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人鳥暖炉
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チャレンジャーを討て!-1

公開日時: 2020年12月20日(日) 02:22
文字数:3,814

 危険古生物対策課第一班班長ミナ・カウフマンは弱り果てていた。

 ミナが相手にしているセンザンコウ型は、チャレンジャーの中では最も対処がしやすい、あるいは対処の難しさが最もマシだと言われている。

 確かに通常の小銃では銃弾を貫通させられない装甲は厄介だが、貫通力の高い武器ならばデイノスクス等への対策として常備されている。ヒョウ型やクマ型と違って動きの遅いセンザンコウ型なら、そうした武器を使って仕留めることは十分に可能なはずだった。


 だが今、事態は予想外の展開を迎えていた。


 建物の外壁を背にするかたちで警備部門の部隊に包囲されているセンザンコウ型は、片方の手で人間を掴み、盾のようにして体の前に掲げているのだ。

 掴みあげられているのは十代後半の少女で、見たところ大きな怪我などは負っていないが、すっかり怯えてしまい身動き一つとれずにいる。三メートル近くある謎の生物に太い腕で掴みあげられているのだから、当然と言えば当然だろう。


 急な避難勧告だったため、逃げ遅れた住民がいてもおかしくはない。実際、ハルツキが最初にヒョウ型を目撃した時には、まだ周囲に大勢の住民がいたのだ。


 センザンコウ型はクマ型やヒョウ型のような鋭い牙こそ持たないが、がっしりとした顎は強大な力を秘めている。今にもその顎が少女の首筋へと食らいつき、その肉を食いちぎるのではないかと思うと、ミナは気が気ではなかった。


 すぐにでもセンザンコウ型を仕留め、少女を救出したい。だが、この状態で銃撃すれば当の少女にまで銃弾が当たってしまう危険性がある。仮に少女に当てることなくセンザンコウ型を仕留めることに成功したとしても、この状態ではセンザンコウ型の巨体が倒れた時、少女はその下敷きになってしまうだろう。

 センザンコウ型はチャレンジャーの中で最大となる三メートル近い体長を持ち、しかも素早さを犠牲にして防御力と膂力に特化している分、体格もがっしりとしている。恐らく体重は五百キログラム近くあるのではないだろうか。そんな巨体の下敷きになってしまったら、あのような華奢な少女などひとたまりもないに違いない。


 これでは、まるで人質だ。


 そこまで考えて、ミナは戦慄した。


 まさか、本当にそうなのか? 奴は食べるためではなく、本当にそうやって利用するためにあの少女をさらったのか? 彼女が今のところ無傷なのは、そのためか?

 馬鹿な。ありえない。

 いや。

 ありえないこともないのか。あれが、どういう生物なのかを考えれば。


 ミナはセンザンコウ型を睨みつけながら、親指の爪を噛んだ。


 どうする?

 いったいどうすれば、この状況を打開できる?


 その時、緊急通信が入った。


「班長! 聞こえますか!?」


 ハルツキの声が、端末越しに耳元で響く。


「何の用事か知らないが、今こっちはそれどころじゃ――」


 ミナは途中で言葉を止める。

 少女が人質に取られていることまでは知らないとはいえ、ハルツキとてこちらも非常時であることは理解しているだろう。それにも関わらず連絡を入れてきたということは、それだけの事情があるということだ。

 そして、その予想は当たった。


「すみません、ヒョウ型を取り逃がしました。奴は今、そっちに向かっています!」


「ヒョウ型がこっちにって……どういうことだ? どうしてそんなことになった⁉」


 叫び返してから、慌てて情報端末に表示させたマップを広域表示にする。

 ハルツキの言う通りだった。Aと書かれたマークが、背後からこちらに接近してきている。もうそれほど遠くない。

 通信を聞いていた警備部門の現場指揮官が、慌てて隊の一部を背後の警戒に当たらせた。


「こっちに到達する前になんとかヒョウ型を仕留められないのか?」


「建物の屋上から屋上に飛び移って移動しているせいで、下から撃てるタイミングが飛び移る一瞬しかない上に、飛び移る時のスピードが速くて……。ん? もしかしたら……」


 話している途中で何か思いついたらしく、ハルツキは彼の近くにいるのであろう警備部門の人間達に指示を飛ばし始めた。


「うわあああっ!」


 その時、背後で悲鳴があがった。

 振り向いたミナの目に映ったのは、包囲を突破して猛然と向かってくるセンザンコウ型の姿だった。


 人質を取られているせいで、元々こちらは撃とうにも撃てなかったのだ。向こうが突破してこようとすれば、止める術など無い。ヒョウ型やクマ型と比べれば動きの遅いセンザンコウ型だが、短距離であれば人間と同程度のスピードで走ることは可能だ。そして重量級の巨体での突進は、凄まじい運動エネルギーを伴っている。


