北方、蛮族しかいないと言われる北の大地に何かが起ころうとしていた。
人間は誰も見ていない。
大地に水が広がり、そして凍り付く。
500年前から普通に有ったかのように湖はそこに存在していた。
西方神聖王国の外れ、山脈の近く。
近隣の猟師は目を疑う。
昨日まであんな処に何も無かった。
建築の常識を知らない猟師でも分かる。
一日で出来るはずの無い大きな建造物だ。
猟師の視界には巨大な塔が有った。
社会には時として狂乱の時代が訪れると言う。
政治、経済、学問、文化、娯楽、全ての分野に一斉に革新が起こる。
中世ルネッサンスや狂騒の20年代だ。
迷宮探索を続けていたこの世界は400年以上大きな変革は起きなかった。
人間が発見したダンジョンは『地下迷宮』『野獣の森』『不思議の島』の三つであった。
今そこに新たなダンジョンが加わった。
変革が起きようとしているのだ。
世界は大迷宮時代に突入した。
さてその引き金を引いた男ショウマは
「あー良かった。
急に放送されるんだもん。
ボスを倒した人間の名前まで発表されたらどうしようかと思った。
個人情報漏洩?」
もちろんそんな事には気付いていなかった。
「重要連絡、重要連絡 これより新ダンジョンが解放されます」
「ダンジョン『地下迷宮』にて特定ボス魔獣:“迷う霊魂”の敗北を確認しました。
特定ボス魔獣:“迷う霊魂”の敗北を確認しました。」
「これによって、ダンジョン『静寂の湖』『竜の塔』が解放されました」
「『地下迷宮』はこれより『地底大迷宮』と名称を変更し、7階より下への侵入が可能となります」
「なんだって」
最初に反応したのはガンテツだ。
カトレアはまだ意味がよく呑み込めない。
「地下迷宮で、ボス魔獣が敗北…
そう聞こえたな」
「地下迷宮ってここの事だろ。
6階が最下層だってウワサ本当だったんだ」
「いやでも今、7階より下に行けると言ってたぜ」
「だから、それは6階の“迷う霊魂”を倒したからじゃろ。
それまでは6階が一番下層だったんじゃよ」
「“迷う霊魂”を倒した…
誰が?」
黙っていたキョウゲツが口を開く。
「ガンテツ。拙者はお前より頭が悪いでござる」
「そ…そんな事はねーだろ」
「今の重要連絡とやら、
誰かが6階に行き、“迷う霊魂”という我らが知りもしない手強い魔獣を倒して見せた」
「そういう意味で合ってるでござるか?」
キョウゲツから殺気が迸っている。
ガンテツは一瞬迷う。
長い付き合いのガンテツだが、それでもキョウゲツは怒らせるとヤバい。
冗談が通用しない。
人間相手でも刃物を抜く。
そんな怖さが有るのだ。
どうする?
「そんな訳ねーだろ」と言ってゴマカスか?
イヤ、ダメだ。
ガンテツだって『花鳥風月』の副リーダーなのだ。
迷宮の事でウソは言えない。
後でもっと悪いことになって帰ってくる。
ウソとはそういうモノだ。
「合ってるぜ。
誰かは分からん。
俺らが5階を通り抜けられずにいる間に6階に行ったヤツがいるんだ」
そして大物を倒して見せた。
ガンテツは地下迷宮の実力者ならだいたい知ってるつもりだ。
魔術師を中心としたチーム、『暗き黄昏』。
重戦士ハンドレッドベアーをリーダーとした『誇り高き熊』。
やり手婆さんサラが仕切る大人数チーム、『名も無き兵団』。
狂戦士ブラッドサースティタイガーの『獣の住処』。
5階に到達してるのはその辺りだ。
いつの間にか出し抜いて6階に辿り着けるヤツがいるだろうか。
本命は『暗き黄昏』の魔法だ。
だがここ数年、5階で攻めあぐんでいたハズだ。
「5階ってどんな所なんですか?」
尋ねたのは従魔師コノハだ。
彼女は地下迷宮に来たばかり。
知らないのもムリは無い。
面倒見のいいカトレアが答える。
「コノハちゃん。
5階は溶岩地帯なんだ。
人が通れる場所も有るんだけど、
溶岩を避けて移動しなきゃならない。
調べ廻っても6階に降りられる場所が無いんだ」
「だが何処かにあったんだろうぜ。
6階に行ったヤツがいる」
「やはり魔法かな。
溶岩地帯を冷やして通る」
魔術師が口をはさむ。
「『暗き黄昏』は魔術師が複数いる。
交替で魔法を使用すれば出来なくはない
それで何か所かは通ってみたハズだよ」
「でも見つけられなかったんじゃろ」
「数うちゃ当たる。
何処かで当りを引き当てたんじゃないの」
そう、それが本命だ。
しかし。
「溶岩を冷やして通ったとしても、
莫大な魔力を消耗する。
そこから6階に行って“迷う霊魂”を倒す?
