「うーん。緑が多いのに、生命溢れるといった雰囲気が無いですねー」
みみっくちゃんが森を見ながら言う。
確かに木々の間は陽光も差し込まず暗い。
不気味な雰囲気が漂っている。
『野獣の森』からは魔獣が溢れてくるんだっけ?
じゃあ、横からいつ襲われてもおかしくないってコト?
「ハチ子、ハチ美 森から魔獣の気配って感じられるの?」
「王よ、迷宮を越えてまで感じる事は出来ない」
「迷宮を越えてまでは感じ取る事は出来ません」
そういうモノなんだー。
ショウマが歩いてるのは街道のような舗装された道では無い。
湖のほとりから森までの間の平らな場所。
地面が踏み固められており、人は通っているようだ。
横には森が広がっている。
木々が密集してはいるものの壁が有るわけではない。
ショウマから見るとその辺から強引に入っていけそうだ。
もちろん、木の枝が引っかかったりはするだろうが。
森に居る動物や魔獣だって同じだ。
通りやすいワケではないが、強引に出てくる事は出来るだろう。
「出入口は二ヶ所あります。
先ほどのベオグレイド付近の物と村の近くです。
それ以外のところから魔獣が出て来たって話は聞かないです」
コノハさんのセリフだ。
地元の人間が言うのならそうなんだろう。
見えない壁が有るってヤツ?
深く考えても意味無さそう。
とりあえず横から襲われないコトが分かればいーや。
「大きい湖だねっ。迷宮のより大きいかなっ」
「ケロ子お姉さま、これはアーリベ湖って呼ばれてる湖です。地下迷宮の湖は人口の物だと思いますが、これは昔からある湖です。街道沿いに広く続いてるので、この湖よりこっち側が帝国というように国境の合図みたいに言われることも有るようですよ」
「なんか少しブキミな雰囲気だねっ」
ケロ子まで言う。
森と湖の間の小道を歩いていく。
なんて言ったら、如何にもキレイな風景を思い浮かべるだろう。
絵ハガキになりそう。
だけどどうもそんなカンジがしない。
湖そのものは煌めいてるし、魚なんかも見える。
水面にうす暗い森が反射して暗く見えるのだ。
やはり森が暗いせいだな。
コノハとタマモが先導して、その後ろをケロ子とみみっくちゃん。
ショウマが続いて後ろをハチ子、ハチ美が警戒しながら歩いていく。
ショウマは考え出す。
向かっているのは『野獣の森』。
待望のケモ耳ケモ尻尾の従魔少女は居るのかな。
森の動物と言ったら何?
栗鼠、リス少女。
尻尾が大きい、モフモフしてそう。
猿、サル少女。
どんなんだろう?
昔のマンガ、サ〇ケみたいな
ボロっぽい服着て、木と木の間を飛び回る?
蛇、ヘビ少女。
うーん。
髪の毛がヘビで目を見たら石になる。
それはメドゥーサか。
いやでも、ヘビ女と言うと…
〇図かずお先生。
あのキャァーという恐怖の顔。
アレを先に思い出してしまうね。
お気楽な妄想に浸るショウマである。
一行は既に高速馬車を降りたところから1時間以上歩いてる。
案の定ショウマが音を上げた。
「コノハさん、今どのくらい?
そろそろゴール?」
「まだ半分も来てないです」
「ご主人様。タマモちゃんに乗せてもらえばいいじゃないですか。
モフモフー。快適ですよー」
そういうみみっくちゃんはタマモに乗っているのだ。
コノハがタマモに乗せてもらう事が有ると聞いて、みみっくちゃんもやりたがったのである。
コノハとみみっくちゃんが交互にタマモに乗って移動している。
うーん。
ショウマは“妖狐”タマモを見る。
体長が2Mは有るデカイ動物だ。
ケモノなのだ。
身体はコノハさんが洗ってるのかキレイだけど。
全身白い毛と茶色が入り混じってる。
身体の表面が茶色、内側が白い“妖狐”。
図体が大きいため、カワイイ感は少ない。
毛並みはフサフサしており、歩く姿はしなやかで優美だ。
でもなー。
歩いてる足元には爪が見えてるのだ。
鋭く、キラッと光る凶器である。
せり出した鼻筋、口は大きい。
ときどき口を開けると見えるのだ。
牙、犬歯。
歯が全部尖ってるのだ。
ギザギザ三角である。
狐って肉食だよね。
正確には狐は雑食だ。
でもショウマの認識も間違ってはいない。
よく狐と狸と言われる相棒。
狸はほとんど獲物を捕りはしない。
死んだ動物の肉などが有れば食べると言う。
後は虫くらいで木の実や野菜、人の食べ残しまで何でも食べる。
それに比べると狐は狩猟性が高い。
狩りをするのだ。
野鼠や兎、山鳥などをみごとに仕留める。
肉食性の強い雑食などと言われてるのだ。
「王よ、相手は魔獣です。
