新六甲島古生物ワールド

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人鳥暖炉
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特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟-4

公開日時: 2020年12月17日(木) 00:37
文字数:3,535

「これ以上まだ何かあるんですか?」


 カウフマン研究統括部長は重々しく頷いた。


「この生物の一番恐ろしいところは、単に兵としての能力が高いだけでなく、一頭だけで女王として新たな軍団を作り出せるという点にある」


「仰っている意味がよく分かりませんが」


「言い方が悪かったな。もう少し分かりやすく言うと、こいつらは周囲に同種の雄がいない環境だと、雌一頭から単為生殖で増えることができる。そしてもう一つ言うなら、雄は周囲に雌がいない環境だと性転換して雌になる。つまり、雄だろうと雌だろうと一頭でも取り逃がせば、その一頭からどんどん増殖できるということだ」


「雌は雄無しで子供を産めて、雄も雌に性転換して子供を産める……」


「ねずみ算どころの話じゃないよ⁉」


「一度に生む子供の数は通常一頭、多くともせいぜい三頭くらいまでだし、十ヶ月ほどの妊娠期間を要するから、さすがにネズミと比べると増殖スピードは遅いがな」


「とはいえ、一頭でA級相当の奴らが群れで行動するとなれば、ネズミと違って天敵らしい天敵もいないでしょう。早いところ一頭残らず捕まえないと増える一方なのでは」


「その通りだ。故に、今回ばかりは生け捕りにしようなどとは考えず、確実に射殺してもらいたい」


 確実に射殺か。ミナ班長が嫌がりそうだな……。

 そう思って班長の方を横目で見遣ると、案の定、苦痛を堪えているかのような表情をしている。だが、カウフマン研究統括部長に対して異論を唱えることは無かった。


「不幸中の幸いというべきか、今はまだNInGen社が飼育していた個体が逃げ出しただけで、野外で繁殖したわけではないから、全てがタグ有り個体だ。所在は把握できている。現在、現場は警備部門の人間が包囲していて、付近の住民の避難もほぼ完了済みだ」


「なんだ、だったらもう安心……というわけではないんですよね? もしそうなら、社内でも一部の人間にしか知らされず極秘で作られていた生物について、わざわざ俺達に詳しく説明する必要も無いですし」


「察しが良いな。包囲にこそ成功したものの、警備部門は本来、人間の犯罪者を相手にする部署だ。古生物に対処する訓練は受けていない。そのせいもあってか、既に何人も死傷者が出てしまっている。ここで下手に彼らを突入させると、更に犠牲が増えかねない。よって、対古生物戦闘が専門である君達と情報を共有し、現場の指揮をとってもらおうというわけだ」


「言ってはなんですが、ずいぶんと泥縄な対処ですね。そんな危険な生物がいるなら、いくら機密といっても、こういう事態に備えて前々からうちの課とくらいは情報共有をしておいて欲しいところです」


「これも一般には知られていないことだが、この生物が逃げ出した場合に対処させるべく、危険古生物対策課には第ゼロ班と呼ばれる機密部隊があった。だがこの第ゼロ班は猛虎班襲撃時の戦闘でその多くが重傷を負い、一部死者も出ている。今引っ張り出せるような状態ではない」


 第ゼロ班? それは、この前イエナオさんを捕まえた連中の呼び名じゃないか。少なくとも、あのミキという少女は確かそう呼んでいた。あいつら、俺達と同じ危険古生物対策課だったのか。

 しかし警備部門とかならまだしも、なんで危険古生物対策課が過激派の人間を捕まえるんだ? 班長もあいつらのことを特殊治安部隊と言っていたし……。複数の部署にそれぞれ第ゼロ班が存在していて、イエナオさんを捕まえた奴らとはまた別に危険古生物対策課にも第ゼロ班がいるということなのだろうか。


「第ゼロ班以外の実戦部隊はこの生物について知らされていなかったから、輸送するにあたって護衛に適役と言えるのは第ゼロ班だけだった。しかし結局は、それが裏目に出たわけだ。彼らも、猛虎班の襲撃とA級の脱走、どちらか一方だけなら問題無く対処できただろう。しかし不思議なことに、これらが全く同じタイミングで起こった」


