新六甲島古生物ワールド

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人鳥暖炉
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追憶

公開日時: 2021年2月7日(日) 20:21
更新日時: 2021年2月7日(日) 23:57
文字数:3,518

 本土を目指し兄とともに橋上を駆けながら、ミキはこれまでの自分の人生を思い返していた。


 他のホモ・フトゥロス達とは違い、ミキは攻撃、防御、スピードのいずれにおいてもネアンデルターレンシスの子供と同程度の力しか有していない。しかし本物のネアンデルターレンシスの子供には無い能力を一つ持っていた。

 それは、自らの成長を遅延させる能力である。敵の社会に潜り込むまでは、相手の庇護欲をそそり油断を誘いやすい子供の姿を維持する。そしてその後は、普通の子供と同様に成長するのである。

 まさに潜入工作というミキの役割にうってつけの能力と言えた。


 その能力を使って、ミキは乳幼児の姿のまま数年間機会を待ち続けた。

 

 やがて、その機会が訪れる。理由は分からないが、一人のサピエンスがサイトBに忍び込み、自分達を逃がそうとしたのだ。

 旧空港島内から出すまいとするネアンデルターレンシス側の抵抗は激しかったが、他の者が囮となることで、ミキの母はミキを連れての脱出に成功した。

 当初からの計画通り、ネアンデルターレンシスとサピエンス達の社会にミキを紛れ込ませるためだ。


 脱出した先でネアンデルターレンシスの親子を殺し、子供の方の死体は処分してミキを替え玉に仕立て上げる。その計画は、全て想定していた通りに進んだ。

 母自身の死も含めて。


 何の因果か、『害獣に両親を殺された可哀想な孤児』という設定になったミキを引き取ったのは、実の母親を害獣として殺したまさにその男だった。

 当初ミキは、この男が自分の正体に気づいている、あるいはそこまでいかなくとも疑っているが故に、監視のため自分を引き取ったのだと思っていた。しかし時が経つにつれ、そうではないと理解するようになった。


 養父は愛情表現が得意なタイプでこそなかったが、それでも彼が家では娘を愛する良き父親であることはミキにも理解できた。

 誕生日にいっしょにケーキを作ったり、古生物ランドに連れて行ってもらったり――彼との間には、多くの思い出がある。

 もし自分達が同種であったなら、本当に良い親子になれたのかもしれない。


 だがミキは、養父が自分の本当の母親を殺したところを見ているのだ。

 

 そのことで養父を恨んでいるかといえば、それについてはそうでもない。母が殺されるところまでこちらの計画に含まれていた以上、本当の意味で母を死なせたのは、母自身やミキも含めた自分達全員だと思っていたからだ。


 しかしそれはそれとして、養父がたとえヒトであっても他種であれば容赦無く殺せる人間なのだという点については、強く意識せざるを得なかった。

 自分の姿がネアンデルターレンシスの子供と同じに見えたとしても、それは安心材料にはならない。ミキにしてみれば、ネアンデルターレンシスとサピエンスの姿の差異など微々たるものだったが、それでも養父は、有事の際にはサピエンス達を容赦無く殺すつもりでいる。そういう役目を背負った人間なのだ。

 

 ならばきっと彼は、もし自分の正体を知ったなら、それまで育ててきた養女であろうと躊躇うことなく殺すだろう。そう思うと、ミキの生活に安心できる場所は無かった。

 家族や友人との関係は全て偽りを基盤としたもので、バレたが最後、全てが終わる。だから誰といても、実際のところは常に孤独だった。


 本当の仲間がいるのは、サイトBの閉ざされた檻の向こう側だけだ。その囚われの生活から仲間達をどのようにして救うか。それが問題だった。


 実のところ、十年前に潜入を開始した時点では、檻の中に残された仲間達を逃がす役割までもがミキに課せられていたわけではなかった。

 ミキ達ホモ・フトゥロスは、単為生殖で仲間を増やすことができる。ミキのとりあえずの役割は、外の世界で活動できる仲間を増やすことだったのだ。


 しかし幸か不幸か、ミキの養父となった男はこの島の真実について他の人間よりも多くを知る立場にいた。また、恐らく外では情報漏洩に十分に気をつけていただろう彼も、自宅では気が緩むこともあった。


 そして、ミキは知る。


 自分達が外の世界だと思っていたこの島自体もまた、巨大な檻であるということ。

 ネアンデルターレンシス達が自分達フトゥロスを作ったその理由。

 そして、ミキ達を生み出した〝プランB〟は、遠からず破棄される予定になっているということを。


 そうなれば、檻の中に残された同族達の命は無い。


 ミキは焦った。

 ミキには自らの成長を遅らせる能力はあったが、逆に成長を早めることはできなかった。いくら単為生殖できるとはいっても、サイトBの外でネアンデルターレンシスに対抗するための群れを作り上げるには、自分が子供を産める年齢になるまで待つ必要がある。だが、最初からそんな時間の余裕は与えられていなかったのだ。


