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迷子の句読点
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【第十二話】新生せよ

公開日時: 2024年5月29日(水) 17:00
文字数:855

 生まれて初めて、本気で泣いた。

 晴れて第一志望の大学に合格した私は、無事に高校も卒業し、今日、ひとり暮らしをすることになった学生マンションに引っ越す。

 笑顔の伯父さんと、涙目の伯母さん、号泣する友達。平日の真昼、人の少ない駅のホームで、ひとりずつ握手を交わす。


「帰りたくなったら、いつでも帰っておいで」

「ハタチの誕生日は絶対帰ってんばぞ。ビールで乾杯ばせんといかんけん!」

「カナエー……元気にしとってね。ぜっったい遊びに行くけんね」


 短い間だったのに、濃い日々だった。充実した時間はあっという間に過ぎていく。これは本当だったんだな。今になって思い知った。家を巣立ち、遠い地にひとりで暮らすからと言って、永遠の別れになるわけではない。夏季休暇に入れば帰ってくるし、年末年始だってもちろん帰るつもりだ。

 なのにどうだ。目から止めどなく流れる涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして、いっときの別れに悲しみを覚えている。実家を飛び出したとき、泣くどころか笑っていた私が……。


 やがて、発車の時刻を知らせる放送が流れた。いま一度、みんなの方を向き、嗚咽を押し殺して笑顔になる。伯父さんも伯母さんも友達も、ニッと笑って手を振ってくれた。ドアが閉まり、新幹線は動き出した。がらんとした車内。席に座る。流れ行く景色。楽しかった思い出、かけがえのない日々。忘れることは決してない。充分過ぎるほどの幸せを味わった。これからの学生生活も、非常に楽しみだ。


 残るは、罰のみ。


 自然と涙は止んでいた。確かな覚悟を胸に、流れゆく景色を見つめる。かつて人をいじめたという罪を、私は未だに背負ったままだ。償わければ。どんな罰だって受け切ってみせる。散々、非道を働いたのだ。これから、地獄のような苦痛を味わうかもしれない。それでいい。そうでなきゃダメなんだ。私は、地獄を見るべきなんだ。すべての罪を償って初めて、西岡カナエは新生する。


 カナエ。しっかりするのよ。あなたは強いんだから。

 

 そう自分に言い聞かせる。伯父さん、伯母さん。私、生まれ変わって帰ってくるからね。

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