「実験台……? 何のです?」
「そもそもお前、これまでおかしいとは思わなかったか? 新六甲島の復興にはとんでもない額の金と、あと労力もかかる。NInGen社は古生物復活の研究を規制無しでやって良いって条件と引き換えにそれを引き受けたって話だが、たかだが古生物を見世物にしたりペットとして売ったりしたくらいで、その負担に見合うだけの利益が手に入ると思うか?」
「島の復興は営利目的でやっていることではなく慈善事業という扱いのはずですが。確か、ヒトウドンコ病エピデミックの前にもこの島にはNInGen社の研究所があったとかで、縁のある土地に恩返しをするためとか」
「営利企業がそんなぬるい考えで動くわけないだろ。ハルツキ、お前だって本当のところはそんな建前、信じちゃいないはずだ」
「まあ、それは……。でもそれじゃあ、本当の狙いは何だったっていうんです?」
「よく聞けよ、ハルツキ。恐竜だのマンモスだの、ああいうでかくて派手な古生物は、全部ただの目くらましなんだよ。奴らが本当に復活させたかったのは、もっと小さい生物だ」
「小さい生物?」
「古代の微生物や寄生生物――そういった病原体だ。生物兵器として使うためのな」
「生物兵器⁉ ちょっと待ってください。じゃあ、さっき俺達が実験台だって言ったのは……」
イエナオさんは大きく頷く。
「こういう話を知ってるか? 動物や植物なんかは進化したやつほど強い能力を持ってる場合が多いが、病原体はむしろ進化するにつれてマイルドになっていく。あんまり強力なやつは、感染対象を殺し尽くしちまって自分達も増えられなくなっちまうからだ。ちょうどヒトウドンコ病がそうだったみたいにな。だからもし古代の病原体を復活させることができれば、そいつが現代の病原体以上に強力な生物兵器となる可能性は十分にある。まあそうはいっても、ヒトウドンコ病みたく強力すぎて使う側にも制御できないようじゃ兵器としては失敗作だけどな」
「ちょっと待ってください! じゃあイエナオさんは、ヒトウドンコ病もNInGen社が古代の病原体を復活させたせいで起こったって言うんですか?」
「そう考えるのが自然だろ? この島には、こんなことになる前にもNInGen社の研究所があった。正確に言や、旧理科学研究所にNInGen社の寄付講座があったんだが、ともかくその新六甲島でヒトウドンコ病が発生し、その復興のためという名目で島ごと奴らの管理区になった。何もかも出来過ぎだ。お前に渡したレポートを書いた奴はNInGen社の人間じゃねーから、そんな裏事情までは知らなかったんだろうけどな。……ヒトウドンコ病は生物兵器としては失敗作だったが、奴らは今も古代の微生物や寄生生物復活の研究を続けている。ハルツキ、お前は旧港島区の南側に小さな人工島がくっついてるのを知ってるか?」
「旧空港島ですよね? ヒトウドンコ病エピデミック以来、閉鎖されたままだって聞いてますけど」
「閉鎖されてるってのは上が流してる嘘だ。今そこには、〝サイトB〟とか呼ばれてるNInGen社の極秘研究施設がある。そしてそこじゃ、通常の危険古生物とはまったく違う〝特定危険古生物〟ってのが作られてるって話だ。多分それが、古代の病原体なんだろうな」
「そして俺達は、その病原体の実験台にするためにここに閉じ込められてると?」
「そうだ。状況証拠は他にもあるぜ。百歩譲って、レポートのヒトウドンコ病に罹った人間が全員死ぬって話は間違ってるかもしれねえってことにしとこうか。じゃあ、今この島にいる島民が全員三十歳以下ってことについてはどう思うよ? ヒトウドンコ病に罹って助かるのが赤ん坊だけだからってことに表向きはなってるが、そんな妙な病気が本当にあると思うか? どう考えたって、体の弱い赤ん坊の方が死にやすいだろうよ。それよりは、日本政府と裏取引して実験台にする赤ん坊を集め始めたのが三十年前だからだって考える方がよっぽど自然だ」
「なんだって日本政府がそんな取引に乗るんです?」
「さっきのレポート、ヒトウドンコ病パンデミックって書いてあったのに気づいたか? エピデミックじゃなくてな。ヒトウドンコ病の感染は、実際には島の外にまで広がってたんだ。日本の財政も相当ダメージを受けただろうよ。NInGen社はそこにつけ込んだんだろうな。日本政府からしてみりゃ、NInGenから財政的に援助してもらえて、おまけに親のいないお荷物なガキの面倒を見なくて済むようになる。一石二鳥だ。ま、そもそも日本政府がそこまで追い詰められる原因になったヒトウドンコ病自体NInGen社がばら撒いたもんなら、政府もNInGen社の掌の上で良いように踊らされてるだけって話になるが」
俺は頭を振る。
「そんな陰謀論じみた話、突然言われても信じられませんよ。そもそもイエナオさんは、そんな情報をどこから仕入れてきたんです? このレポートも」
「そいつはまだちょっと言えねーな。お前が俺達の側につくと確信できてからだ」
うっかり言ってしまったのか意図的なのかは不明だが、『俺達』という言い方から判断するに、イエナオさんには仲間がいるということになる。もっとも、それすらも俺を騙すためのブラフという可能性はあるが。
「少し考えさせてください。まだ頭の整理ができていませんし、こっちはこっちで、今の話が真実だと確信できないうちはそちらにつくと決めることはできません」
「べつに俺は構わねえぜ。急にこんな話されてすぐ信じる奴を仲間にする方が不安っちゃ不安だしな。だが一つだけ約束しろ。この話は他の奴には絶対するな。特に本国人にはな。もちろん、あの女にもだ」
あの女というのは、言うまでもなくミナ班長のことだろう。仮に今のイエナオさんの話が真実だとして、俺達島民が古代病原体用のモルモットとして飼われているのだとすれば、それをやっているのは当然、NInGen社の上層部を占める本国人達ということになる。
そして、ミナ班長もその本国人の一人だ。
しかしあの班長が? どうにも信じられない。
それに、俺を育ててくれたあの人もだ。
あの人は、新六甲島にいる本国人の大半がそうであるように、NInGen社の研究員だった。そして、確かにあの人は、なにかを隠していた。
でも俺は、あの人が最後に遺した言葉を、今でもはっきりと覚えている。
ヒトウドンコ病を発症した人間の半数近くがそうであるように、あの人も安楽死を選んだ。そして別れの日、泣きじゃくる俺に彼女はこう言ったのだ。
『前を向いて進んで。私達と違って、あなたにはきっと、未来があるから』
あれは、病原体用のモルモットに遺す言葉なんかじゃなかった。
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