そんな魔獣に乗るくらいなら私が抱いてお運びします」
「姉様、ズルイです。王は私が抱いてお運びします」
ハチ子とハチ美だ。
ハチ子はまだ拘ってたみたい。
たまにはハチ子にも運んでもらうか。
この道なら障害物も少ない。
どこかにぶつけられる事もないだろう。
ハチ子とハチ美に交替で抱えてもらって移動するショウマである。
しかしここで問題が発生する。
ハチ子とハチ美はショウマを抱いて飛んだら遅かったのだ。
普通に歩くのより明らかに遅い。
今まで歩くのが難しい場所で飛んでもらってたからイマイチ分かってなかった。
ショウマを抱かずに一人で飛ぶ分には歩くより早い。
でもこれも若干程度だ。
ハチ子が全速力で飛ぶのも、ケロ子が全速力で走るのも変わらない。
むしろケロ子の方が少し早いみたい。
ケロ子の身体能力が高いせいも有るかも。
あの技を使えばハチ子の方が早そう。
足で走りながら、羽の力でさらに速度を上げる。
でもあれはイザという時の技だし、使うと疲れるだろう。
「うーむ。不甲斐ない。王よ、申し訳ない」
「王、申し訳ないのです」
「ハチ美、やはり鍛錬しよう。筋トレして戦闘してLVも上げるのだ」
「姉様。LV上げには賛成ですけど、それで何とかなる気がしないのですが…」
「別に急がないからいーよ。
夜までに村に着けばいいんじゃない」
ショウマはのんきだ。
しかし
ハチ美の毛が反応してる。
タマモが喉の奥で唸り声をあげる。
「王よ、魔獣の気配です」
「エリカ、頼みがある。
どうしても引き受けて欲しい」
「おじ様。キューピーおじ様の頼みなら断る訳にいきませんけど。
一体なんでしょう」
ここはベオグレイド。
エリカの自宅だ。
エリカはベオグレイドに自分の家を持っている。
この家もキューピーおじ様が用意してくれたもの。
エリカの家にキューピーおじ様が訪ねてきた。
エリカは急遽『野獣の森』から自宅へ引き返してきた。
「今『野獣の森』にショウマという冒険者の少年が来ている。
その冒険者から絶対目を離すんじゃない。
どこに行くのにも付いていってくれ」
キューピーおじ様が厳しい目をしている。
普段はニコニコと笑みを浮かべるおじ様だがたまに厳しい顔をする。
おじ様はルメイ商会の会長だ。
そんな時のおじ様にはエリカでも気軽に口が利けない。
「ハイ。分かりました。
ショウマという冒険者から離れません」
「ウム。どんな件より重要だと思ってくれ。
頼んだぞ、ミチザネ」
エリカがおじ様に気圧されて口を利けずにいたら、ミチザネが勝手に返事をしてる!
ミチザネはエリカの付き人、アシスタントだ。
エリカの冒険者チームのメンバーでもある。
「ハッ お任せください。
理由を聞いてもよろしいでしょうか?
なにかの役に立つかもしれません」
「まだ理由は言えない。
が、そうだな。
彼はルメイ商会にとっての重要人物だと思ってくれ。
危機が有ったら助けるんだ。
可能な限り恩を売れ」
「分かりました。
このミチザネにお任せを」
「ちょっと、ちょっとミチザネ!
おじさまはワタシに頼んでるのよ。
何であなたが任せられた風になってるのよ」
「エリカ様ではいつまで経っても話が進みませんから、
ミチザネが替わりに聞いておきました」
「よし。
要するにその小僧のガードもすればいいって事だな」
スッ。
いままで気配を隠してた人間が現れる。
小柄な体、目立たない灰色の布装束。
最初からエリカと一緒にいたのだが、気配を殺していたのだ。
周りの人間は気づいていなかった。
「そうだ。コザル」
またミチザネがエリカに先んじて答える。
「しかし、そのように気配を隠さず、
ミチザネ、コザル、エリカ様一行が助けたと分かるように助けるのだ。
相手に恩を売る事が重要なのだ」
「ムっ。
目立つようにか?
苦手分野だな…」
「うむ。ミチザネも目立つのは好まないが、これも仕事だ。
仕方ないと諦めろ」
「誰が目立つのが苦手よ!
いつもエリカを押しのけて前に出るくせに」
キューピーは三人を眺める。
エリカ、ミチザネ、コザル。
冒険者の三人だ。
ショウマに案内をつけましょうと言っていたのが彼らの事だ。
エリカはキューピーの姪に当たる。
キューピーの親族は商人になる人間が多い。
その中、一人冒険者になると言い出した変わり種だ。
親族はいい顔をしなかったがキューピーは後押しした。
冒険者や迷宮に詳しい人間がいてもいいだろうと思ったのだ。
こういう時に役立つとは。
後押しして置いて良かった。
そう思って来たのだが、本当に大丈夫か?
