さて翌日。
昼近くになって起きてきたショウマは意外とさっぱりとした顔をしてる。
二日酔いにはならなかったらしい。
ヤバイのはハチ子とハチ美だ。
起き出した時から顔色が悪かった。
馬車の揺れでさらに悪化したらしい。
二人してお互いにもたれかかっている。
彼等は昨日から馬車に乗ったままだ。
馬車は朝のうちに出発している。
馬車の停車中は寝ており、気づいたらまた馬車は動いていたのだ。
「王の護衛とか言ってたのはどうしたんですか。口だけですねー、ハチ子は」
みみっくちゃんは平気で葡萄酒をまた飲んでいる。
ケロ子は元気だ。
早くに寝てしまったのが良かったのかもしれない。
早朝から起き出し、馬車が発車する前に散歩までしている。
タマモとコノハと一緒に辺りを見て回った。
今は昼食を用意してる。
キューピーが持ち込んだ食事を温め直しているのだ。
揚げ物やお肉が多いな。
サラダを足そう。
みみっくちゃんに食べ物を出してもらおう。
実は冷蔵庫の食材や調味料、ほとんど持ってきてる。
置いて行ったら傷むし。
みみっくちゃんに頼んで呑み込んで貰った。
「仕方ないです。ケロ子お姉さまの頼みは断れないですよ。ご主人様の場合は全部言う事聞いてたらキリが無いですからね」
ショウマは馬車の小窓から表を眺める。
簡単な開閉式の窓。
木枠を外に押し上げるだけの造りだ。
昨日は森の間を切り開いた街道を走ってた。
ビュンビュン、周りの木が通り過ぎていった。
速すぎて見てるだけで気分が悪くなりそうだったのだ。
今日は開かれた場所を走っている。
表は平らな地面が続いてる。
砂漠とは言わないけど緑も少ない。
遠方に山やら森やらが見える。
帝国は南方とか言ってたな。
馬車も南に向かってるのかな。
キューピーが説明する。
「街道は東南へ向かってます。
大きな湖が有ってそこを迂回しているのですよ」
馬車は現在街道と言うよりは荒野の様なところを走っている。
「『野獣の森』はもう近いの?」
「今ちょうど半分と言ったところでしょうか」
フーン
迷宮都市から東南の方に行くと『野獣の森』で帝国。
後、西方神聖王国とかいうのがあるんだっけ。
西方と言うからには、西の方に有るんだろうな。
「『地底大迷宮』と『野獣の森』後何だっけ?」
「『不思議の島』ですよ、ご主人様。世界3大迷宮です。ここに『竜の塔』と『静寂の湖』が加わったんで、今後は5大迷宮と呼ばれそうですね」
「『不思議の島』ってのはどの辺に有るの?」
「西方神聖王国の先ですよー。この高速馬車は 迷宮都市から『野獣の森』に近いベオグレイドへ、さらに女神都市テイラーサへと進みます。女神都市からまた迷宮都市へ、その3点をぐるぐる運行してるです。
そいで『不思議の島』へ行くには女神都市から西方神聖王国の首都スクーピジェへ。スクーピジェからまた先に行くと海が有ります。海を船で渡った先に『不思議の島』が有るですよ」
「海!
そっか、島だもの。
当然海に有るんだ」
海を渡らないと行けないのか。
飛行機無いって事は船で行くしかないんだよね。
メンドクさそう。
「これはミミックチャン殿は博識ですな」
「いえいえー。朝ごはんの時にクレマチスさんに聞き込んだだけですよー」
みみっくちゃんは馬車の御者をしてる従魔師とも既に話したらしい。
意外とコミュ力の高い従魔少女だ。
主人とは大違いである。
ふーん。
『不思議の島』が王国の近く。
『野獣の森』が帝国の近くって事か。
『地下迷宮』は?
