「そーら、とってこい!」
少年はそう言いながら、手にしたボールを放り投げた。
白い肌と金髪の組み合わせが示す通り、彼はいわゆる〝島民〟の血筋ではない。ノルトライン・インテグレイテッド・ジェネティックテクノロジーズ社がその社名の由来となっている欧州ノルトライン地方から本社を移転させて来た際、ともに移ってきた者達の子供である。
彼らのような人間は、この島ではしばしば〝本国人〟と呼称される。
べつに新六甲島はノルトラインの植民地というわけではないのだから、そのような呼び方は本来であれば適切とは言えないだろう。しかし、治安やインフラの管理も含めた行政全般がNInGen社に委任され、そのNInGen社の上層部に島民はいないことから、いつの間にか島民達の間でそのような卑屈とも言える呼称が定着してしまったのだ。
もっとも、どのような呼び方をされたところで少年自身が生まれ育ったのはこの新六甲島であり、彼にとってはノルトラインではなくこの島こそが勝手知ったる故郷であった。
少年の放り投げたボールを、ほっそりとした足の短い獣が追いかけていく。
グスタフソニア・コーニタ。NInGen社がRRE法を用いて復活させた古生物の一種だ。
小さめのハクビシン、あるいは大きめのイタチのようにも見えるが、分類上で言えばそれらよりはまだタヌキの方に近い古生物である。肉食獣とはいえ体重2キログラム程度の小さな動物であるため、危険古生物には指定されておらず、ペットとして飼う者も多い。
この場には、もう一人の人間がいた。少年と同様に白い肌とブロンドの髪を持ち、年頃も同じく十代前半と思われる少女だ。
「ミキちゃんはもうこの子と遊ばなくていいの?」
ボールを取ってきたグスタフソニアの頭をわしゃわしゃと撫でながら少年はそう声をかけたが、ミキと呼ばれた少女はどこか疲れたような表情で首を左右に振った。
実のところ、グスタフソニアの飼い主は少年ではなくミキの方であった。仕事が忙しく、娘にあまり構えないことへの罪悪感故なのか何なのか、養父がこの小動物を彼女へと買い与えたのだ。
ミキにしてみれば、そんなことはまるで望んでいなかったのだが。
結局、グスタフソニアを気に入ったのはミキよりもむしろ隣家に住む少年で、彼はこの小動物目当てにしばしば彼女の家を訪ねるようになった。
養父は、それを喜んだ。彼は、自分の娘に友人らしい友人がいないことを気にかけていたからだ。
もっとも、少年がもしもいわゆる〝本国人〟でなく、〝島民〟の方であったなら、養父の反応はまったく違うものになっていただろうが。
養父を安心させておいて損なことは無いので、こうして少年と小動物につきあうことにしているミキだったが、内心では貴重な時間を浪費しているという思いが拭いきれなかった。
自分にはもっと他にやりたいこと、やるべきことが山のようにあるというのに――というのが、彼女の率直な思いであった。
最初のうちこそ少年といっしょにグスタフソニアと戯れていたミキだったが、すぐに飽きた。というよりは、楽しいふりをするのすら面倒くさくなってきた。そうして今は、疲れたふりをして座り込んでいる。
――私がこんなことをしていると知ったら、兄さん達はどう思うだろうか。
ミキは考える。
時間を無駄にしていると怒るだろうか。それとも逆に、長い目で見ればこういったことも必要だと言うのだろうか。
彼女のぼんやりとした視線の先で、ボールにじゃれついていたグスタフソニアが、唐突に顔を上げた。そして、一直線に走り出す。
ボールよりも、もっと興味が引かれるものを見つけたのだ。
グスタフソニアが向かう先にいたのは、プレーリードッグに似た、しかしそれよりはやや大きいウサギ大の動物だった。プレーリードッグそのものではない何よりの証拠として、その頭部には角が生えている。
ケラトガウルス・アネクドートゥス。
グスタフソニア同様、NInGen社が復活させ、ペットとして販売している古生物の一種である。植物食で体も小さいため、こちらも危険古生物の指定は受けていない。
古生物の中でも特に手軽に飼えるケラトガウルスはその分捨てる人も多く、新六甲島のあちこちに野生化した個体によるコロニーが点在している。グスタフソニアが追っていったケラトガウルスも、恐らくはそうしたうちの一匹だろう。
慌てたのは、グスタフソニアと遊んでいた少年である。
「あ、おい、どこに行くのさ!?」
慌てて声をかけるが、捕食者の本能に駆り立てられているグスタフソニアはその言葉に耳を傾けることなく行ってしまう。やむなく少年も、グスタフソニアの後を追って走り出した。
ミキは溜め息を一つ吐くと、尻についた砂を払って立ち上がった。
面倒なことになったが、まがりなりにも自分のペットである以上、他人任せにしておくわけにはいかない。まったく、どこまで手間をかけさせるのか。
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