新六甲島古生物ワールド

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人鳥暖炉
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『本当の』島民

公開日時: 2021年2月4日(木) 00:01
文字数:3,038

「カイセイ……!」


 ベルンシュタインと警備部門の男――いや、第ゼロ班班員のカイセイは、目にも留まらぬ素早い動きで互いに銃口を向け合った。


「班長、ボクはねぇ、メインコントロールルームを乗っ取ってそこの害獣どもを逃がしたのがあんただってカウフマンの奴が言った時、信じなかったんですよ。あのクソ女が自分のミスを邪魔なあんたに押しつけようとしてるだけだって、そう思いましたね。だからこそ、あんたがうちの武器庫から麻酔ガス持ち出してたことも黙っててあげたんですよ。あのクソ女の計略に乗るなんて、まっぴらごめんでしたからねぇ。まーでも害獣の始末を下等人種どもに任せるのもどうかと思ったんで、まぎれ込んでここで張ってたら……まさか本当に、あんたが害獣を逃がしに来るとはね」


 カイセイの口調は、地下でツツジに蹴り飛ばされた時のように乱暴にはなっていない。しかしそれでいて、あの時とは比べものにならないほどの怒りが、そこからは滲み出ているように聞こえた。


「班長、あんたは知ってるはずですよねぇ? ボクがなんで第ゼロ班に入ったか。この島を守れるのは……いや、守る気があるのは、ボクら本当の島民だけだって思ったからですよ。あのクソ女に実験場にされて、NInGenの社員にでもならなきゃ入ることもできなくなったけど、それでもこの島はボクらの故郷だ。あのクソ女の計画なんて失敗しようがどうなろうが知ったことじゃないけど、その巻き添えでボクらの島が沈められるのだけは絶対に駄目だ。だから、下等人種どもの反乱は小さいうちにボクらが摘んで、みんなが帰って来れる日までボクらの故郷を守るんだって……そう思って、第ゼロ班に入ったんだ」


 ああ、そうか。

 こいつは、この島本来の島民――年齢から考えると、その末裔――なのか。

 

 俺はようやく、この男が俺達に対してあれほどの敵愾心を抱いていた理由を理解できた。

 

 この島ではずっと、俺のようなNInGen社によって復活させられたホモ・サピエンスが〝島民〟と呼ばれてきた。しかしヒトウドンコ病で壊滅する前には、この島にだって本来の島民がちゃんといたはずなのだ。

 そんな本来の島民からすれば、疫病の蔓延で泣く泣く故郷を捨て、その疫病がやっと収まったと思ったら今度は島がまるごと実験場にされ立ち入りも制限されてしまったことになる。それなのに、自分達を差し置いて我が物顔でこの島で生活している者達がいて、しかもそいつらが島民を自称までしていたら、それは気に入らないと思うだろう。


「ボクだけじゃない。今日、そこの害獣どもに殺されたカンナやフヨウだって同じだ。みんな、この島は本当の島民のボクらが守るんだって、そう思って、あんたの部下になったんだ。知ってただろ? それなのに……あんた、いったいどういうつもりなんだ!?」


 部下に詰られても、ベルンシュタインが動じる様子は無かった。


「お前達が何を考えて第ゼロ班に入ったのかは分かっている。だが、たとえお前達の動機がそうだったとしても、第ゼロ班はこの小さな人工島一つを守るために作られたわけではない。第ゼロ班の存在理由は、あくまでもS級特定危険古生物の脅威から現生人類を守ることだ。そのために必要とあらば、この島を犠牲にすることを厭うつもりはない」


「そこの害獣どもを逃がすのが、人類を守ること? あんた、本気で言ってるのか?」


「それで輪読会が目を覚まし、NInGen社には特定危険古生物を管理する能力など無いと気づいてくれるのなら、やるだけの価値はある」


「……よく分かったよ、班長。いや、ベルンシュタイン。あんたも結局、あのクソ女と同じだ。人類がどうのと御大層なことばかり言って、足もとの人間を見ちゃいない。だったら、あのクソ女より先に、まずはあんたのクソ計画をぶっ潰してやるよ!」


