「だめだめー。ハルツキ君は弱いんだからさー、手加減とか出来る立場じゃないんだよ? そこんとこ分かってるー? 足とか狙っても当てられないんだから、ちゃんと胴を狙って撃たないと。そんなことじゃさー、せっかくあげたハンデの十分がすぐ終わっちゃうよ?」
痛みを堪えつつ立ち上がろうとする俺を見下ろしながら、ツツジは呆れた様子で頭を振った。
どういうつもりか、ハンデとして自分は十分の間銃を使わないと言い出したツツジだったが、その程度のハンデでは戦力差がまったく埋まっていなかった。
なにせ、こちらが万全の状態だったとしてもまず勝ち目の無い相手だというのに、今の俺は連戦に次ぐ連戦で満身創痍だ。中和剤を打ったとはいえ、ベルンシュタインに使われた麻酔剤の影響もまだ少しは残っている。
なにより、俺にはツツジを撃つ覚悟ができていなかった。
それどころか、人間を撃つ覚悟自体できているかも怪しい。ベルンシュタインに銃口を向けた時だって、結局は撃っていないのだ。ミキの時は引き金こそ引けたが、しっかりと見て狙えていたとは言い難い。そんな半端な狙い方では、ツツジにはまず通用しないだろう。
しかもあの二人とは違い、ツツジは多くの時間をともに過ごしてきた仲間なのだ。ここで止めなくてはいけないと思ってはいても、当たれば死ぬかもしれない実弾の込められた銃を向けると、それだけで腕が震えてしまう。それでもなんとか一発撃ってみたものの当然ながらまったく当たらず、逆にその隙を突いて距離を詰めてきたツツジに蹴り倒される始末だった。
俺と同じサピエンスである以上、ツツジはフトゥロスのヒョウ型のように素早く動けるわけではない。だがツツジは、こちらの予備動作を読み取って先手を打つ技術に長けている。
付き合いが長い分、俺の動作の癖などもよく把握しているのか、ツツジの読みはかなり正確だった。
ハンデとして与えられた十分が過ぎれば、ツツジもこちらを撃ってくる。向こうの銃はスタンバレットという話だからそれで俺が死ぬことはないが、勝負はその時点で決してしまう。
そしてその先に待つのは、サピエンスとネアンデルターレンシスが殺し合う未来だ。
何か……何か、ないのか。
ツツジには無くて、俺には有る何か。勝機は、そこにあるはずだ。
ツツジが苦手とするのは、人をまとめあげたり指示を出したりすることだ。なにせ、自分が作り上げた猛虎班の主導権すらイエナオさんに取られてしまったくらいなのだ。
だがそんな話は、一対一で戦っている今の俺達には関係無い。一対一なら、ツツジは無敵なのだ。
無敵……?
ふと、何かが頭の片隅に引っ掛かった。
無敵……本当にそうか? いや、違う。俺は知っているじゃないか。ツツジだって、場合によっては負けるのだということを。
そうだ。確かに今の俺には、ツツジには無いものがある。そしてきっと、勝機もそこにある。
だが、今の状態でこれに頼るのは駄目だ。ツツジの注意がこちらに向けられている時に使おうとすれば、それを読まれて先手を打たれかねない。
一瞬でも良い。誰かが、ツツジの注意を逸らしてくれれば……
「あーあ、せっかくあげた十分があと十秒になっちゃったよー? じゅーう、きゅーう、はーち……」
ツツジはカウントダウンしながら、銃口をこちらへと向けた。
このまま撃たれるくらいなら、イチかバチか今やってみるか?
「メガネ――」
「ハルツキ! それに……ツツジ!? お前らいったい何やってるんだ!?」
驚きで裏返った声が橋の上に響き渡る。そこには、部下二人が互いに銃を向け合っている光景を目の当たりにして驚愕に目を見開いているミナ班長の姿があった。
「ありゃー、ぐずぐずしてるうちに班長きちゃったかー。ごめんだけど班長にはここで――」
ツツジの注意が、班長の方へと逸れた。
チャンスは、今しかなかった。
「メガネウラ、コードF-Fを発動しろ!」
「うっわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
ツツジが悲鳴をあげ、銃を取り落とす。
そう、俺が唯一目撃したツツジの敗北は、カイセイがこれを使った時だ。
そして今の俺には、イエナオさんから渡された第ゼロ班仕様の端末がある。カイセイやベルンシュタインと同様、俺にもこれが使えるのだ。
経験するのが二回目ということもあり、ツツジの対処は早かった。不快な音を大音量で発し続ける自分の端末を頭からむしり取り、力任せに放り投げる。
しかしその時には、俺はツツジが取り落とした銃を拾い上げていた。こちらの銃に込められているのはスタンバレット。ならば俺でも、躊躇無くツツジを撃てる。
恐らく、チャンスはこの一度きり。これを外せば、丸腰のツツジが相手でも俺には勝てない。
当たってくれ!
引き金を引く。銃声が響いた。
「あっ……あれ……?」
ツツジは脇腹を左手で押さえ、二、三歩後ろへとよろめいた。そのまま橋の先端から落ちそうになり、慌てて空いた右手で鉄柵を掴む。
左手で押さえたあたりから服に血の染みがどんどん広がっていくのを見て、俺は呆然とした。
「えっ……お前、なんで……? スタンバレットなはずじゃ……」
ツツジはそんな俺の顔を見て、ゆるゆると頭を振った。
「あーあ、失敗したなー。あんなこと言うんじゃなかった」
そして、ふっと微笑む。
「ハルツキ君……私さ、ずっとこの島を出て行きたいって思ってたけど、でも……それでも、この島が嫌いってわけじゃないんだよ。だから……後のことは、よろしくね?」
ツツジの体がぐらりと傾き、バランスが崩れた。右手が滑り、鉄柵からずり落ちる。そして支えを失ったツツジの体は、俺と班長の見ている前で、途切れた橋の先端からそのまま海へと落ちていった。
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