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迷子の句読点
迷子の句読点

【第三話】ただ見てるだけ

公開日時: 2024年5月20日(月) 01:33
文字数:2,053

 やはり川村は静かであった。進んで人と話す性格ではない。加えて、頼まれごとが断れない様子だ。無理でも請け負う。そんな性格だから、毎日のように西岡にこき使われる。

 最初のうちは、昼休みになると食堂にパンを買いに行かされていた。西岡の川村に対する扱いは日を経るうちに酷くなった。自分の分の板書を書きとらせたり、掃除番を押し付けたりと、徐々に雑用の様相を呈してきている。

 これだけ酷い扱いなのだ。先生に言いつけくらいするだろうと思っていたが、どうも西岡はそうはさせまいと川村に脅しの注意を囁いているようだ。どうりで川村が何も訴えない。加えて西岡は頭もいいから、悪知恵を駆使して先生に見つからないように川村を奴隷扱いした。

 これだけならまだ良かったのかもしれない。ある日を境に、川村は遂に西岡から本格的ないじめを受けるようになった。理由もなんて事はない。嫉妬によるものだ。

 何の嫉妬かというと、学業成績だ。というのも、川村は本をよく読んだ。少しの休憩時間にも読書だ。その様子をちらりと覗いたことがあるが、字が読めなかった。何の本なのかと気にしていたら、ひとりの男子が川村に何を読んでいるのかと聞いた。ちょうどいい機会なので盗み聞きしてやると、英語の本を読んでいるという気弱な声が聞こえた。

 なるほど、どうりで読めないわけだ。ほかにもよくわからない外国の人の思想だとか、経済だとかの本を読んでいた気がする。それを見ていたものだから、私は偏見で川村は頭もきっといいのだろうと決めつけていたが、どうやら真実のようだった。

 転入して初めての定期テストで全教科平均94点だとか褒められていた。クラス中は、それは大いにどよめいた。川村の圧倒的な成績は瞬く間に学年中、果ては学校中に広まり、本校創立以来の天才出現とまで囁かれた。

 しかし、それは同時に、西岡のいわれのない嫉妬を買うことになったのだ。西岡もテストの成績は常に上位だった。それこそ、川村が転入してくるまでは、クラス及び学年のトップは西岡だった。あの有名な国立大学への進学さえ期待される、我が校のエース的存在として注目を浴びていたのだ。私からしたら雲の上の存在。それが西岡だ。

 そんな西岡が奴隷にしていた奴が、自分よりもいい成績を取ったことが、西岡のプライドを傷つけたのだろうか。だとするなら、意外と西岡はメンタルが脆いのかもしれない。ちなみに、今回のテストで私は赤点を2教科頂戴した。本校創立以来の赤点王は私だ。

 放課後、西岡が川村を呼びつけているのが目に入った。どうせ暇だ。それになんだか放っておけないから、隠れて尾行した。人目のつかない場所に連行された川村の周りを、西岡と数人の子分が囲んだ。私は見つからないように、物陰に隠れて様子を伺った。川村はコンクリートの壁に背中が付くほど詰め寄られた。私なら、もうこの時点で拳が出ている。

 川村はただ怯えているだけのようだ。私は心中で情けないと苛立った。西岡は川村の胸ぐらを掴むと、何か言っている。あいにく、距離が遠くてよく聞こえない。大方、雑用の分際で調子に乗るなと吐き捨てているのだろう。暴言の次に、西岡は川村の通学用鞄を取り上げ、地面に放り投げた。川村は泣きながらバックを取りに行こうとしたが、西岡の子分に腕を掴まれて身動きが取れない様子だ。その間に、西岡は川村の鞄を何度も蹴り飛ばした。終いには満点の解答用紙を鞄から取り出すと、感情の赴くままに破り捨ててしまった。なんと身勝手な。胸糞悪い。

 しかし、私に何かができるわけでもない。そもそも、こういう事態に陥った原因は少なからず川村にもある。嫌なことはきっぱり嫌と言えばよかったのだ。舐められるような弱気な態度を見せなければよかったのだ。川村はそれができなかった。侵略を許し、戦いもせず蹂躙された。ただそれだけのことだ。結果、今こうしていじめられている。


 私にはどうすることもできない。先生に言いつけることもできないことはないが、報復も考えられる。西岡は見てのとおり非常に嫉妬深く、陰湿だ。仮に、先生にいじめのことを密告すれば、川村はさらに酷い仕打ちに合うことは目に見えている。

 西岡とその子分たちは満足いったのか、笑いながらその場を去っていった。ひとり残された川村は、よろよろと鞄を拾うと、痛ましい様子で帰路についた。可哀想に。


 飛び出して西岡を殴り飛ばしてやりたかったが、停学処分は御免だ。いじめの証拠を集めて密告する能はない。残念だが、やはり私には何もできないようだ。これで私もひとりの傍観者、いじめの共犯者だ。

 自己保身のために西岡のいじめから川村を助けないお前は非道だって? 別になんと言われようが私の知ったことではないが、ならお前はどうなんだ? 停学、最悪の場合退学を覚悟して西岡を殴るのか? 怪我を理由に訴えられたら? お前は勝てるのか? 証拠を集めて密告しようとしたら、ストーカー行為だと騒がれて返り討ちに合う可能性だってあるのだ。綺麗ごとで解決するほど、この世はうまくできちゃいないのさ。

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