会話で時間稼ぎをしている間にミナ班長達の増援が来てくれないかと多少は期待していたのだが、どうもそううまくはいかなかったらしい。
走馬灯のように、思い出が脳裏を巡った。
あの人の――母さんの、最期の言葉が思い出される。
『あなたにはきっと、未来があるから』
悪い、母さん。どうも俺には、未来は無かったみたいだ。
センザンコウ型の鱗に覆われた腕が振り下ろされようとしたその刹那。
甲高いブレーキ音を立てて、車体が急停止した。
俺を叩き潰そうと腕を振り上げていたセンザンコウ型が、バランスを崩して尻餅をつく。
「進路上に障害物を検知したため、緊急自動停止いたしました」
車両内に電子音声のアナウンスが流れた。
「またこれ? 線路の上に障害物なんて普通ないはずだけど、いったいどうなってるの?」
センザンコウ型と同様に急ブレーキでバランスを崩したのだろうミキが、立ち上がりながら訝しげに言う。頭を押さえているところを見ると、倒れた拍子にどこかにぶつけたのかもしれない。
ミナ班長達が何かやってくれたのだろうか。しかし、メインコントロールルームの奪還に成功したのなら、障害物を線路上に置いたりなどしなくともライナーを強制停止させることができるはずだが。
「普通は無いのなら、そこの彼の仲間の仕業じゃないか? 迂闊に外に出ると撃たれるかもしれないから気をつけるよう、前方車両の者達に伝えておいた方が良さそうだ」
ヒョウ型の推測を聞いて、ミキはちらりとこちらを見た。
「このタイミングで仲間が来るとか、サピエンスのお兄さんは運が良いね。まあでも、お兄さんをまだ殺してなかったのは、私達にとっても運が良かったかも。お兄さんに人質になってもらえるからね。私がネアンデルターレンシスの子供のふりして人質役をするよりも顔見知りを使った方がきっと向こうも撃ちにくい――」
唐突に、強烈な衝撃が車両を襲った。
ミキが再びバランスを崩して倒れる。追い討ちをかけるように、車体全体が激しく揺さぶられた。そしてあろうことか、車体は轟音を立ててそのまま横倒しになってしまった。右の側壁が下側になり、床に倒れていた俺達は全員がそこへと転がり落ちる。
車体の回転はそこでもまだ止まらなかった。まるでライナー自体が蹴り転がされているかのように天井が、更に先ほどとは逆の側壁が下側になる。その度に俺達は、洗濯機の中の衣類のように転がされていった。前方の車両からも、フトゥロス達の悲鳴があがっている。
再び床が下側になったところで、車体の回転はようやく止まった。
だが、そこで全てが終わりというわけではなかった。
再度衝撃が襲ったかと思うと、天井が大きく凹む。上方からの衝撃はすさまじく、天井ばかりか、嫌な音をたてて車体全体をきしませた。
「なっ、なに、何なの、これ!? こんな無茶苦茶なやり方、普通する!? 自分達の仲間がいるって気づいてないの? それとも仲間がいようとお構いなしなの?」
ミキが喚く横で、転がってきたパックの体を抱えて天井を見上げながら、俺もまた訝しく思っていた。
これ、本当にミナ班長達の仕業か?
まず班長達なら、俺がここにいると気づかないなんてことは無いはずだ。俺自身の体にもS級特定危険古生物のタグは埋め込まれているのだから、所在はすぐ分かる。
では輪読会あたりが意見を変え、余計なことを知った俺をフトゥロスもろとも始末することにしたのだろうか。しかしそれにしては、やり方が雑だ。野性的というか、動物的だ。
動物的?
その言葉が呼び水となって、いくつかの情報が頭の中で線を結ぶ。
メインコントロールルームを占拠した敵の手で開放された危険古生物の飼育区画。そこから脱走したのがフトゥロスとリノティタンだけとは限らない。
そしてこのライナーの車体外壁には、俺がビルの屋上から狙撃したフトゥロス達の血飛沫が付着している。しかも今俺達がいるこの車両に至っては、内部に俺が撃ったフトゥロス四頭の死体が転がっているのだ。そこから立ち込める血の臭いは、銃弾により車体に穿たれた穴や割られた窓から漏れ出していることだろう。
つまりこのライナーはこれまで、濃厚な血の臭いを振りまきながら走っていたのだ。嗅覚の鋭い肉食動物であれば、その臭いを嗅ぎつけて線路内に侵入してきてもおかしくはない。
しかしリノティタンとの遭遇後に確認した時は、A+級のホモ・フトゥロス以外で脱走した危険古生物はC級以下だけだったはずだ。放っておいても大したことにはならないC級以下だけだったからこそ、何が脱走しているのかを最後まで聞かずに止めたのだ。
それとも、あの後でさらに何かが脱走したのか?
考えながら天井を見上げていた時、ふいに目の前の光景に既視感を覚えた。
前にも、こんな風に凹んだ天井を見たことが無かっただろうか。
そこで唐突に、それがいつのことなのかをはっきりと思い出す。
それとほぼ同時に、衝撃に耐えきれなくなった天井がメキメキと音をたてて裂けた。そして魚の開きでも作るかのように、車体が左右に開かれる。
そこには、青い空をバックにして巨大な影が立っていた。
ステーキナイフのような牙がずらりと並ぶ巨大な顎が車内に突っ込まれ、事態を飲み込めずにいるセンザンコウ型を軽々とくわえあげる。そしてそのまま、虎の十二倍を超える五万七千ニュートンの咬合力で装甲ごとばりばりと噛み砕いた。
「そういえば、こいつも登録上はC級になるのか……」
全長十二メートルの巨大肉食恐竜ティラノサウルス・レックスを見上げながら、俺は呆然と呟いた。
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