案の定というべきか、子供が古生物に出くわした場所には既に子供と古生物いずれの姿もなく、当初の予定通り俺達は二チームに分かれて行動することとなった。
北東方向の地下通路をしばらく進み、逆方向へと行った班長達と十分に距離が開いたであろうと思われたところで、俺は口を開く。
「あのですね、イエナオさん。何がそんなに気に入らないのか知りませんが、無闇やたらとミナ班長につっかかるのはやめてくださいよ。間に入る俺の身にもなってください」
先輩だろうとなんだろうと、時には苦言を呈さなくてはならない。今の俺は一応、副班長でもあるのだし。
イエナオさんは、ふんと鼻を鳴らした。
「何が気に入らないのか知らないって? 俺からしてみりゃ、お前の方こそよくそんな台詞言えたもんだなって感じなんだがな」
「言ってる意味がよく分かりませんが」
「なんでお前が副班長なんだって話だよ」
「なんです? 班長だけじゃなく俺も気に入らないって言いたいんですか? 勤続年数が長い自分の方が先に副班長になるべきだと?」
さすがの俺もムッとして棘のある言い方をしてしまったが、それに対するイエナオさんの返答は予想外のものだった。
「そうじゃねーよ。お前が不真面目そうに見えて、実は俺なんかよりよほど真面目に古生物のことを勉強してるってこたぁ俺だってさすがに分かってる。なんだかんだで頭も回るしな。俺が言いたいのはな、むしろ何でお前が班長じゃないんだってことだよ」
「……」
「今日だって、班の方針を当然のようにお前が決めてたろ? 今日に限った話じゃねえ。だいたいいつもそうだ。古生物の知識も頭のキレもお前の方があの本国人より上だし、あいつに任せるよりお前に方針決めさせた方がよっぽどうまくいくからな。だったら、なんでお前じゃなくあの本国人が班長やってるんだ? 答えは一つしかないよな。親のコネだ」
「いや、確かにミナ班長は前社長の娘ですけど、そのコネで班長になったとは限らないでしょう」
「おいおい、お前、本気でそう思ってる? あいつにあの若さで班長になれるほどの飛び抜けた実力があるか?」
そう言われると、首肯しづらいのも事実だ。
そうは思いつつも、口では班長をかばってしまう。
「あの若さでとは言いますが、他の班の班長だってせいぜい三十歳くらいなんですから、そこまで飛び抜けて若いというわけではないでしょう。たかだか数歳差ですよ」
「他の班の班長が全員三十歳以下なのは、俺らと同じ島民なんだから当然だろ」
新六甲島でヒトウドンコ病の感染爆発が始まったのがちょうど三十年前だ。新生児のみが無症状病原体保有者となって命を拾い得るというヒトウドンコ病の性質上、三十年前の時点で一歳を過ぎていた島民は一人残らず死んでいるのだから、今の島民が全員三十歳以下なのは確かに当然と言えば当然である。
「それに、この仕事で数年分の経験差ってのはけっこうでけーと思うがな。そのくらい、お前だって本当は分かってんじゃねーか?」
「いや、でもですよ、危険古生物対策課の班長って、コネ使ってまでなりたいような立場でしょうか? 危険は多いし、実際、ミナ班長だって何度も危ない目に遭ってますよね。イエナオさんは、班長が本国人だから優遇されてるみたいに言いますけど、それを言うなら本国人の人達はだいたい研究部門みたいな安全な部署で働いてて、うちみたいな危ない仕事をやるとこではだいたい、平班員だけじゃなくて班長も島民がやってるじゃないですか。それこそ、さっきイエナオさんが自分でも言ったみたいに」
「あの女には、うちの課で班長をやりたがる理由があるんだよ」
「理由?」
「前に本国人の奴らが話してるのを立ち聞きしたんだけどよ、あいつ、昔可愛がってた古生物が逃げ出して、それを当時の危険古生物対策課に殺されたんだとさ。で、そういうのを減らすために、うちの課で、かつ現場で指示を出せる班長の立場になりたがったって話だ。第一班なのも、危険度が高い古生物を一番よく相手にするのがこの班だからだろうよ。危険度がたけーってことは、人間の側からすりゃ殺られる前に殺る必要性がたけーってことでもあるからな。そこでストップをかけられる立場ってのは、殺される古生物を減らすにゃうってつけだろ?」
