その洞窟は、ジメジメとしており、そこら中にコケが生えている。
ケイルは滑って転ばないように慎重に進む。
この【スライム空洞】は名前の通りスライムと呼ばれる魔物が巣くう洞窟だ。スライムは子供でも簡単に倒せるので、“スライム潰し”はベロス村の子供達の定番の遊びである。
勿論、ケイルはスライム潰しをする為に来たわけではない。
「ふふふ……昔から喰えるんじゃないあかなって思ってたんだよな……スライム」
ケイルは目を輝かせて、コケを食んでいる無色透明のゼリー状の物を鍋で掬った。
鍋の中で波打っているそれはスライムそのものであり、中には卵ほどの大きさの黄色のコアがあった。このコアを潰せばスライムは死ぬのだが、今日はあえてそのままにして火に掛けてみる。
ケイルはいつもの調理セットから、フレイムメタルで造ったマッチを取り出しそれで野外用の魔力コンロを着火させる。
青い魔力の炎が揺れ、そこへスライムの入った鍋を置いた。
「とりあえず熱を入れれば、喰えるだろ」
ケイルは様々な食材を試しては腹を下したりし幻覚を見たりと散々な目に合って来たが、一つだけ決して手を出していない食材があった。
それは――魔物。野生の動植物とは全く違う存在であり、魔神ミシュラの落とし子と言われている。様々な種類の魔物がおり、一見すると野生動物と似たような見た目をしているものもいるが、魔力に汚染されている為その肉は食えない。
どんなに飢えても魔物を食べるという発想自体が生まれないほどに、魔物を喰らう事は禁忌とされていた。そういう意味で、ケイルは少し逸脱した存在ではあった。
ケイルがウキウキしながら鍋の中の様子をうかがう。
スライムの粘液の水分によってボコボコと沸騰し、中のコアが黄色から赤色へと変わっていく。まるでエビやカニを茹でた時と似たような変化だ。
辺りに酸っぱい匂いが漂う。スライムはその酸性の粘液でコケを溶かして摂取しているので、やはりこうして沸騰させると酢のような匂いが出るのだろう。どうも熱を加えると酸性が強まる性質のようだ。
むせるような匂いに思わずケイルはバンダナで鼻と口を覆った。
しばらく沸騰させていると、ついにスライムの身体は全て蒸発し、残ったのは赤くなったコアだけだ。
「……まずはシンプルに茹でただけだが……まあ百聞は一食にしかず――エルメに祈りを」
ケイルは普段、神殿での祈りはサボるのだが、食事をする際には必ず女神エルメに祈った。それが彼なりの信仰なのだろう。
ケイルは木製のスプーンでコアを取り出して、まずはその表面を観察する。卵の殻のような感じで、匂いは微かに酸っぱいが、まあ食べられないほどではない。
ケイルはそれを恐る恐る口の中へと運んだ。
食欲や美食に命を賭けるケイルであっても、やはり実際に魔物を食べるとなると緊張した。
ケイルは卵ほどの大きさのコアに歯を立てると、それはあっさりと割れた。中からとろりとした液体が出てくる。
「……っ!! 甘い? いや酸味もある、殻の食感が良いな」
中から出てきたのは少し甘みのある果汁のような液体だ。柑橘系の酸味の中に蜂蜜のような味わいが残っている。そして割れたコアの表面の殻はまるで砂糖菓子のように甘く、サクサクとした食感を足していた。
デザート作りも得意なケイルだったが、ただ茹でただけなのにこれほどまでに完成度の高い物になるとは予想外だった。それはまるで一流の菓子職人が王侯貴族の為に作り上げた逸品の如き、上品さと気品さが溢れる味わいだ。
「美味い……美味いぞスライム!!」
ケイルは思わず叫んでしまった。これまで味わった事のない美味に出会えた喜びに身体が震えた。
「よし、もっと試してみよう!!」
ケイルは周囲のスライムをまとめて数匹鍋に入れると火に掛けた。
「ふふふ……さて、今度はあの粘液を少し残して一緒に……」
ケイルはその後、10匹近くのスライムを茹でたり、煮込んだりと色々と試した。
「……結果として最初のやり方が一番シンプルに美味いな……【茹でスライムコア】はデザートか口直しに良いな。レシピに入れよう」
ケイルが片付けつつレシピ集に色々と書き込んでいく。
その時、頭の中に例の声が響いた。
***
【悪食】の成長条件を満たした為、スキルレベルが上昇。
【悪食LV2】の効果によって、スキル【酸】を入手。
***
「レベルが上がった上に、スキルを入手?」
スキルは成人した際に神から授けられる物だが、その時は一つしか与えられない。そしてそれ以降にスキルを入手する手段はないとされた。その代わりにスキルは成長し、進化するという。
おそらく、食用に適さない食材――スライムを沢山食べた事によって成長条件を満たしたのだろうか?
ケイルは疑問に思ったので、スキルの詳細を調べてみる。
***
スキル【悪食】
LV1:食用に適さない食材を食べられるようになる
LV2:新しい食材を食した際、初回のみ報酬を得られる。報酬は食材の種類、危険度、稀少度によって変動する
スキル【酸】(NEW)
LV1:弱い酸を生み出せる
***
「なるほど……食用に適さない食材――つまりはまあ魔物とかそういうのだ、を食べた時、初回のみ何かしらの報酬が貰えると」
スライムは初めて食べたので、その報酬としてスキルを得たという事なんだろうか。
「……まあスキルはどうでもいいか。ふむしかし酸を生み出せるとなると、食材に酸味を足すとか出来るのか?」
なんてケイルが新しい調理法を考えながら再びスライムを沸騰させていると、洞窟の奥から少女の叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃああああああああ!! 助けてくれええええええええ!!」
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