班長と話し込んでいたため、俺が橋のたもとに到着した時には、既に警備部門により防衛線は築かれていた。
「先ほど指示された通り、土嚢を積んでバリケードを五列設置しておきましたが、こんなもので本当に食い止められるのでしょうか? 人間ならまだしも、ヒョウ型のチャレンジャーなら簡単に跳び越えられるのでは?」
「跳び越えること自体は可能でしょうね。バリケードはそれ単独でヒョウ型を食い止めるためのものではなく、連中の動きを制限するためのものと考えて下さい。横列を作って一斉射撃するとはいえ、最高時速で突っ込んでくるヒョウ型に銃弾を命中させることは難しい。下手をすると、そのまま突破される危険性もあります。しかしバリケードをいちいち跳び越えなければならないとなると、ヒョウ型も最高時速で走り続けることはできません。着地の瞬間はどうしてもスピードが鈍りますからね。それに、いったん跳び上がったら着地するまでは空中で移動方向を変えることはできませんから、向こうからすると銃弾を避けづらくなるはずです」
クマ型やセンザンコウ型がいれば、それらが自らの身を犠牲にしてでもバリケードを力づくで突破し、そうして防衛線に空いた穴をヒョウ型が全速で駆け抜けるといった手も使えたかもしれない。
だがヒョウ型のみになった今、フトゥロス達にはとれる戦法も限られてくる。
土嚢を積んだのには、もう一つ意味があった。
万が一、ベルンシュタインがこちらを襲撃してきた場合、その陰に隠れて盾とするためだ。
タグで位置情報が追跡できるフトゥロスと違い、ベルンシュタインはいつどこから現れるか分からないから、不意討ちを受けた場合に最初の何人かがやられてしまうのは避けられないかもしれない。それでも、銃撃を避けるための遮蔽物があるのと無いのとでは、戦いやすさは大きく違ってくる。
ユーレイ社長の話では、この島にはバズーカ砲や機関銃のような多人数をいっぺんに殺傷できる類の兵器は置かれていないという。そうした兵器を俺達サピエンスに奪われ、自分達に向けて使用されることを輪読会が怖れたからだが、理由はどうあれ島自体に無いのであればベルンシュタインにそうしたものを使われる心配も無い。
ならば最初の不意討ちさえ凌げば、人数差で圧倒できるはずだ。
その人数差による不利を覆すためにベルンシュタインが気化麻酔剤を使ってきた場合に備え、全員にガスマスクも装着させておいた。
もっとも、これは神経質すぎる対応だったかもしれないと自分でも思う。ここは最初にヒョウ型と戦ったビルのような密閉空間とは違う。こんな吹きさらしの屋外で使ったところで、ランチャーで撃ち込めるサイズの気化麻酔弾では有効な濃度が得られないだろう。
気化麻酔剤にはランチャーで撃ち込むタイプ以外に大容量の設置式タイプもあるが、それでも十分な量が周囲に拡散するには時間がかかる。仮にベルンシュタインがそれを使ったとして、空気中の麻酔剤濃度が有効域に達するよりも、ベルンシュタインに銃弾が届く方がずっと早いだろう。俺だったら、そんなハイリスクな手は使わない。
先ほど俺がヒョウ型に対してやったようにトウガラシスプレーの中身を噴出させるというのも、有効範囲の狭さを考えると現実的とは言えない。
ベルンシュタイン側に、戦力差を覆してフトゥロスを逃がす有効な手立てがあるとは思えなかった。
だが――そうは思いつつも、どうにも不安が拭いきれない。
何かを見落としているような気がしてならないのだ。
ここにツツジがいれば、戦力的にはだいぶ頼りになったのだが、間の悪いことに、班長がメインコントロールルーム奪還のための戦力を集めに行った時には、既に再度地下廃墟に入っていってしまった後だったらしい。
なんでも、最初に地下に潜った際、ヒョウ型を取り逃がしてしまったのが相当悔しかったと言っていたとか。そのヒョウ型は既にどこかから地上に出て、後から脱走してきた仲間と合流してしまっているのだから、ツツジが地下の捜索を続けているのは全くの無意味である。こちらに呼び出したいところだが、地下に入られているのでは電波も届かない。
いない人間のことを考えても、詮無いことではあるのだけれど。
「追跡班がヒョウ型一頭の射殺に成功。しかし残り五頭は、間もなくここに到着します!」
警備部門の現場指揮官の声に、俺は我に返る。
マップの表示を見ると、確かにヒョウ型のうち五頭がもうすぐそこまで迫ってきていた。
この一連の騒動も、もうすぐ決着がつく。
俺は、ヒョウ型達が現れるであろう方向をぐっと睨みつけた。
右方向からシューッと奇妙な音が聞こえてきたのは、その時だった。
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