お父さん! お母さん! テストで学年1位になりました! 期待に応えて見せました!
……だからどうした? お前は出来損ないだろう。私に構うな。
……お父さん…………?
あんな頭の悪い高校で1位を取ったくらいで満足するなんて、本当に出来損ないね。産むんじゃなかったわ……。
…….お母さん…………?
なんで……どうして……。
お父さんとお母さんのために1位を取ったのに……。どうして褒めてくれないの? なんで頭を撫でてくれないの? 私はこの家族に要らないの?
私の人生は誰のものだ……?
******
その日は、クラスに転入生が来る日だった。登校すると、黒板に大きな文字で「川村京子」と書かれていた。
私が教室に入るや否や、女子生徒たちの間に緊張が走るのが分かった。私を恐れているのだ。いつ自分がいじめられるかわからない恐怖におびえている。ただ一人、早田を除いての話ではあるが、それでもいい気味だ。やはり、私の居場所はここにある。
やがて先生が姿を見せ、うるさい奴らを黙らせた。転入生についての話をしている。席の近い仲間が話しかけてきた。転入生をどうするかと聞かれたから、私はクスッと笑ってこう答えてやった。
「気に入らなかったらいじめてやるわ」
私の笑みにつられて、仲間たちもクスクスと笑いだした。この言葉は、単にこれから現れる転入生のみに向けて言ったのではない。わざと周りに聞こえるように言ったのは、女子全員もこの言葉の例外ではないという、いわゆる警告のために言ったのだ。何よりも、早田に意識を向けて言ってやった。お前は何やら退屈そうに廊下を眺めているようだが、今の言葉が耳に入らなかった訳ではあるまい。唯一この私に従わない、勇敢なその姿勢をこれ以上膨張させないために言ったのだ。
だが、これはもちろん問題発言だろう。普通なら、こんなことを言う生徒を先生は黙って見過ごすはずがない。しかし、この担任が有名国立大への合格も期待される私を怒鳴るわけがない。この担任は成績のいい奴にとことん甘く、逆に悪い奴には冷たく接していた。なんでも成績や順位で決めつける癖があるようだ。そんな奴は教師失格であるが、私の場合は助かった。大いにやりやすい。
加えて、このクラスの男子は普段は格好つける癖に、いざとなったら糞の役にも立たない腰抜けしかいない。そう、私のとってこの教室は理想的な環境なのだ。
そんなことを思っていると、やがて転入生が教室に通された。ポニーテールに眼鏡、どこかみすぼらしい着こなし。徹底的に地味であることにこだわったのかと問いたくなるほど、そいつは地味であった。
そんな転入生、川村京子はなんとも覇気のない、気弱な歩みで室内に入ってきた。やがて川村は教壇に立つと、ぺこりとお辞儀をして、名乗りだした。なんとも頼りない声だ。わずかに俯いて、誰とも顔を合わせない。なんだか不気味な奴だ。
カモだ。そう思った途端、笑いが出た。つられて仲間も笑った。
「カナエ、あいつ絶対弱いじゃん」
「うん、奴隷にしてやりましょう」
小声で仲間と会話していると、川村は先生の案内で席に座るように指示された。川村は私の席に近づいてくる。私の右前の空席が川村の席であることは猿でもわかる。不運な奴だ。これから、このクラスで、この学年で誰が一番偉いかを教えてやる……。
その時だった。
席に着く直前、一瞬だけ川村と目が合った。その目を見て、私は思わず絶句した。ゾワリと、蛇が首に巻きつくかのような感覚に襲われる。すぐに互いの視線が逸れ、川村は着席した。
なんだ、今の……。
鞄から教材を取り出す川村の背中を見ながら、冷や汗が頬を流れた。たった今、私は確かに恐怖したのだ。得体の知れない何かが、私の背中を摩るような気味の悪さ。あの目から感じた、凄まじい悪寒は……。
今思い出してもおぞましい。あの時、川村の目は死んでいた。
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