洞窟の奥から現れたのは、この辺りでは見慣れない長い黒髪を後頭部で結った少女だった。身体にはこれまたケイルには見慣れない衣装――着物を纏っており、腰には、細長で緩く湾曲している剣――刀を差している。
「蛇は無理ぃぃぃぃ!!」
その可愛らしい顔は泣き顔になっており、暢気にスライムを茹でているケイルへと迫る。
「っ!? 君も逃げろおおお!!」
少女の背後には、少女を丸呑み出来そうなほどの大蛇が迫っていた。
「ん? ケイブバイパーか。そうだ、あれも喰えないかな?」
ケイルは茹でているスライムのコアを鍋から取り出すと、まだ沸騰しているスライムの身体を迫る大蛇――ケイブバイパーへとぶっかけた。
「シュギャアアアアア!!」
顔が酸によって焼け、悶えうつケイブバイパー。
「うそ……」
絶句する少女をよそにケイルは腰に差していた鉈を抜くと、ケイブバイパーへと無造作に近付き、鉈を一閃。酸で顔周辺の鱗が溶けたおかげで、あっさりと首を刎ねることができた。
「結構な大物だな。まさかこのレベルの奴がまだいたとは……とりあえず捌くか」
ケイルは手慣れた手付きで鉈を使い、鱗を皮ごと剥いでいく。
「あのお」
「ケイブバイパーも肉は魔力で汚染されているから食えないとされていたが……どれ、試してみよう。何かスキルが手に入るかもしれないな」
「ええっと」
「とりあえず素直に焼くか。これだけの量は流石に全部喰えないから残りは干し肉にして」
「話を聞かんか!!」
「ん?」
少女にスパーンと頭をはたかれて、ケイルはようやくその存在に気付いた。少女は柳眉を逆立て、黒曜石のような大きな目を釣り上げてケイルを見つめていた。
「おお、まだいたのか。俺はそこのベロス村のケイル、料理人だ。君は?」
「私は流浪の天才美少女剣士……“竜閃”のスズカだ!」
少女――スズカが小さな胸を反らし、腰に手を当て、当然知っているだろうとばかりにそうケイルに名乗った。
「ふーん……スズカちゃんね。この辺りの出身じゃないよね?」
「初対面でいきなりちゃん付けとは何事だ!! 君は距離の詰め方が下手くそか!?」
怒るスズカを気にせずケイルはケイブバイパーの解体を進めていく。
「いや、君も相当変だと思うよ。あ、そこの骨、ちょっと硬いし斬ってくれる?」
「ふ、私の前に斬れぬ物などほぼない……じゃなくて!」
と言いつつもスズカは腰の刀を抜いて一閃。ケイブバイパーの太い背骨が綺麗に切断された。
「……凄いな。見事な一閃」
ケイルは素直にその剣閃を褒めた。
「ふふーん。なんせ私は皇桜国の剣士の最上位である侍であるからな」
「侍か……聞いたことあるな。確か遙か東にある国の剣士だったな」
「そうだ。まあ故あって故郷を離れてこうして武者修行していたのだが……よくわからん洞窟に迷い込んで気付いたらこいつに襲われた」
スズカがゲシゲシとケイブバイパーの肉を蹴った。
「それ、食べるから蹴るな」
「はあ? 食べる? 魔物だぞこいつは」
虫を見るような目でケイルを見つめるスズカ。ケイルはそういう視線に晒されるのは慣れていた。幼い頃からそんなもの食べられるわけがないという奇異の目で見られ続けてもなお、めげずに食べ続けてきた男だ。
「だから食べるんだよ」
「狂っておるのか君」
「そういうスキルなんだよ」
「ふん……スキルね。くだらん」
スキルという言葉を聞いた途端にふてくされたような態度になったスズカを見て、ケイルは少し思案するもまあどうでもいいかとばかりに解体を終わらせた。
「さてと、焼くか」
「ま、待て! スキルか何か知らんが魔物の肉を食ったら死ぬぞ!」
「だから死なないんだってば」
ケイルはスズカの制止も無視して、持ってきた香辛料と塩を揉み込んだケイブバイパーの肉を串にさして炎で炙っていく。ケイルはちらりと視線をスズカに投げて、ついでに持ってきた干し肉も炙る。
香辛料と、肉の焼ける良い匂いが洞窟に充満する。ついでにその辺りにいたスライムも茹でておく。
「スライムも……食うのか?」
「美味いぞ? 甘くて酸っぱい感じだ。ただ、スズカちゃんは食べたら死ぬかもね」
「死ななくても食わんわ。というかちゃん付けはやめい」
「美味しいんだけどな……じゃあスズカでいいか?」
「構わんぞ。何ならスズカ様でもいいぞ」
「それはよしとくよ」
抗議の声を上げるスズカだが、ケイルは真剣な目でケイブバイパーの肉の焼け具合を見ていた。肉から油がしたたり落ち、火が爆ぜる。見た目だけで言えば細長い鶏肉で、匂いも悪くない。
その時、盛大にお腹が鳴る音が響いた。
「……だ、誰かおるぞ!」
顔を真っ赤にしたスズカが辺りをわざとらしく警戒する。
「君だろ。これは食えないだろうから……ほれ」
ケイルは、干し肉を炙った物をスズカへと差し出した。
「これは?」
「鶏肉だよ。魔物じゃない」
「そうか。良いのか?」
「本当ならちょっとした料理でも作ってやりたいところだが、調理器具全部一回洗わないといけないから今は無理だ。んー、魔物専用の調理器具も持たないとな」
「では、ありがたく頂戴するとしよう――いただきます」
スズカは手を合わせてそう言うと、干し肉にかぶりついた。ケイルもケイブバイパーの肉にかぶりつく。全く癖のない淡泊なその味は、鶏肉でいうとササミの部位とよく似ていた。
「ササミに近い……だが旨味が……段違いだっ!!」
蛇肉自体は何度も食べた事があるケイルだったが、このケイブバイパーの肉はそこらの蛇肉とは比較にならないほどの旨味が含まれていた。噛むたびにじゅわりと肉汁が溢れ、僅かな油分と混じって何とも言えない味わいが口の中に広がっていく。塩と香辛料も良いアクセントになっている。
「……同じ蛇でも魔物になるとこれほど美味くなるのか……魔物グルメの深淵を覗いてしまった気がする」
「君は何を言っているんだ……?」
呆れるスズカを尻目にケイルがそのあまりの美味さに感動していると、またあの声が脳内で響いたのだった。
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【悪食LV2】の効果によって、スキル【毒】を入手。
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