をあげこそすれ、倒れはしなかった。小さめのリノティタンであっても、人間サイズの相手を想定して作られたスタンバレットでは出力不足だったのだ。


 そして電気ショックの苦痛でますます興奮し、なおかつ俺のことも敵として認識したリノティタンは、こちらに向けて突進してきた。慌てて横に飛び、避けようとするが、完全には避けきれない。跳ね飛ばされた俺は、その勢いで傍に停めてあった班長の車に頭をぶつけてしまった。


 リノティタンは俺を跳ね飛ばした後、突進してきた時の勢いでそのまま数メートル進んでから止まった。そして再びこちらに向き直り、仕留め損ねた俺に向かって再度突撃してくる構えを見せた。 

 そこへパックが、横合いから吠えかかる。


 リノティタンは俺とパックに対し、交互に視線を向けた。どちらを攻撃したら良いものか、判断がつきかねているのだろう。その隙を突き、再度スタンバレットを撃ち込む。今度も気絶はしなかったが、二対一という不利な状況で戸惑っているところに浴びせられた二度目の電撃は、リノティタンの戦意をくじいたようだった。こちらに背を向け、そのまま逃げ去っていく。


 追いますかという顔でこちらを見るパックに対して、放っておけという合図を出し、俺はその背を見送った。

 危険古生物を放置するのは本来であれば望ましくはないが、今の手持ちの装備ではこれ以上どうしようもない。まあ、どのみちこのあたりはホモ・フトゥロス脱走の件で避難勧告が出ているから、今のリノティタンが一般人と出くわして危害を加える心配はほぼ無いだろう。


 それにしても、こんなところでリノティタンに出くわすのはどうにも妙だった。

 最近復活させられたばかりの種であるリノティタンは、まだペットとして一般向けに販売されたりはしていない。確か、この近くにある古生物パークで数頭が飼われているだけのはずだ。


 となると、さっきの個体もその古生物パークから脱走してきたものということになるのだが、あそこの飼育区画は出入り口に厳重なロックがかかっている。飼育員が出入りの際に開けた後も自動でかかる電子ロックなので、うっかり閉め忘れる心配も無い。

 ならばさっきのリノティタンは、いったいどうやって脱走してきた? まさか、古生物パークの方でも何かあったのか? 

 

 急に不安になってきた。


 さっき現れたのはリノティタン、それも亜成体だったからまだ良かったが、もし古生物パークで何かあったのなら、B級以上の危険古生物がこのあたりをうろうろしている可能性もある。

 なんといっても、ジーランディアシステムとかいうものが発動されるような状況だ。何が起こっていてもおかしくない。


 今の俺の装備は、C級相手でも退散させるのがやっとだったくらいである。万が一、B級以上の危険古生物に襲撃されるようなことがあったら、対応できる自信は無かった。


「メガネウラ、登録済み飼育区画外にいる全危険古生物の情報を読み上げてくれ」

 

 動くものの気配はないかと周囲を見回しながら、情報端末のAIに指示を出す。ところが、端末はうんともすんとも言わなかった。


「メガネウラ?」

 

 もう一度呼びかけるが、やはり反応しない。

 間抜けなことに、その時になってようやく俺は、視界の端にひび割れがはしっていることに気がついた。眼鏡型情報端末のレンズ部分が、一部破損しているのだ。

 顔から外して見てみると、破損はレンズ部分のみならず、フレームと弦の一部にまで及んでいた。恐らく、先ほどリノティタンに跳ね飛ばされて頭を打ちつけた時にこうなったのだろう。


 眼鏡型情報端末は、左右の弦に組み込まれたマイクを使って音源の位置を特定することで、装着者の声にだけ反応する仕組みになっている。二つのマイクのうち片方が故障したせいで位置特定ができなくなり、俺の声にも反応しなくなってしまったのかもしれない。

 

 まったくもって、運が悪いという他なかった。俺達のような実戦部隊に配布されている端末は、耐久性が高い造りになっている。本来であれば、そう簡単に壊れるような代物ではないのだ。


 それにしても、これはかなりまずい状況だった。

 端末が壊れてしまっては周囲にいる危険古生物の位置情報を調べることもできないし、万が一の際にも救援を呼べない。


 そこで俺は、自分がもう一つ端末を持っていたことを思い出した。

 イエナオさんから渡された、不正端末だ。バッテリー切れになってから充電し直す余裕は無かったが、それ以外は特に問題無いはずである。

 

 ここに、二つの動かない端末がある。一つは壊れているが、バッテリーについては無事。そしてもう一つは壊れてはいないが、バッテリー切れ。

 

 となれば、やることは決まっている。

 

 俺は壊れた自分の端末からバッテリーを取り外し、不正端末のバッテリーと交換した。期待通り、不正端末が再起動を始める。それが完了するのを待ってから、頭に装着し、先ほどと同じ指示を改めて出した。


「メガネウラ、登録済み飼育区画外にいる全危険古生物の情報を、危険度上位のやつから順に読み上げてくれ」


『登録済み飼育区画外で確認された危険古生物を、危険度上位のものから読み上げます。A級特定危険古生物ホモ・フトゥロス二十五頭、C級危険古生物リノティタン・モンゴリエンシス一頭、同じくC級――』

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