 その台詞を言い終わるか終わらないかのうちに、カイセイが動いた。同時に、ベルンシュタインが手にした銃が火を噴く。たった一人でメインコントロールルームを制圧したベルンシュタインの腕前は相当なもののはずだが、カイセイの動きが止まる様子はなかった。

 ベルンシュタインの放つ銃弾を避け続けながら、カイセイの方も撃ち返す。しかしベルンシュタインの姿はいつの間にか、ほんの二、三秒前までいた場所から消えており、カイセイの放った銃弾は虚空を貫いた。

 

 第ゼロ班同士の攻防は、しばらく続いた。たとえ動けたとしても、その戦いに俺が立ち入る隙など無かったことだろう。

 

 そして両者がいったん足を止めた時、ベルンシュタインの足首からは血が滲み出ていた。一方のカイセイは、見る限り無傷だ。

 ベルンシュタインの傷とて、致命傷にはほど遠い。だが、これまでほぼ互角のスピードで繰り広げられていたこの戦いにおいて、足の傷が意味するところは大きい。


 両者が次に動いた時、勝負は決するだろう。


「終わりだよ、ベルンシュタイン。ここでひと思いにボクに殺されるか、それとも降参して輪読会のクソ野郎どもに裁かれるか……あんたがマシだと思う方を選んで欲しい」


「カイセイ、お前には、余裕がある時は相手を舐めて全力を出さず、逆に余裕が無くなると頭に血が上って行動が短絡的になる悪い癖があったな。そこを直せば私より強くなれるかもしれんと何度言ってもこれまではいっこうに直さなかったが……」


 カイセイに向かって語りかけるベルンシュタインの顔には、どこか寂しげな笑みが浮かんでいた。


「残念だよ。部下の成長を見るのが、こんなかたちになってしまうとは。今のお前なら、あるいは私に勝てたのかもしれんな。……一対一であれば」


 ベルンシュタインのその言葉と同時に、一つの影が背後からカイセイへと飛びかかった。ヒョウ型だ。ベルンシュタインがカイセイの注意を引いている隙に、密かに忍び寄っていたのだ。

 しかし人語を喋る一頭と最初にカイセイが撃ち漏らした一頭、そのいずれに対しても俺は目の端で追っていたし、カイセイも間違いなくそうしていただろう。となればこれは、先ほど人語を喋る個体が言及していた、元々この場にはいなかった最後の一頭だ。


 カイセイに対し死角から近づいていたヒョウ型は、完全に不意を突いたかのように思えた。

 だが、カイセイの反応は人間離れして速かった。喉笛に食らいつこうとしてきたヒョウ型の牙を器用に身を捻ってかわすと、拳銃を握っているのとは反対の手で瞬時にナイフを抜き、逆にヒョウ型の喉元を切り裂く。


 しかしその状態でベルンシュタインから片時も注意を逸らさないことは、さしものカイセイにもできなかった。そしてベルンシュタインは、その隙を見逃すような男ではない。

 銃声が連続して響き、カイセイの胴体に穿たれた穴から血が噴き出す。カイセイは手にしていた得物を取り落とし、地に膝をついた。直後、咳き込んだその口からも血が溢れ出す。


 そこへ間髪入れず、人語を喋るヒョウ型が跳びかかった。とどめを刺すつもりなのだ。

 今度こそ為す術無く屠られるのではないかと思えたカイセイだったが、ヒョウ型の爪が届く寸前、ナイフを拾い上げて突き出した。それと同時に、ヒョウ型の鉤爪はカイセイの首筋を切り裂く。あたりに血飛沫が舞った。

 カイセイのナイフもまたヒョウ型の左太腿を抉っていたが、相討ちと呼ぶにはその傷は浅すぎた。


「くそがッ……」


 カイセイは呻き、切り裂かれた首筋を掌で押さえるが、指の隙間から血はとめどなく流れ続ける。そしてカイセイは、それ以上何をすることもできないまま、前のめりに倒れた。

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