新六甲島古生物ワールド

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人鳥暖炉
人鳥暖炉

地下廃墟の蛇神-1

公開日時: 2020年12月6日(日) 19:30
文字数:3,176

 冷静になって考えてみると、イエナオさんの話には確たる証拠が何も無い。渡されたレポートだって、その気になれば誰にでもでっちあげられるようなものだ。

 俺達を古代病原体用のモルモットとして使う計画にミナ班長やあの人が関わっている可能性と、イエナオさんが根も葉もない陰謀論を吹き込まれている可能性。どちらの方がありそうかと問われたら、後者だというのが正直な心証だ。


 そんなことを考えていると、俺達が話している間床で寝そべっていたパックが唐突に立ち上がった。毛が逆立ち、警戒心を顕わにしている。これは何か嗅ぎつけたか。


「パックの様子が変です。近くに何かいるのかも」


 イエナオさんにも注意を促した直後、耳が微かな音を捉えた。

 カツッ、カツッ、コツーン、コツーンという、硬質でリズミカルな音だ。まだ距離はあるようだが、前方から徐々に近づいてきているように思える。


「なんだこの音?」


 イエナオさんが眼前の分かれ道へと一歩足を進める。

 不用意に近づくと危ない、と俺が注意を促そうとしたまさにその時、分かれ道の右側から何かが勢いよく飛び出してきた。そしてそのまま、イエナオさんに激突する。

 

 飛び出してきた影はイエナオさんにぶつかった反動で後ろにひっくり返ったが、すぐに立ち上がって逃げ出そうとした。そこを、イエナオさんが猫の子でも持つみたいにして掴みあげる。


「ってーな。なんだ、ガキじゃねーか」


 いかにも本国人といった感じの、色白で金髪を二つ結びにした少女だった。年の頃は十代前半といったところか。


「報告にあった、地下に取り残された方の子供でしょうね。外見の特徴が一致します。いやー良かった、無事だったんですね」


 見つけたのが肉食古生物に食い荒らされた子供の死体だったりしたら、しばらく食事が喉を通らなかったかもしれない。


「はっ、放して!」


 少女はじたばたと暴れるが、成人男性としてもかなり体格が良い方のイエナオさんはびくともしない。


「このガキがたててた音だったのか?」

「……いえ、それは違うみたいですよ」


 カツッ、カツッ、コツーン、コツーンという音は、まだ聞こえてきている。それに、嗅ぎつけたのがただの人間の子供の臭いなら、パックがここまで警戒するはずはない。


「放してってば! あいつが来ちゃう!」


 少女が声に焦りを滲ませて喚く。


「あいつ?」


 カツッ、カツッ、コツーン、コツーン。


 音はどんどん近づいてくる。もうかなり近い。地下に降りる前に一度確認しているが、念のためにもう一度装備を確かめる。

 

 麻酔弾入りのライフルと、サブの銃としてスタンバレット入りの拳銃。接近戦をせざるを得なくなった場合のためのサバイバルナイフ。他に閃光手榴弾とトウガラシスプレーもある。

 狭いトンネル内での取り回しや持ち運びを考慮し、大型の銃は持ち込まなかった。


 万が一この前のティラノサウルスのように並みの銃では外皮で弾き返されるような相手が出た場合、この装備では手も足も出ず退散するしかない。しかし図面を見る限り、この地下空間へと続く階段やスロープに、ああいった大型古生物が通れるほどの広さを持つものは無かった。

 グリプトドンのように比較的小型ながらも外皮は頑強な生物もいるが、そういうのは大抵狩られる側であるが故に防御力が高いタイプだ。それならそれであまり心配する必要は無い。


 とはいえ、あちこちに曲がり角がある地下通路というのは、遠距離から狙撃できるという銃のアドバンテージを半減させる。旧理科学研究所の設備とはいえヒトウドンコ病エピデミック以来放置されている自家発電装置からの給電だけではそれが精一杯なのか、非常灯がぼんやりと灯っているだけの薄暗さも厄介だ。


 カツッ、カツッ、コツーン、コツーン。


 音が、すぐそこまで来た。

 ライフルを構える手に汗が滲む。


 そいつが巨大な頭部をT字路の右側から覗かせた時、俺は一瞬、気づくのが遅れた。

 その頭が、予想外に高い位置にあったからだ。

 