「迷宮都市は前に言った通り、人類共通のモノって事になってます。
あの辺り一帯はホウガン地方なんて呼ばれてますですよ。どこの国にも属さない自治区です。地方貴族のホウガン一族が支配してたです。そういう意味ではホウガン国と言えなくも無いです。でも中心にある最も大きい街が迷宮都市ですし、そこが議会制で動く自治区ですから、結果的にホウガンの領土という雰囲気は薄いですよ」
「自治領を巡って、王国と帝国が争ってたりしないの?」
「ここ百年以上大きな国同士の争いは無いですねー。水面下ではどうか分かりませんが、表立って抗争は無いです。帝国内で小国が争ったり、王国内での派閥争いは有るですよ。王国と帝国はパワーバランス取れてますし、王国と帝国の間にはどちらにも属さない自治領が多くあります。もしも今後バランスが崩れるとしたら母なる女神教団が引き金になりそうです」
「そうなの?」
「はい。女神教団は大きくなり過ぎました。王国と帝国の間どちらにも属さない自治領をまとめ上げてるのは女神教団です。教団だから国とは名乗ってませんが、事実上王国領と帝国領の間は教団のモノと言っていいでしょう」
へー。
王国と帝国、女神教団の三つ巴なのかな。
まー戦争が起きてないのはいいコトだよね。
とりあえず自分が戦争に巻き込まれる事は無さそう。
そんな風に思うショウマだ。
迷宮都市の冒険者組合。
アヤメは受付をしている。
ショウマは行ってしまった。
昨日、キキョウさんに言われたのだ。
「ショウマさん。今日『野獣の森』へ出るそうよ」
アヤメに挨拶も無し。
キキョウさんには挨拶に来たらしい。
チェッ。
どういう事だ。
そりゃキキョウさんの方が美人ですよ。
たまたまアヤメが休日の時ショウマが来ただけなのだ。
アヤメはそこまで考えられないくらい頭に血が上ってる。
さて今日は冒険者チームの順位発表の日。
その割にカトレアさんが静かだ。
「カトレアさん。
どうかしましたか?
元気無いですよ」
「アヤメ、いやどうもしてないんだけど。
実はチームの新入りが里帰りって言って抜けちまったんだ」
「?
冒険者を辞めたと言う事ですか」
「イヤ、用件を済ませたら戻ってくる
と言ってはいたんだが」
もう帰ってこないかもしれない。
そういう事かなとアヤメは思う。
冒険者志望の人間はけっこうな人数来る。
一カ月程度で半数は辞めていく。
迷宮に行ったきり帰ってこない者もいる。
いつの間にか顔を見せなくなる。
何処へ行ったか分からない、そんな者もいる。
危険の多い仕事だ。
里帰りと言ってはいるけど、もう迷宮都市には戻ってこない。
有りそうな話だ。
「あっ、順位発表出ましたよ。
カトレアさん」
「ああ、それじゃ見てくるかな」
カトレアさんは心なしか寂しそうだ。
応答も元気がない。
カトレアさんは行ったと思ったら、すぐ帰ってきた。
何か呆けたような顔をしている。
「『花鳥風月』はどうでした?」
「あ、ああ600番台に入ってた」
「おー、さすがですね」
『花鳥風月』は元から600~800番台辺り。
先週が特殊だっただけなのだ。
先週は地下迷宮に行っている冒険者なら全員成績が悪かったはずだ。
「ああのな、アヤメ。
ウチ目が悪くなったかも。
ちょっと見てくれないか」
「は?」
「頼むよ。アヤメ。
チーム順位の1位を確認してくれないか」
「1位、エンジュ様ですね」
「それが違うんだ…」
アヤメはカトレアさんに引っ張られて、順位発表の前に行く。
なんだかみんなザワザワしてる。
「おいおい、アレ!」
「イヤ嘘だろ」
「だいたい誰だよ。コイツラ」
「知らん。聞いた事もない」
なんなんだろう。
順位発表を見てみる。
1位 天翔ける馬
2位 母なる海の女神教団
3位 西方神聖王国迷宮冒険者部隊
????????????????