 やがてミキは、養父が反NInGen過激派へ多数の虚偽も含む情報を流し、彼らのテロを誘発しようとしていることを知った。

 これは利用できる。そう思った。


 ミキは養父が自宅に隠し持っていた不正端末の一つを使ってサイトBに侵入し、仲間達と接触して、このままでは自分達に未来は無いことを伝えた。仲間達はミキの言葉を信じ、迫り来る絶滅から逃れるための計画をともに立ててくれた。

 

 そしてようやく、この日が訪れたのだ。

 自分達が、閉ざされた未来を打破し、新たな未来を掴む記念すべき日が。


 三十人以上もいた仲間達は、今やミキ自身も含めて三人だけになってしまった。

 普賢を奪えなかった時点で、ある程度の犠牲が出ることは覚悟していたが、ここまで数を減らしてしまうとは予想していなかった。

 

 それでもこの島を脱け出すことさえできれば、いくらでも巻き返せる。

 広い本土では、森にでも逃げ込めばネアンデルターレンシス達にミキ達を追い詰めることなどできはしない。そうして逃げ隠れしながら時間を稼ぎ、その間に仲間を増やせば良い。

 そうすれば自分達は、望んだ未来を手に入れられる。

 

 だからあとは、本土まで逃げ切れるかが勝負だ。

 この橋を渡りきれば、自分達の勝ちだ。


 橋の先端が見えてきた。


「え……」


 ミキは呆然と目を見開き、その場にへなへなと崩れ落ちた。


「なに、これ……。どうして……?」


 橋の先端は、本土と繋がっていなかった。海の真ん中で、途切れていたのだ。


「ミキ!」


 兄の叫びと同時に、背後から銃声が響いた。

 どさりと音をたてて、兄の体が倒れる。その下に、血溜まりが広がっていった。


「お兄ちゃん!?」


 ミキは慌てて駆け寄る。


「ミキ……逃げるんだ」

 

 兄は血溜まりの中に倒れ伏したまま、そう呻いた。


 逃げる? どこへ? 何から?

 ……一人で?


 ざっ、ざっ、と足音が近づいてきた。

 自分達が元来た方向からだ。


 顔を上げ、そちらへと目を向ける。

 死に損ないの追手一人を始末してすぐ戻ってくるはずだった仲間の姿は、そこにはなかった。

 そしてその代わりに、凶悪な古生物がこちらへと向かってきていた。


 S級特定危険古生物 ホモ・サピエンス。

 前回の歴史において多くの生物種から未来を奪った悪魔のようなこの古生物が、今度は、ミキ達から未来を奪おうとしている。


 サピエンスの男とミキは、真正面から互いを見つめ合った。相手の顔に一瞬、感傷のようなものがよぎる。地下空間で最初にミキと出会い、翼竜を捕まえるために協力した時のことでも思い出したのかもしれない。

 しかしそれも一瞬のことだった。


「知らなかったんだろうけど、ここの橋は俺達サピエンスが本土に逃げるのを防ぐために本土側は旋回橋になってるんだよ。こっち側と繋がるのはライナーが通る時だけだ。ましてや、俺達をここに閉じ込めて島ごと沈めるためのシステムが発動してる時に渡れるようになってるわけないだろ。ここから本土に逃げようなんて、どのみち最初から無理だったんだよ」


 サピエンスの男は、感情を消した顔で淡々とそう告げる。男が手にしている銃は、真っ直ぐにミキへと向けられていて――そして、引き金が容赦無く引かれた。


 銃声が二発、橋上に響く。


「えっ……?」


 ミキは、何がなんだか分からなかった。二発響いた銃声のうち、眼前のサピエンスが手にしている銃から放たれたのは二発目の方だ。それより僅かに先んじて響いた一発目の銃声の直後、何か――恐らくは銃弾――が、サピエンスが手にしている銃をかすめて飛んでいった。そしてそれにより銃身はぶれ、ミキの体を貫くはずだった二発目の銃弾は大きく逸れて橋の床版に穴を穿った。


 何が起こったのか、ミキには考える暇も無かった。

 銃弾が逸れたのを理解した直後、既に死んだと思っていた兄が突如跳ね起きたのだ。そしてミキの体を抱え上げると、そのまま、橋の先端へと疾走した。


 背後で、銃声が再び響く。しかしその時には既に、ミキ達の体は海面に向けて落ちていくところだった。

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