「何も不思議なことではないのでは? 襲撃によって檻が壊れるか何かしてこの生物が逃げ出したんでしょう?」


「そうではない。襲撃を仕掛けられた段階では、輸送車両はほとんど無傷だった。なにしろA級などという危険な代物を運ぶための車だ。それだけ頑丈に作られている。それにも関わらず、第ゼロ班が襲撃者に対処しようとした矢先にA級の拘束が外れ、第ゼロ班の面々は背後から襲われることになったのだ。さしもの第ゼロ班もこれには完全に不意を突かれたらしく、多くの死傷者を出すことになった。それでも五頭いたA級のうち一頭はなんとか仕留めたそうだが。ともあれ、第ゼロ班がそういう状況となると次に適任なのは君達第一班ということになる」


「俺達はそいつらと違って、このA級なんてものの話を聞いたこともありませんでしたけどね」


「だから今、こうして時間を割いてレクチャーをしている」


 向こうの言っていることも分からないではない。しかしこんな重要な情報を今まで隠しておいて、いざピンチになったらこちらに頼ろうというのは、どうにも気分の良いものではない。


「A級の存在自体は初耳でも、君達は警備部門とは違って動物についてはプロだ。性質や能力についての情報があれば、彼らに任せる場合よりも犠牲を抑えつつあれらを仕留めることもできるだろう?」


「それについては同意しないでもないですけどね。ところで、さっきからA級とかあれらとかそんな呼び方ばかりですけど、この動物、名前はなんて言うんです? ちゃんとした呼び方を決めておかないと、今後対処をめぐって連絡を取り合う時に支障が出かねないですよ」


「名前……いや、この生物に名前は無い」


 ……なんだ?


 俺が名前のことを持ち出した時、横で聞いていた班長の顔が一瞬強張ったのだ。

 カウフマン研究統括部長の方は表情を変えなかったが、答える時に少し口籠もったようにも思える。気のせいだろうか。


「なにしろ、実在した古生物というわけではないからな。学名とかそういったものは存在しない。ただ、開発時のコードネームはあり、通常はそれが呼び名として使われている」


「そのコードネームは、何て言うんです?」


「〝チャレンジャー〟――そう呼ばれている。君達もそう呼んでくれたら良い」


 挑戦する者チャレンジャー? なぜそんなコードネームがつけられている? いったい何に挑み、何と戦うというんだ? 

 どうにもひっかかる。この人、まだ何かを隠しているのではないか。


 俺は疑念を抱いたが、そのあたりについてつっこむ暇も無く、モニターに俺達の向かうべき先が表示された。全員ばらばらだ。


「何で全員ばらばらの場所なんです?」


「向こうがばらばらに逃げているからだ。ああ、もちろん一人で立ち向かえと言っているわけではない。君達の役目は、どちらかと言うとアドバイザーとして警備部門の者達に適切な対処方法を助言することだから」


「群れで狩りをする動物なのに、ばらばらに逃げてるんですか」


「そのあたりは私も疑問を感じている。……しかしまあ、あれらは今回初めて外に出たのだ。見知らぬ環境でパニックになっているという可能性もあるな」


 なんとなくひっかかるものはあったが、確かに俺が見た時もヒョウ型一頭だけで、他の個体と連れだっていたりはしなかった。この点については、カウフマン研究統括部長も嘘はついていないと判断して良いだろう。


 逃げ出したのはヒョウ型とクマ型が二頭ずつと、センザンコウ型が一頭で計五頭。ただし、クマ型のうちの一頭は脱走直後、第ゼロ班によって射殺されている。つまり、残りは四頭。

 それに対して、今の第一班のメンバーは班長、ツツジ、それに俺で三人しかいない。割り振りを確認すると、班長がセンザンコウ型、俺がヒョウ型、ツツジがクマ型だった。

 ヒョウ型のもう一頭は、第二班が代わりに担当するようだが、普段C級くらいしか相手にしていない彼らには荷が重そうだ。その点について尋ねると、自分の担当箇所で早くけりがついた者はそちらに助っ人として行くよう言われた。イエナオさんがいた頃なら人数的にはちょうどだったのだが、その当人はまさにこの厄介な事態を引き起こした側である。


 それにしても、俺達には存在すら知らされていなかった旧空港島の極秘研究施設と、そこで生み出された、通常の危険古生物とは異なる〝特定危険古生物〟――これらはイエナオさんの話にも出てきたものだ。

 つまり、あの話は根も葉もない妄想の類ではなく、少なくとも一部においては隠された真実を含んでいたことになる。


 もっとも、イエナオさんの話では、旧空港島の〝サイトB〟で研究されている特定危険古生物の正体は古代の細菌や寄生生物ということだったが、その点については全く違っている。

 古代病原体の話はただのデマだったのだろうか。

 それとも……?

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