「オレ、コノハを助けに行きたい。
行っていいか?ご主人」
もちろんいいに決まってる。
しかしどうしよう。
ハチ子達が男を追って行ったのは大分前だ。
今からじゃ追い付かない。
「オレ、キツネの姿になる。
そうすれば早い」
キツネになる?
『変身』
従魔少女タマモは『変身』と言っていた。
仮面〇イダーか。
少女の全身に毛が生える。
鼻が、口がせり出していくのだ。
金色の目の少女タマモはあっという間に大きいケモノの姿になった。
ショウマの目の前には大きいキツネ。
見慣れた“妖狐”タマモだ。
「クー、クォンッ」
「「乗ってくれ、ご主人」」
タマモの声。
目の前の狐の喉から出てるのじゃない。
狐の喉から出てるのは獣のコンと言う声。
でも「乗ってくれ」という言葉もショウマには伝わって来た。
「副音声?
オーディオコメンタリー」
たまにキャストじゃなくてスタッフさんだけのコメンタリーってあるよね。
何言ってんだか分からないヤツ。
アレ聞くと声優さんて偉大だなぁって思う。
どれだけ声優さんが分かり易く、聞きやすいように話してるのかがハッキリするよね。
いまする話じゃないか。
「クォーーン」
「「しっかり捕まってろよ」」
タマモに乗るショウマ。
“妖狐”はコノハの家の扉を蹴破って飛び出す。
道を走る。
家の外に居たミチザネとユキトが何か言ってる気がするけど気にしない。
後でね。
“妖狐”の身体に強く抱き着くショウマ。
今は狐の姿だけど、実態はケモ耳ケモ尻尾美少女に強く抱き着いてる。
そう思うとときめくモノがあるね。
しかし待てよ。
美少女姿と狐姿、どっちが実態なのか。
“妖狐”の方が本体で、美少女スタイルがショウマに見せてる仮の姿と言う事も…。
いやそんな可能性は考えない様にしよう。
今、僕は美少女に抱き着いてる。
それでいいのだ。
ハチ子は剣士と睨み合う。
ハチ子は剣士と睨み合いながらジリジリ距離を取る。
「ふーむ。
どうやら終わっちまったみたいだぜ」
剣士が言う。
何を言っている?
「アンタのお仲間たちだよ。
全員終わった」
ハチ子は周りを見てみれば。
ハチ美が倒れている。
コザルが刺されている。
エリカは手傷を負い動けないのか。
男の前で剣を取り落とした。
「クッ?!」
しまった。
この男一人にかまけ過ぎた。
剣士から目が離せなかった。
周りがどうなってるか気付けなかったのだ。
どうする?
ハチ子から一番距離が近いのはコザルとイタチ。
助けに行こうにもすでにコザルは刺されている。
槍に刺され動かない。
そこから少し先にハチ美が倒れている。
見えるようケガはしていない。
だが意識を失ってる。
その横にエリカ。
彼女と睨み合う盾を持った男。
男は紳士服の男を支えている。
さらにその先に地面に寝かされている、ケロ子とイチゴ。
エリカと合流して、盾を持った男を倒す?
ハチ美を助け起こしに行きたいが、すぐ戦力になる状態なのか?
気を取られているハチ子に男が突っかける。
槍を手にしたチンピラ冒険者。
ハチ子は振り向きもせず、聖槍を振るう。
「グガッ」
チンピラは腹を抑えて倒れた。
この程度の相手ならハチ子は目をやる必要などない。
頭の毛が教えてくれるのだ。
動きも距離も。
「そこまでにしておけ」
イタチがニヤニヤ笑いながら言う。
ハチ子から少し離れた場所へ移動している。
ハチ美のそばへ。
槍の刃先を向けている。
倒れているハチ美の顔へ。
「この卑怯者。
それでも戦う男か」
ハチ子は怒りを込めた声を上げる。
イタチは怯まない。
イヤな笑みを浮かべながら、刃先でハチ美の顔に触れる。
顔を撫でるように刃先を滑らせる。
ハチ美の顔から血が流れ出す。
頬から目尻にかけて。
「女、武器を捨てろ!。
タケゾウ、取り上げるんだ」
ハチ子に剣士が近付いてくる。
警戒するハチ子。
タケゾウと呼ばれた男はハチ子に肩をすくめて見せた。
するっと刀を鞘にしまう。
「どうもイヤな役回りだな。
美人のねえさん。
槍を渡してくれ」
ハチ子は躊躇う。
従いたくないのだ。
しかし抗えばハチ美が切られる。
「あの男はろくな奴じゃねぇ。
寝てる美女にマトモな男が刃物を向けるか」
イタチには聞こえないような声。
タケゾウがハチ子に小声で語り掛ける。
「ここは降参しとけよ。
生きてりゃ何処かでやり返す機会も来るってもんだ」
タケゾウはハチ子にしか聞こえない声で言った。
頭を左右に振ったタケゾウ。
内緒話はここまでと言うコトらしい。
周りにも聞こえる声で言う。
「さあ、美人のねえさん。
槍を渡しな、柄をこっちに向けてくれ」
「この槍はワタシしか触れない」
ハチ子も聞こえる声で応える。
「アア?
何だそりゃ」
「持ってみれば分かる。
痛みが来るぞ」
タケゾウが聖槍を取り上げようとする。
ハチ子は素直に柄の部分を差し出す。
「ウワッ!