俺は信じられないな」
魔術師が結論を言う。
そうなのだ。
ガンテツもそう思う。
なら誰がどうやって…
「ククク」
笑っていた。
誰が?
「ククククク フハーハッハハハハー」
キョウゲツが。
「そうか。まだ先が有ったのだな」
「強さを求めて、
東方から強き敵を探して、迷宮に辿り着いて20年」
「これで終わりか、と思っていたが」
「クックック」
「我らが進めない先に進み、名も知らない強敵を倒した男がいるか」
「ガンテツよ」
「キョウゲツ、お前…」
「3階で日銭を稼ぐのはヤメだ。
我らは強くなるでござる。
そのための方法を。
強くなる最善策を考えるのだ」
キョウゲツの瞳は輝いていた。
冒険者組合の受付。
アヤメは仕事を片付ける。
早番は上がる時間だ。
後は遅番にまかせて帰る。
帰る時間なんだけど、アヤメはちょっとウロウロしてる。
今日はアイツ来なかったな。
ショウマ。
『毒消し』を手に入れてくると言ってたのに。
まあ昨日の今日だ。
『毒消し』はともかく顔も出さないつもりだろうか。
アイツの顔を拝んで文句の一つも言えば、心に秘めた不安が無くなりそうなのに。
アヤメが気づかないうちに他の受付が対応してしまったのかも。
アタシって運が悪い。
ひょこっと顔をだしたりしないかな。
「重要連絡、重要連絡 これより新ダンジョンが解放されます」
「ダンジョン『地下迷宮』にて特定ボス魔獣:“迷う霊魂”の敗北を確認しました。
特定ボス魔獣:“迷う霊魂”の敗北を確認しました。」
「これによって、ダンジョン『静寂の湖』『竜の塔』が解放されました」
「『地下迷宮』はこれより『地底大迷宮』と名称を変更し、7階より下への侵入が可能となります」
何これ何これ?
組合にいた冒険者たちが騒ぎ出す。
「何だ今の、冗談か?」
「ボス魔獣…なんだって?」
「“迷う霊魂”、レイスってヤツだよ。
聞いた事あるだろ」
「ありゃ物語だろ。霊魂なんかいるか。見たことないぞ」
「アンデッドがいるんだ。ガイコツが動いてるんだぜ。
霊魂がいたっておかしくねーだろ」
「そこじゃねーよ。
問題は新しいダンジョンが出来たとかいうトコだろ」
「そんな事言ってたか?」
「新しいダンジョンより、『地下迷宮』だよ。
『地底大迷宮』になるってよ。
これで6階より下に行けるってワケだ」
「何言ってんだ。
5階にも降りられてねーくせに」
「それより問題なのはボスが敗北したって事だろ」
「ボス魔獣:“迷う霊魂”を誰か倒したんだ」
「誰かって、誰が?」
大騒ぎだった。
アヤメはとにかく大変な事が起きた事だけは分かった。
「アヤメ」
キキョウ主任が奥から出てくる。
顔が青い。
「聞いたわね?」
「はい。
ボスが倒されて、新ダンジョンが出来たとか…」
「ちょっと今日残れる?」
「はい。大丈夫ですけど…」
「多分大変な事になる」
というか、もうなってる。
受付に冒険者が押し寄せてる。
「おいおい、ボス魔獣を倒したってのは誰だ?
組合なら分かんだろ」
「7階に降りられるって、どうやって降りるんだよ。
教えてくれよ。俺たちだって知る権利があるぜ」
「新しいダンジョンてどこに出来たんだ。
場所は? 規模は? ここより稼げるのか」
アヤメに訊かれたって知るワケないじゃない。
助けてという目でキキョウ主任を見る。
「私は組合議長に連絡取らないと。
それだけじゃないわ。
各地の組合にも報告が必要。
大変!
こうしちゃいられない」
キキョウさんが逃げた!
あれは逃亡!
間違いなく逃亡!
残されたアヤメは涙目だ。
荒くれた冒険者に囲まれている。
全員殺気立ってる。
アヤメは質問攻めだ。
チクショウ。
ショウマ。
アイツのせいで帰り損ねた。
あれもこれも全部アイツが悪い。
その通り、本当にアヤメの思うアイツのせいだった。
アヤメは自分のつぶやいた事が真実とは夢にも思っていない。
【次回予告】
迷宮に各国が目を向けている。『地下迷宮』のボスが倒されたのだ。
倒したのは何者だと噂になっている。驚いたことに西方神聖王国の王子でも帝国の皇子でも無いのだ。
だから普通の冒険者でもそんな事が出来るのかと話題になり、力の無い小国も俄かにダンジョンに注目しているのだ。迷宮都市に訪れる冒険者も急増している。
「もしかして、僕なんかすごい事した?」
次回、帝国情報部が姿を現す
(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)
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