 ミナは慌てて身を翻したが、完全には避けきれず弾き飛ばされた。

 センザンコウ型は倒れたミナには目もくれず、そのままいずこかへと駆け抜けていく。警備部門の者達が混乱しながらもその後を追うが、発砲できない以上、できることはただ追うところまでだった。


「すまないハルツキ。こっちも取り逃がした!」


「そっちの奴は動きが遅くて建物から建物にジャンプしたりもできないセンザンコウ型でしょう? 背後から狙撃するなりすれば、なんとかなりませんか?」


「人質を取られているんだ」


 無線の向こうでハルツキが絶句する。


「人質って……。人間の強盗とかじゃあるまいし」


「いや、奴自身は人質のつもりはなく、単に餌として捕えているだけかもしれん。しかし一般人を抱えられている以上、こちらとしては人質を取られたも同然なんだ。しかも人間の犯罪者の場合よりも厄介なことがあって、人質に当たらないように奴を仕留められたとしても、倒れた時にあの体重で押し潰されてしまったら人質も無事では済まない」


「なんてこった……。とりあえず俺はヒョウ型の方をなんとかして、そっちのことはそれから考えます。それまでは、これ以上まずい事態にならないよう、そっちはそっちでもたせてください」


「言われなくてもそのつもりだ」


 できれば、単に状況を悪化させずもたせるだけでなく、こちらのことはこちらでけりをつけてしまいたい。

 それにしてもハルツキの奴、ヒョウ型の方はなんとかすると言ったが、いったいどう対処するつもりなのだ?




「こちらが下から撃っているのでは、ヒョウ型を狙えるタイミングは屋上から屋上へと飛び移る僅かな時間しかありません。それでは、埒が明かない。撃つなら、こちらも相手と同様に屋上にいなくては駄目です」


 俺のその言葉を受けて、警備部門の者達は困惑した様子で顔を見合わせた。


「しかし建物の上に上がってしまうと、徒歩で追うしかなくなります。人間の速さではとてもあの生物にはついていけませんし、相手のように建物の屋上から屋上へと飛び移ることもできません。それでは撃つどころか、引き離されてしまう一方なのでは……」


「そうですね。相手を後ろから追いかけようとすると、当然そうなります。ですから、先回りをして待ち構えておくのです」


 カウフマン研究統括部長の話では、ヒョウ型の最高時速は八十キロとのことだった。

 だが、これはあくまでも『最高』だ。そのスピードでずっと走り続けられるというわけではないだろう。しかも、今は真っ直ぐで平らな地面を走っているわけではなく、建物の屋上を走っては次の建物に飛び移るという移動の仕方をしている。飛び移って着地する度にいったん速度が鈍るから、加速し続けることはできない。

 タグの動きを見ても、車なら十分に先回りできる程度のスピードにおさまっている。


「あれが向かっている先は、センザンコウ型とかいう別の奴がいるところだという話ですよね? では、そのセンザンコウ型がいるところで待ち伏せるのですか?」


「いえ、群れで連携して狩りをする動物である以上、万が一合流されてしまうと厄介な事態になりかねません。もっと手前で仕留めたいところです」


「もっと手前と言いましても、相手が道を走っているわけではない以上、ルートはいくらでもあるのではありませんか?」


「そうでもないんです。確かに奴は道を走っていませんが、だからと言って移動経路が無制限というわけではありません。建物間の距離が離れすぎていて飛び移れないところは通れませんし、高低差がありすぎても無理です。少なくとも、低い所から高い所へ飛び上がる必要がある場所についてはそうでしょう。高い所から低い所へ飛び降りる分については、ある程度の差までなら、なんとかなるかもしれませんけどね。となれば、センザンコウ型のいるところまでたどり着くのに取り得る経路は限られてきます。せいぜい、この三つくらいでしょうね」


 俺は、指揮車のモニターに表示されたマップ上に、三つの経路を描いてみせた。その上で、一つの建物を指し示す。


「……そして、どのルートをたどるにしろ、必ずこの建物の屋上を経由します」


「では、うちの隊の全員をここへ集結させますか?」


 現場指揮官の言葉に、俺は目を閉じて少し考える。


「……いえ、隊を半分に分け、残り半分はこのまま後ろから追跡させましょう。もしかすると、途中で屋上から屋上へ飛び移るのをやめてどこかの建物内に入ろうとする可能性もあります。最初のビルから逃げ出した時みたいに、パイプを伝って屋上と窓を行き来すればそれも可能でしょう。しかしその場合、速度はどうしても鈍りますから、その時は追跡班にそこを狙って撃ってもらいます」


「了解しました」


 俺自身は、待ち伏せ組の方に入ることにした。

 ここまでは相手に裏をかかれてばかりだった。だが今度は、こちらが裏をかく番だ。

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