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人鳥暖炉
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猛虎班と第ゼロ班-1

公開日時: 2020年12月9日(水) 20:11
更新日時: 2020年12月9日(水) 20:19
文字数:2,742

「ひっ」


 眼前で突如として起こった惨劇に、ミキが短い悲鳴をあげた。


「なんで……。なんで⁉ 殺さないって、そう言ったよね⁉」


「俺が撃ったんじゃない!」


 狼狽して俺を詰る彼女に、俺の方も動揺を抑えきれない声でそう叫び返す。


 わけが分からないのは、こちらも同じだった。

 俺は引き金を引いていないし、そもそも俺のライフルに込められていたのは麻酔弾だ。イエナオさんに至っては、ライフル自体がどこかに飛んでいってしまっている。イエナオさんも予備の拳銃くらいは持っているだろうが、それを取り出した様子もなかった。

 なにより、利き腕を傷めてしまった今のイエナオさんに、あんな風に一発でヘッドショットを成功させられるとは思えない。

 

 つまり導き出される答えは一つ。

 撃ったのは、この三人以外の誰かだ。そして前方には誰もいない。となると……。

 

 背後を振り返る。

 いつの間にかそこには、人影が一人立っていた。本国人にしては細身で背が高く、中性的な顔立ちをした若い男だ。長い金髪を後ろでくくっている。

 第一印象が〝人影〟というものだったのは、その男の身につけているものが上から下まで全て真っ黒だったからだ。しかし注意してよく見ると、その服装は危険古生物対策課の制服とよく似たデザインだった。ただし、俺達の制服は黒ではなくダークグリーンだが。


「第ゼロ班……」


 ミキが微かな声でそう呟くのを、俺の耳は捉えた。その声には、怯えが滲み出ているように聞こえた。


 しかし第ゼロ班というのは何だ? 危険古生物対策課で最も番号が若いのは俺達第一班だし、他の部署でも第ゼロ班なんてものの存在は聞いたことが無い。

 何よりおかしいのは、この男がごついライフルを手にしていることだった。しかも、ケツァルコアトルスを撃ったのが想像通りこの男なら、そこに込められているのは実弾ということになる。警察業務を代行する警備部門ですら原則として非致死性兵器しか取扱わないこの島において、実弾を支給されているのはB級以上の危険古生物を相手にする俺達だけのはずなのに、だ。


「やれやれ、トビトカゲの駆除は業務外だったんだけどな」


 そう言って溜め息をついたその男は、俺達の顔を順番に見回し、イエナオさんのところで目をとめた。


「アハハ、こっちに来て正解だった。猛虎班の幹部、柳山イエナオだね? お前を拘束させてもらうよ」


 男がそう告げるのと、イエナオさんが舌打ちをして閃光手榴弾を投げるのがほぼ同時だった。慌てて目を庇うがタッチの差で間に合わず、視界が真っ白に染まる。


 視力が戻った時、まず目に入ったのは前方へと駆けていくイエナオさんの後ろ姿だった。そして、今まさにT字路を右へ逃げようとしているその背を、長髪の男が狙い撃とうとしている。

 

 こいつ、実弾で人を撃つつもりか⁉


「パック、その男を取り押さえろ!」


 混乱しながらもパックに指示を出し、同時に自分もスタンバレット入りの拳銃を抜く。

 相手の銃はそのごつい外観と遠距離からケツァルコアトルスの頭を一撃で撃ち抜いた威力から考えて、反動が大きく近接戦での取り回しに難があるタイプだ。しかも相手は今、こちらに背を向けている。この距離なら、パックと俺の方が早い。


 猛然と飛びかかったパックは、しかし振り向きざまに放たれた男の蹴りに弾き飛ばされた。その体が真っ直ぐに俺へと向かって飛んできて、避ける間も無く俺はパックもろとも壁に激突する。壁とパックの体の間で押し潰されるかたちになった肺から、無理やり空気が押し出される。その苦痛と激突時の衝撃で、拳銃はいとも簡単に手から離れていってしまった。

 

 そんな馬鹿な。

 この至近距離でダイアウルフのスピードに即応して反撃するだなんて、そんなことが人間に可能なのか。


 頭では既に、これは勝ち目が無いと察していた。しかしそれでも、半ば無意識のうちに、俺の手は落とした拳銃をなんとか拾い上げようとしていた。その手の甲が、上からぐりぐりと踏みにじられる。思わず苦悶の声が口から漏れた。


 パックが唸り声をあげて起き上がり、再び飛びかかろうとする。しかしその直前で、再び銃声が響いた。

 キャウンと悲鳴をあげ、パックは床へと倒れる。


「パック!」


 俺は慌てて叫ぶ。パックが殺されてしまったかと思ったのだ。

 だがよく見ると、その体から血は流れ出ていない。至近距離では大型のライフルより取り回しが良いと思ったのか、男はいつの間にか俺が落とした拳銃に持ち替えていた。


「あ、これスタンバレットか。害獣の方は殺しちゃっても良いやと思って撃ったんだけどな」


 男は銃口を俺へと向け、躊躇無く引き金を引いた。電極が体に撃ち込まれる衝撃を知覚する間もなく、電流が全身を駆け巡り、あまりの苦痛に一瞬意識が飛ぶ。


「スタンバレットならターゲット以外の奴を撃ってもべつに良いよね。あ、ターゲットも殺すのは駄目だったんだっけ。そういえばそのターゲットは……ああ、やっぱりもう逃げちゃったか」


 男はいったんT字路の方へ向けた顔を、再びこちらに向け直した。


「あーあ、これだから脳みそが足りない劣等人種は嫌なんだよね。すぐ暴力に訴えようとするから、こっちも暴力で身の程ってやつを教えてやらないといけない」


 言いながら男は、俺を繰り返し蹴りつける。先ほどの電気ショックで体がまともに動かせない俺は、されるがままだった。

 いや、たとえまともに動けたとしても、やはりされるがままだっただろう。そのくらいの実力差がこの男と俺の間にあることは、この短時間の戦闘だけでも十分に理解できた。

 

 口の中が切れたのか、血の味がする。

 唯一の救いは、電気ショックで痛覚神経も麻痺したのか、思ったほど苦痛を感じないことだ。それどころか、頭がだんだんぼんやりしてきて、どこか遠くでこの出来事を見ているような気分になってきている。


「そういや、スタンバレットでも何発か当てればショック死するって話は本当かな? ボクは大事な任務を邪魔されたくなくてスタンバレットで止めようとしただけなのに、勝手に死んじゃいましたって言ったら通るかな?」


 銃口が再びこちらへと向けられる。

 

 あれ、これは本気でヤバいんじゃないか?

 頭の片隅でそう警報が鳴らされるものの、どこか現実感が無く、危機感も持てない。そして体も動かない。


「下等人種ってさぁ、やっぱりゴキブリとかと同じで生命力強いのかな? せっかくだし、何発までなら耐えられるか実験してみようか。弾を使い切ってもまだ生きてたらおめでとぶげっ!」


 唐突に妙な声をあげ、男が目の前から吹っ飛んだ。


「えーとー、こういう時、なんて言うんだったかなー」


 馴染みのある間延びした声が、地下通路に響く。


「あー、そーだそーだ、思い出した。『天才は 忘れた頃に やって来る』これだね、間違いない」

 

 ……ツツジ、たぶんそれじゃない。

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