新六甲島古生物ワールド

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人鳥暖炉
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特定危険古生物・コードネーム〝チャレンジャー〟-3

公開日時: 2020年12月16日(水) 00:21
文字数:4,121

「A⁉ ただのAじゃなくて⁉」


「そんな危険度、私、初めて聞きましたー」


「当然だ。該当するのがあの生物一種だけだからな」


「でもその生物は、実際には選ばれなかった進化の産物なんですよね? 生存競争においてそこまで強い生物なら、自然淘汰の結果としてその進化の経路こそが選抜され、その生物もしくはその子孫が現代に残っていそうなものですけど」


「あの生物自体の生存能力は非常に高いが、そこに至る途中段階の生物はそうでもないのだ。たとえばの話、進化前の段階で生存能力が2の生物と4の生物がいたとしようか。仮に2の方がもう一段階進化すれば8になり、4の方は5になるだけだとしても、そうなる前の時点で争えば2の方は負けて途絶えてしまい、8の生物は誕生すらしないだろう? まあそういうことだ。――さて、ここからはもっと実用的は話に入る」


 画面に三種類の動物が表示された。うち一種は、つい先ほど俺が見たのと同じものだ。他の二種類はそれよりも大柄だが、どちらも見たことが無い生物だった。


「君が見たものは、これで間違いないか?」


 三種類のうちの一つが画面いっぱいに拡大表示される。更に、全方向からの姿が確認できるようにするためか、それは画面内でくるくると回された。


「間違いありません、それです」


 初見ではヒョウやチーターのようだと思ったものの、こうしてじっくりと見ると実際はかなり違う。

 チーターのようなネコ科動物も狼などと比べれば鼻先は短いが、この動物の鼻先はそれよりも更に短く、顔が平面的である。

 また、手足をよく見ると、指の付け根あるいは掌の先あたりだけを地面につけて立っており、五本の指は全てヴェロキラプトルの足の第二指のように上に持ち上げられ、接地しないようになっている。そしてそれらの指の先には、小振りながらも鋭い鉤爪が備わっていた。恐らく、攻撃に使う爪が走る際に邪魔にならないよう、そのように持ち上げているのだろう。


「これはヒョウ型、あるいはスピード特化型と呼ばれるタイプで、その名の通り、動きの素早さが特徴だ。最高時速は七十から八十キロ。スピードだけならチーターよりは遅く、べつに史上最速の生物というわけではない。だが、こいつはジャンプ力にも優れ、加えて普段持ち上げている指は物をつかむのにも適しており、これを使って樹上でも自在に移動できる。つまり平面上だけでなく、立体的にも機敏に動き回れるということだ。体型としてはヒョウよりもチーターに近いが、この樹上活動を得意とする性質故にヒョウ型と呼ばれている。この素早さはかなり厄介だが、そのために体が軽量化されているせいで防御力の方はあまり高くない。通常の拳銃などでも十分に殺傷可能だ」


 そうは言うが、素早い上に立体的な動きをする相手となると、まず銃弾を当てること自体がかなり難しい。カウフマン研究統括部長は実戦経験が無いため、そのあたりの感覚がよく分かっていないのだろう。


「ヒョウ型の武器は鋭い牙と爪だ。一撃で仕留められそうな相手の場合はいきなり喉笛に噛みつくが、それが無理そうな場合は素早さを活かして爪で斬りつけては距離を取るというヒット・アンド・アウェイで戦うのが普通だな。鉤爪は鋭いが大きくはなく、軽量の身であるが故に膂力もそれほどではないから、防刃ベストを貫通するような攻撃はできない。しかし人間の喉笛くらいなら簡単に切り裂けることは認識しておいて欲しい。さて、次にこいつだが――」


 ヒョウ型にズームインしていた画面がズームアウトし、いったん三種類の動物全てが再度表示される。その後、今度は残り二体のうちの一体にズームインした。


 それは、ヒョウ型以上に奇妙な動物だった。大きさの比較のため横に人間が描かれているが、そこから判断するに体長は二メートル半から三メートルといったところだろうか。ヒョウ型はおおよそ一メートルくらいだったから、体長においてもヒョウ型の三倍近くはあるが、体重差はそれ以上だろう。なにしろ、ほっそりとしていたヒョウ型とは逆に、こちらは手足も胴体も太いずんぐりした体型をしている。全体としてはゴリラを太らせたようなフォルムで、ゴリラと同様に前足の拳を地面につけて四足で歩く〝ナックルウォーク〟をするようである。

 

 しかし何よりも奇妙なのは、その体表面だった。体型はどう見ても哺乳類なのに、龍のような大ぶりの鱗で覆われているのだ。鱗の色はヒョウ型の体毛と同じく金色である。


「こいつはセンザンコウ型と呼ばれている。別名、防御特化型。体の表面を覆っているものは一見すると鱗のようだが、爬虫類や魚類の鱗とは違い、体毛が固まったものだ。その防御力はすさまじく、通常のライフルでは銃弾を貫通させることができない。一方で走るスピードは遅く、強力な武器さえあればそれを命中させて倒すことは難しくない。軽量化による力の不足を牙や爪の鋭さで補っているヒョウ型とは逆に、このセンザンコウ型は鋭い牙も爪も持たず、力任せに殴りつけて攻撃してくる。可能であれば接近戦は避け、遠距離から対物ライフルで狙撃するのが良いだろう」