だいたい毎週の順位って決まってる。
1位は母なる海の女神教団
2位は西方神聖王国迷宮冒険者部隊
3位はバルトロマイ
1位は教団の名前がそのまま、冒険者チームの名前になってる。
聖女エンジュ様をリーダーに、教団戦士が多数参加している。
不動の1位だ。
おそらくは数千人、もしかしたら数万の規模と言われるチーム。
大陸最大の教団と言われる母なる海の女神教団。
大組織の力がエンジュ様を頂点に集中しているのだ。
2位は西方神聖王国迷宮冒険者部隊
説明は要らないだろう。
分かり易い名前だ。
リーダーはレオン。
西方神聖王国の第一王子だ。
女神教団との違いは組織が一点集中しているわけでは無いところだ。
西方王国には第一王子以外にもいくつもの冒険者部隊が有り、それぞれの名前を名乗っている。
最大規模なのが第一王子をリーダーとしたグループだ。
規模は三千人~五千人と言われてる。
3位はバルトロマイ。
リーダーはバルトロマイ皇子。
帝国の皇子の一人。
帝国は皇子が多くて、アヤメは彼が第何皇子なのか知らない。
リーダーの名前がそのままチーム名になっている。
珍しくは無い。
チーム名を申告しなければ、自動的にリーダーの名前がチーム名になる。
だけど、国や組織がバックアップしてる冒険者チームなら普通はその組織の名前が入る。
女神教団や、神聖王国のように。
自国の力を宣伝するためにやってるようなものだから、当たり前だ。
そういう意味では、バルトロマイは若干異質だ。
帝国は他国に情報を出したがらない。
その姿勢が影響しているのかもしれない。
規模は良く分からない。
でも王国と同じで一つのチームに集中はしてない。
帝国は内部に小国や独立性の高い自治領を幾つも抱えてる。
その小国からもチームは登録されてる。
2位と3位は週によっては入れ替わる。
しかしそれ以外のチームが3位以内に入ってくることは滅多にない。
規模が違うのだ。
数千人規模のグループはそうそういない。
さて以上の情報を踏まえて、もう一度順位発表を見てみよう。
1位 天翔ける馬
2位 母なる海の女神教団
3位 西方神聖王国迷宮冒険者部隊
見間違いじゃなかった。
「何だ。この1位、天翔ける馬って」
「天翔ける馬っていやペガサス、伝説の翼がある馬だろ」
「誰が言葉の意味を聞いたよ!」
「1位に聞いた事も無いチームが入ってるって言ってんだよ」
「誰か知らないのか」
「いや、聞いた事ないぞ」
「ミスかなんかじゃないのか」
「おーい。アヤメ、これ合ってんのか?」
周りの冒険者はザワザワしてる。
顔見知りの冒険者に尋ねられてしまった。
発表を張り出してる近くにいたアヤメに質問が来る。
「アハハ。
いやですね。
アヤメは知らないですよ。
キキョウさんに聞いてみます」
ピューっとその場を逃げる。
「キキョウさん!
あれあれ」
「アヤメ、見たのね。
1位、天翔ける馬。聞いた事の無いチームだわ。
私も驚いてるの。
これから情報を『冒険者の鏡』で調べてみるわ」
いや。
アヤメは知ってる。
知ってるのだ。
だって、そのチーム名を登録したのは自分だ。
ペガサスと言われた。
だから天駆ける馬と入力したのだ。
見てたアイツは駆けるじゃなくて翔けるにしたいと言い出した。
「なっ。アヤメ、おかしいだろ」
「カトレアさん。
『冒険者の鏡』にミスは無いです。
聞いた事の無いチームが1位と言うのは確かに驚きですが」
カトレアさんとキキョウ主任が話してる。
言ってしまおう。
別に内緒とは言われてない。
だいたいアイツは長旅に出かけると言うのにアイサツにも来なかった。
「知ってます、『天翔ける馬』。
アイツの…、
ショウマのチーム名です」
「ええっ」
「ええええええ」
「ええええええええええええええっ」
「ええええええええええええええええええええええええええええっ」
【次回予告】
迷宮都市近くの村
名前は無い。敢えて言うなら『迷宮都市近く』それが名前だ。バス停で『〇〇駅』と『〇〇駅前』が有るようなモノ?
カトレアは16歳の時、村を出て冒険者になった。成人にならないと冒険者組合に加入できない。加入しないと迷宮に入れない。そんな話をカトレアはユリにしていた。
それを盗み聞いたショウマである。
「でもショウマも子供の頃から冒険者になるって言ってたんだ。あんなヤツでもそれなりの考えは有ったんだろ。」
次回、カトレアは歩く。
(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)
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