「ははあ、そんな話は初めて聞きました。いい話……なんですかね? どんな理由であれ、下駄履かされて人の上に立つっていうのはあまり褒められた話じゃないという見方もできますが」
「いい話なわけあるかよ」
イエナオさんは吐き捨てるように言う。
「さっさと殺しちまった方がこっちにとっちゃ安全なのに、あいつの偽善のせいで部下の俺らは余計な危険を背負わされてんだぞ? 体張って自分のトラウマ癒やしたいってんなら、自分一人の体だけ張ってろって話だよ」
その意見も分からないではないのだが、俺自身もできれば相手の古生物を殺さずに済ませたいと思っているだけに、班長を否定はしづらい。
「あの女もしょせんは本国人だからな。どうせ俺ら島民のことなんて、同じ人間だとは思っちゃいねーんだよ。だから自分の巻き添えで危険にさらしても心が痛まねーのさ」
「それはさすがに偏見だと思いますけど。少なくとも俺は、島民であることを理由にミナ班長に見下された覚えは一度だって無いですよ」
度重なる遅刻を理由に怒られたり呆れられたりしたことは数知れずだが、それは俺が島民であることとは無関係だろう。
「おめでたい奴だな、お前は」
イエナオさんは、チッと舌打ちをした。
「あいつら皆、いくら表じゃ綺麗事言ってても、裏じゃ俺達のことを劣等人種だとか下等人種だとか呼んで蔑んでんのさ。……俺が育った家の奴らが、そうだったよ。上の連中の機嫌とるために仕方なく、猿を飼うようなものだと思って俺を引き取ったのさ。そんなことも知らず俺は、十年もあんな奴らのことを親だと信じてたんだからな。ったく、笑えるぜ」
十年というのが生まれてからの年月なのか、それとも物心ついてからのことを指すのかは不明だが、ともかくイエナオさんは十代前半にして育ての親が自分をそのように見ていることを知ったのだろう。多感な時期だ。本国人を憎むようになるのも無理はない。
しかしだからといって――
「だからといって、本国人皆が俺達島民のことをそんな風に思ってると考えるのは、それはそれで偏見でしょう。偏見に偏見で返すのは不毛ですよ」
自分で言っていて、これはそれこそ綺麗事すぎて心に響かない言葉だな、と思った。べつに心にも無いことを言っているわけではないのだけれど。
案の定、イエナオさんの反応は俺の言葉を鼻で笑うというものだった。そして口を開いた時に出てきた言葉はこうだった。
「ハルツキ、そういうお前を引き取った奴はどうだったんだよ。俺のとことは絶対に違うって、そう心の底から言えるか? 口先で聞こえの良いこと並べ立てる笑顔の裏に何も隠されちゃいなかったって、そう言い切れるのか?」
「俺の親は――」
『私達はね、最初から間違ってたんだよ』
かつて聞いた言葉が、頭蓋の内で響く。
『だからね、こうなるのはきっと、当然のことなんだ』
『せめて間違いを重ねなければ良かったのに』
『もっと早く諦めて受け入れていれば、間違いを重ねずに済んだのに』
そう言って無理に作った微笑み。
その裏には、何も隠されていなかったのか。
そんなわけがない。
あの人が何も隠していなかっただなんて、そんなわけないことは、俺は嫌というほどよく分かっている。あの人は隠し事が下手で、何かを隠しているのはそれこそ俺だって十代前半の頃には察していた。
何を隠しているのかは最後まで言わないまま、墓の下に持って行ってしまったけれど。
だから結局、俺はあの人が心の内で何を思っていたのか、よく分からないままだ。
けれどそれでも、言えることはある。
「俺の親は、良い人でしたよ。少なくとも俺は、自分が愛されて育ったと思っています」
そこだけは、否定させない。
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