 画面がまたいったんズームアウトした後、最後の一種類にズームインする。


「そして最後の一つがこのクマ型、別名攻撃特化型だ」


 その生物は、体長で言えば二メートル弱、ヒョウ型とセンザンコウ型の中間くらいだった。体型もヒョウ型よりはがっしりしており、センザンコウ型よりは細身である。体表を覆っているのはセンザンコウ型のような鱗ではなく、ヒョウ型と同じような金色の毛で、全体としてはヒョウ型を大柄かつ筋肉質にしたといった風貌だった。

 ただし、四肢の指はヒョウ型と違って地面から持ち上げられてはおらず、その先についた鉤爪はヒョウ型のそれよりもかなり大きい。

 しかしなによりの特徴は、その頭部にあった。口が爬虫類のように大きく裂けており、そこから大きく鋭い牙がのぞいているのだ。口はそのような形態であるにも関わらず、顔自体は他の二種類と同様に平面的で目も正面を向いていることが、その姿をいっそう奇っ怪なものにしていた。


「このクマ型は、短距離であれば時速五十キロメートル程度のスピードで走ることができ、センザンコウ型並みの膂力とヒョウ型より攻撃力の高い爪と牙を持つ。その戦闘力は、単体でもショートフェイスベアに匹敵するほどだ」


「ちょっと待ってください。今、『単体でも』って言いましたよね? それはつまり、そいつは群れで狩りをする動物ということですか?」


「その前に、さっきまで言ってたA級っていうのは、結局この三種類の動物のうちのどれなのかを教えて欲しいんですけどー?」


「そういえば説明していなかったか。これら全てがA級だ。より正確に言うなら、この三タイプは全て一種類の動物だ」


 これらが全て一種類の動物? そんな馬鹿な。


「まさか、この三つが全部同じ生物だって言うんですか? 体格も体型も全然違うじゃないですか」


 たいていの哺乳類が持っている特徴――目が二つであるとか、手足が合計四本であるとか――を除くと、共通点らしい共通点も見当たらない。強いて言うなら、体色くらいだろうか。どの動物も体毛は金色で、皮膚が露出している部分は白色だ。しかし逆に言えば、それ程度の共通点しか見出せないということでもある。


「そもそも君達は、この生物種にA級という別格の危険度が指定されていることについて疑問を抱かなかったか? たとえばA級にはデイノスクスなんかも含まれるわけだが、今表示されている生物がデイノスクスよりも強そうに見えるだろうか」


「古生物の危険度は純粋に戦闘能力の高さだけで決められているわけではなく、性質とか移動能力とかその他諸々も考慮に入れられているわけですから、戦闘能力においてデイノスクスに劣る動物が総合的な評価ではより危険と判定されていてもべつにおかしくはないでしょう」


 カウフマン研究統括部長は、俺の返答に対してうなずいて見せた。


「その通りだ。そして問題は、どのような特性がこの動物をA級などというエクストラランクに押し上げたかだ。一言で言えば、それは遺伝子発現パターンにおける柔軟性の高さだ。これら三タイプの生物はいずれのタイプも全て同一の遺伝子を持っているが、母親の胎内で曝されたホルモン量や誕生直後の周囲の環境によって、どの遺伝子がどれくらい働くかのパターンに差が生じ、それにより全く違う体格や能力を持った個体に成長する」


「それはつまり……ミツバチとかシロアリみたいに、女王とか兵隊とかがいるってことですか?」


 ローヤルゼリーを与えられ続けたミツバチの幼虫が女王蜂となり、そうでないものは働き蜂となるように、周囲の環境によって役割や能力が異なる階級へと成長する生物のことなら俺だって知っている。その多くは昆虫だが、ハダカデバネズミやダマラランドデバネズミのように哺乳類でありながらそのような性質を持つものもわずかながら存在する。この生物もそれに当たるということなのか。


 しかしカウフマン研究統括部長は、首を左右に振った。


「似てはいるが、少し違う。ハチやシロアリの様な真社会性の生物では、戦闘を担う兵は繁殖能力を持たず、女王のみが次の世代を生む。しかしこの生物は全ての個体が兵であり、同時に繁殖能力も持つ。女王と兵がいるのではなく、弓兵や騎兵、歩兵といったように複数種の兵がいるのだと思ってくれれば良い。これらがそれぞれの適性に応じた役割を担い、獲物を狩ったり外敵と戦ったりする。基本的には、ヒョウ型が相手を追い立て、待ち構えていたクマ型が止めを刺す、そしてセンザンコウ型は巣の防衛に当たる、といったところだ」


「一頭だけでもA級のショートフェイスベア並み、そしてそれらが適性に応じた役割分担をして群れで襲ってくる……確かに悪夢のような生物ですね」


 これなら、A級に指定されるのももっともだ。

 俺はそう思ったのだが、現実というのはしばしば、悪い方に人間が想像できる範疇を超えてくる。俺にとっては、今がその時だった。

 次にカウフマン研究統括部長の口から出てきたのは、こんな言葉だったのだ。


「いや。残念ながら、本当に悪夢のようなのはここからだ」

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