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迷子の句読点
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【第四話】腹が立つ

公開日時: 2024年5月20日(月) 01:33
文字数:2,093

 見るに堪えない。やはり定期テストの一件から、川村は西岡から酷いいじめを受けるようになってしまった。

 最初の方こそ、人目につかぬよう、こそこそと隠れるようにいじめていたようだ。しかし、やがて隠蔽が面倒になったのか、皆の前で堂々といじめるようになった。

 それは残酷のひと言。一昨日は机の上に花を生けた花瓶が置かれていた。川村が涙目になって花瓶を片付けているところを、西岡とその子分たちが嘲笑う。教科書やノートを隠されて、忘れ物扱いにされていたこともある。読書用の本を取り上げられて、校舎の2階から落とされたり、机にチョークで死ねと書かれたりしていた。

 毎日のように落書きされた机を、川村は悲しそうに拭いていた。トイレに連れ込まれて暴力も受けていたはずだ。休み時間、川村は必ず苦痛の表情で教室に戻ってくる。西岡のいじめが止まる気配は毛ほどもない。それもそうだろう。止める者がいないのだ。私を含め、クラスは皆、いじめを見て見ぬふり。傍観だ。川村を助ければ、きっと自分に報復が来るに違いない。そんな恐怖心が目に見える。


 それは男女関係なしに、人間として感じる恐怖なのだろう。しかし、やはり男子には少々失望した。普段は女子の気を引こうとしてか変に気取っているところを見かけるが、こういう時に限って露ほども役立たない。男勝りな私が言えた義理ではないが、肝の座った奴はこの教室にはひとりもいないようだ。そして、そのことを正直に伝えたとたん、反論してくるのも容易に想像できる。男ってのは、じつが伴わない奴ほどプライドだけは一丁前に高い。ここで意気地いくじなしと言えば「いや、俺は別に、どうでもいいし」とか「俺には関係ないし。本気出すところじゃないし」とかほざく。言い訳ほど簡単に作れるモノはない。

 しかしまぁ、先生には男子生徒以上に失望した。男の担任なのだが、どう見てもいじめだと理解できることが起きている最中でさえ、まるで何も見ていないかのように着席の指示を出す。こいつの目は節穴か? 単にアホなのか? 本当に教育者なのか? 甚だ疑問である。

 普通、川村であろうが誰であるうが、机の上に花瓶が置かれていたら、それは嫌がらせであるかもしれないと推測できるだろう。なのに、このクズ担任は見て見ぬふりを繰り返す。それどころか、ふざけたことをするなと、なぜか川村を叱りつける。

 なるほど、このクラスは腐ってやがる。もちろん、私もそのひとりだが。誰も止めようとしないから、西岡も調子に乗ったのだろう。さらに酷いいじめをするようになった。

 ある日を境に、いじめを見るたびに私の中で何かが動くようになった。蒸し蒸しとして、じっとりとした嫌な熱さを感じる。苛立ちにも似た感情。クズ教師にひと言物申したい。傍観し続ける自分やクラスメイトを怒鳴ってやりたい。川村をいじめる西岡を殴り飛ばしてやりたい。

 いや、それ以上に私の苛立ちを増幅させるものがある。それは、川村がやり返さないことだ。これほど一方的ないじめを受けておきながら、何故やり返さない。舐められたら終わりだというのに。何故じっと耐え続ける。耐えても良い事なんてひとつもない。自分が破滅する前に……殺される前に殺せ。その思いが大半を占める。

 今日もノートを破かれていたが、何故その場でやり返さない。私なら問答無用で西岡の顔面に拳を放つ。戦わなければ負けるだけだ。

 それとも、西岡と同じ土俵に立たぬよう、敢えてやり返さないのか。いや、それはない。もしそうなら、いちいち泣きはしない。どんなに酷いことをされても平然と笑って受け流す度量があるはずだ。川村にそんな貫禄は見えない。そんな川村に苛立つばかりだが、ひとつ感心なことがある。


 あれだけのいじめを受けておきながら、川村はただの一度も学校を欠席しなかった。それどころか、遅刻もしない。私はいつも始業のチャイムが鳴り響く中で校門をくぐる問題児だから、詳しくは知らない。なんでも、川村は毎日このクラスで必ず一番に登校してくるのだという。

 このことを知ってから、少しだけ川村を見る目が変わった。どうやら、ただ気が弱いだけではないようだ。言葉に表すには難しいが、川村には確たる信念があるに違いない。なかなか屈し切らない川村に、西岡も苛立っていることだろう。そう、まさにそうなのだ。どうやら、西岡は川村を不登校に追いやることが目的だったようだ。恐らく成績上位を奪還するためだろう。なんとも卑劣だが、川村が学校に来なければ、必然、成績のトップに西岡が返り咲く。それが狙いだというのに、川村は毎日遅刻もせずに登校してくるものだから、西岡にとってこれほど厄介な話はないだろう。それが火に油を注ぎ、西岡の頭に血を上らせたようだ。

 ある日の放課後、西岡は鬼の形相で川村を呼び出した。多分、今までで一番ひどい仕打ちをするに違いない。それは川村も察知しているはずだ。馬鹿の私でも分かるのだから。私は連れていかれる川村の後をこっそり追った。今日こそ川村の堪忍袋の緒が切れて、暴れるはずだ。そして西岡とその子分を叩きのめすはずだ。いや、そうしなきゃどうかしてる。私は期待を胸に尾行した。

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