 非鳥類型恐竜の復活例が少ない現状では、復活済み大型古生物の大半は四足歩行だ。さすがにマンモスくらいになると話は別だが、ショートフェイスベア程度なら体重はあっても普段の歩行時における体高はそこまででもない。

 ところがそいつの頭は、二メートル強ある天井すれすれの位置に現れたのだ。


 俺の反応が遅れている僅かな間にそいつは歩を進め、その全身がT字路の交差部に現れていた。

 巨大な頭部と長い首、それらに対して胴体は異様なほどに貧弱だ。四肢はこれまた胴体に対して不釣り合いなほど長く、それらの間には膜が張っている。体全体が柔らかそうな短い毛で覆われ、背面は黒褐色、腹側は白色という配色をしていた。


 カツッ、カツッ、コツーン、コツーン。


 巨大な頭部の大半を占める長く鋭い嘴を打ち鳴らし、そいつは音をたてる。


 蛇神ケツァルコアトルの名を冠する巨大翼竜、ケツァルコアトルス・ノルトロピ。


 天高く飛ぶ翼竜と地の底で相見えるという予想外の展開に一瞬呆気にとられた俺だったが、すぐに我に返り、麻酔弾を撃ち込んだ。銃声とともに、ケツァルコアトルスの頭がのけぞる。この薄暗い中では不安だったが、どうやら命中してくれたようだ――と思ったのも束の間、ケツァルコアトルスは来たのとは反対側の道へと脱兎の如く駆け込んだ。


「おいおい、逃げられちまったじゃねーか」

「大丈夫ですよ。ケツァルコアトルスが逃げ込んだ方の道はすぐ行き止まりになってます。当たってはいるはずなので、麻酔が効くまでしばらく待ちましょう」

「にしても、あんなでかぶつがどうやってここまで入ってきた?」


 ケツァルコアトルスは成長すると頭頂部までの高さが四~五メートル、翼を開いた端から端までの長さは十メートル以上にもなる。そのサイズだと、ここの天井の高さでは立つことすら難しい。しかし、今の個体はそこまで大きくはなかった。恐らくは亜成体だろう。頭頂部までの高さで言えば、おおよそ二メートル半といったところか。

 一方、この地下空間へと通じる非常階段の出入り口は高く見積もってもせいぜい二メートルといったところである。


 もっとも、ケツァルコアトルスの体高はその大半を長い首が占めるため、屈めば人間用の出入り口をくぐれるくらいには収まるかもしれない。しかしそれでも今度は幅が問題になってくる。ケツァルコアトルスの翼は地上を歩くために折り畳んだ状態でも少し左右に広がっているため、幅の狭い空間を通り抜けるのには難があるのだ。

 やはりこの大きさでこんなところへ入り込んできたと考えるのは不自然だろう。

 それに、不自然な点は他にも二つある。


「どっかにでかい入り口でもあんのか、ここ?」

「いえ、それよりは、まだ小さいうちにここに入り込んで、そのままここで成長してしまったせいで出られなくなったという可能性の方が高いでしょう」

「それは、マップでそんなでかい入り口は見当たらなかったってことか?」

「まあそれについてもそうなんですが」


 厳密に言えば、機器搬入用の大型エレベーターがあることはある。しかしながら、ヒトウドンコ病エピデミックの混乱期に壊れてしまったらしく、NInGen社がここを調査して地図を作成した際にはもう動かなくなっていたらしい。


「理由はそれだけじゃありません。まずですね、このへんはこの前ティラノサウルスを捕まえた旧六甲島区と違って、普通に人がたくさん住んでます。こんなでかいやつが地上をうろうろしていたら、とっくに見つかっているはずです。つまり、こいつはこの大きさになってからはずっと地下にいた可能性が高い。それからもう一つ。この年頃のケツァルコアトルスが、こんな飛び立てない場所を好き好んで住処に選ぶはずがありません」

「年頃がなんか関係あんのか?」


「この年頃のうちに、飛び回ってつがいになる相手を探すんですよ。もう少し成長したら、飛べなくなりますからね」


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