ホントウだ。
ビリッと来やがる」
「おもしれえ槍だな。
何かの魔法かい?」
「ワタシも知らない。
だがこの槍を扱えるのはワタシだけなのだ」
面白そうに話すタケゾウ。
自慢するように答えるハチ子。
見ていたイタチはイラついたらしい。
怒り声で叫ぶ。
「ならば槍を捨てさせろ。
遠くへ放るんだ」
「って事らしいぜ。
ねえさん」
「仕方が無いな。
分かった。
槍を放るから、ハチ美から刃先を離せ」
イタチはまだ刃先をハチ美の顔に付きつけているのだ。
「フン。
いいだろう」
イタチとハチ子は距離があるのだ。
ハチ子が襲ってこようとしても。
ハチ美を取り返そうとしても。
イタチが対処できる距離。
「これでいいな。
その槍を捨てろ」
イタチは刃先をハチ美の顔から離して言う。
「むう。
ハチ美の顔から血が出ている。
可哀そうではないか。
ハチ美は顔がいい事くらいしかとりえが無いのだぞ」
「いいから武器を捨てろ」
「手当をしてやれ。
乙女の顔に傷が残ったらどうする」
紳士服の男と盾を持った男も近づいてくる。
「そうだな。
傷は残したくないぞ。
値打ちが下がる」
「確かに美人だな。
頬に傷があるのは可哀そうだぜ」
「チェレビー、手当てできないか?
薬師だろ」
「回復薬は飲み薬なんだよな。
塗って効く薬も有るんだが、持ってきてねえな」
「何とかならんのか」
「とりあえず、傷口を消毒しよう。
それで布で覆ってやれば治りも早い」
ハチ美に近付く二人だ。
イタチはしかめ面。
緊張感を崩しやがって。
「女に傷くらいいいじゃねぇか。
むしろもっと傷つけたくなって興奮するだろうが」
「キサマ。
本気でヘンタイなのだな」
「ああ。
聞いた事有る。
サディストってヤツだな」
ハチ子とタケゾウが言う。
「うるせえ」
「よしっ、消毒したぜ」
盾を持った男、チェレビーが言う。
「切り傷が残ってるではないか」
「だから傷はすぐには治らねえよ。
消毒はしたんだ。
時間が経てば自然と治る」
「ホントウか?
薬を使えばすぐ直るのではないのか」
「飲み薬なんだって。
ああ、そうか。
寝てはいるが口に含ませてみるか。
少しは効くかもな」
「待て、チェレビー。
お前、どうやって口に含ませる気だ」
「どうって、口移しだよ。
相手は寝てるんだ。
それしか無いだろ」
紳士服の男が言い出す。
「キサマ、治療行為にかこつけて。
この女に手出しするつもりだな」
「おいおい。
何言ってんだよ。
治せって言ったのはアンタだぜ」
「いや、怪しい。
さっきの消毒にしてもだ。
必要も無いのに女の体までベタベタ触っていたじゃないか」
「傷口をよく見るため体の向きを変えただけだろ。
傷口を見ずに消毒なんか出来るかい」
「だったら、回復薬を俺によこせ。
俺が口移しで飲ませる」
「何言ってんだ。
俺が飲ませた方がいい」
「関係あるか?
薬だろ」
「俺は薬師だ。
スキルがあんだよ。
薬効果上昇。
俺が飲ませた方が効くの」
どっちでもいいじゃねぇか。
イタチはため息をつく。
いかんな。
気を抜いては。
まだ槍を持った女戦士は武装解除していない。
「これでいいだろう。
タケゾウ、女に槍を捨てさせろ」
「あいよ」
タケゾウが応える。
「ねえさん。
そろそろ槍を放ってくれよ」
「分かった。
いたし方あるまい」
女戦士が槍を放り投げる。
近くの木の幹に投げつけた。
やっと終わったか。
イタチは少し緊張を解く。
待て。
何故、あの女は笑っている。
少し前は悔しげであった。
歯を噛みしめイタチを睨んでいた。
いい顔をしていた。
今はイタチの嫌いな顔。
希望を持っている目。
時間稼ぎ!
そうイタチが閃くのと同時。
走り込んでくる。
恐ろしい速さで男達に近付く、大きいケモノ。
狐。
“妖狐”?
タマモは死んだはず。
声が聞こえる。
『全てを閉ざす氷』
避けた。
イタチは避けて見せた。
ここに居たらマズイ。
本能が教える。
必死で走った。
先程までイタチのいた場所は凍っている。
凍り付いてる。
地面が、草が。
近くに居た紳士服の男と盾を持った男も喰らってる。
「なんだ、なんだ?
これは寒い、冷たい」
「こりゃ、魔法か」
全身までは凍り付かなかったらしい。
足元が凍り付いた男達は叫んでる。
「ショウマ王!」
女戦士が、ハチ子が歓声を上げる。
飛び込んできたのは“妖狐”タマモとその上に乗った白いローブの魔術師。
ショウマであった。
【次回予告】
何故なのか。イタチは助けに来たはずだった。ありがとう。イタチが助けてくれると思ってた。そう言われるはずだった。なのに。彼女の口から出た言葉は。バケモノ。
マジュウ。タスケテ。何故なんだ。
「俺は女を傷めつけ過ぎちまうんだ。そういうコトが許されるって聞いて来たぜ」
次回、イタチは女を買う。
(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)
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