不安になってくるキューピーである。
ミチザネとコザルはエリカの補佐としてキューピーが付けた者達だ。
魔術師のミチザネ。
魔術師としてはそこまで高い能力では無いが、年齢の割に見識が広い。
秀才として有名だ。
一般常識に欠けるエリカの補佐として必要だ。
忍者のコザル。
キューピーも詳しくは知らない人物だ。
しかし斥候としての能力は高いらしい。
迷宮探索には必須だろう。
そして剣戦士のエリカ。
元々身体能力は高かった。
『野獣の森』探索に入ってその能力は伸びている。
まだ19歳の筈だが、すでにLV20に到達していると言う。
薄い鉄鎧に身を固め、剣を装備している。
どちらもキューピーが手を貸して入手した魔法武具だ。
「な、何ですか?
おじ様」
キューピーがじっとエリカを見る。
見定めるような視線で全身を眺めるのだ。
外見はまずまず美しいと言っていいだろう。
ウェーブのかかった長い髪。
均整の取れた身体。
しかし色気というモノが足りない。
一つにはアレだろう。
身体に凹凸が足りない。
露骨に言うと胸の膨らみが薄い。
あのショウマにくっついていた娘、ケロ子。
ああいうのが好みとすると…。
かなりメリハリの付いた体形であった。
正直エリカとは比べ物にならない。
しかし他3人はそこまで凹凸のある体つきでは無かったハズ。
エリカでもチャンスは有るだろう。
有ると思いたい。
「ミチザネ、ちょっと来い」
エリカに話が聞こえないほど距離を取ってキューピーは問いかける。
「ミチザネ、君はエリカとずっと一緒にいた筈だ。
彼女には、その…浮いた話は有るのかね?」
「浮いた話と言いますと?」
「いわゆる男女の惚れた腫れたというヤツだ」
「ああ、コイバナですか?
いやいや、ご冗談を、
エリカ様にそれほど似合わない話は有りません」
「フム、君はどうなんだ?
似たような年頃の男女がずっと一緒にいるんだ。
そういった気持ちにはならないのかね」
「それこそご冗談というモノです。
このミチザネ、それほど女性に飢えておりません。
剣を振り回す以外何の能も無い、
料理一つできない女子を娶る気はありません」
「オマエ…
主人の親族に対し、良く言えるな」
「これは失礼しました」
ミチザネは頭を下げるが、悪びれた様子は無い。
まあいい。
偽らざる気持ちなのだろう。
「よし。ならば先ほどのショウマという少年の話だ。
可能ならばエリカとくっつけてしまえ」
「はあ?
くっつけてというのはその…
エリカ様に惚れさせて、こちらが有利な立場に立つ。
そんなようなコトでしょうか?」
「イヤ、そんな難しい事が出来るとは思っていない。
男女の仲にしてしまえ。
極端に言えばハダカにして彼の部屋に放り込んでもかまわん」
さすがにミチザネがポカンとした顔をしている。
可愛がっている筈の姪を男に襲わせろと言ってるのだから当然だ。
あのショウマという少年。
あれだけ周りに女性を侍らせているのだ。
女好きではあるだろう。
女好きにもいろいろな男がいる。
女性の身体を手に入れれば極端に冷たくなる者。
ただの飾りでしかないと思っている者。
女性を意のままに扱う事に喜びを見出してる者。
あの少年は女性を大事に扱うタイプのようだ。
親密な仲になった女性の希望を無視は出来ないだろう。
そうなれば好都合だ。
気を取り直したらしいミチザネが頷く。
「分かりました。
それほどまでにその少年を手に入れる事が重要と言う事ですね」
さすが秀才と見込んだだけは有る。
それなりに重要性を理解したらしい。
「うむ。頼んだぞ。ミチザネ」
エリカは何かイヤな気分に襲われる。
キューピーおじ様とミチザネ。
エリカを置いてコソコソ話だ。
ミチザネがこっちに向ける視線。
あれはエリカをバカにしてる視線な気がする。
先ほどのキューピーおじ様の視線も普段の優しいおじ様にしては冷たかった。
何だろう。
何かイヤな予感がする。
この後ろくでもないコトが起こりそうな。
そんな気がするのだ。
ショウマを知ってる者なら言うだろう。
その通り。
逃げた方がいい。
ろくでもないコトになるよ、と。
【次回予告】
見張り役だったのだ。太鼓を叩いて、村には魔獣の接近を伝えた。見張り役は二人一組。近くにいた兄ちゃんはやられてしまった。村に行く“暴れ猪”を食い止めなきゃいけない。でも不可能だ。目の前の一頭を相手するのに精一杯。
「へー。『炎の玉』を使うネズミ。ヒカチューとか言うのかな?」
次回、ユキトは出会う。
(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)
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