Where Are You

迷子の句読点
迷子の句読点

【第十話】伯父さんと伯母さん

公開日時: 2024年5月27日(月) 17:00
文字数:2,411

「おおカナエ! えらい大きくなって! あがん小さこまかったとになぁ……」


「よう来たねカナエちゃん! 遠かったろ? さぁ上がって上がって! 2階上がって右に息子が使っとった部屋があるけん、自由に使ってあげてね!」


 伯父と伯母は、心優しい人だった。伯父は警察官だ。気さくな人で、よく笑う。伯母は中学校で体育を教える先生。この人も、明るくてポジティブな性格だ。冷徹な私の両親とは、まさに対角に位置する人柄。現在、すでに就職し、上京しているひとり息子を持つふたりは、私を実の娘のように可愛がってくれた。ずっと息子と過ごしてきたものだから、女の子が家にいると思うと、なんだか新鮮で嬉しいらしい。地元のお土産を渡すと、大喜びしてくれた。


 編入先の高校も、皆優しい人たちで溢れかえっていた。私の過去を詮索しようとする者は誰ひとりおらず、みんな裏表のない笑顔で歓迎してくれた。

 編入して1週間が経つ頃には、仲のいい友達もできた。かつて、私の威を借りていた子分たちなんかとは、まるで違う。本物の友達。休み時間に楽しくお喋りしたり、放課後に流行りのカフェに行ったり、休日にはみんなで人気のアイドルグループのライブに行ったり。考えられるか? つい最近まで、あんなに陰鬱として、死人のように日々を塗り潰していた落ちこぼれが……。


 それは、ある日のことだった。その日は私の誕生日だったのだが、何人もの友達が大きなケーキとプレゼントを持って家に来てくれたのだ。


「……え? みんな、急にどうしたの?」


「カナエー! 18歳の誕生日、おめでとー!」

「いえーい!!」

「おめでとーう!」


 何も知らされていなかった私は、それはそれは驚いた。これが世に言う、サプライズというやつか。


「はい、これ。カナエがずぅっと欲しいって言っとったやつ! これでどこにでも行けるね!」


 玄関で手渡されたプレゼントは、ずっと欲しかったスニーカーだった。


「ありがとう……バリうれしい」


 伯父と伯母もサプライズに来た友達を大いに歓迎し、私の誕生日は盛大なパーティーとなった。


「すごい……。これ、私のために?」


「ずっと前に注文しとったんよ! すごかろ?」


 ダイニングテーブルに大きなケーキ箱が置かれ、箱の中から煌びやかなチョコレートケーキが姿を現した。可愛らしくカットされたフルーツと、ボリューム満点のチョコクリームがケーキを彩る。その中央には、チョコソースで「カナエ、お誕生日おめでとう」と書かれた丸いクッキーが飾られていた。


「うおぉぉ! 凄かぁ! カナエ、18歳やろ? ろうそくは18本立てんば! 母さん、台所の棚にろうそくが結構あったろ?」


「そげんたくさんあるわけなかろーもん。あんたがいちばん興奮してどうすっとね。まったく」


 伯父と伯母のやりとりに、みんなが笑った。その後も、誕生日パーティーは大いに盛り上がり、私にとって忘れられない、かけがえのない日となった。

 毎日が本当に楽しかった。伯父の趣味である釣りに連れて行ってもらって、大サバを釣ったこともあるし、伯母が所属するママさんバレーの助っ人として地域の大会に参加して、準優勝したこともある。もし、あの両親のもとに居続けていたら、この充実は味わえなかったに違いない。テストで良い点を取らないといけない重圧も、帰ったら邪魔者扱いされる恐怖も、ここには無い。あるのは、暖かな家庭。帰って来たら、おかえりと言ってもらえるところ。私が憧れていた、普通の家。私の居場所はここにあったんだ。


 ……ただ、心に僅かな引っかかりがあった。確かに私は、実の家族にしいたげられてきた。未来を選択する自由はなく、敷かれたレールを少しでも脱線しようものなら怒鳴られる日々を送ってきた。お世辞にも、幸せとは言えない過去。その点から見れば、私は被害者だし、今こうして幸せを感じることもおかしくはない。

 しかし、忘れてはならない。私は川村というひとりの人間をいじめた、れっきとした犯罪者だ。どんな理由があろうと、川村をいじめたことは許されない。その点から見れば、私は地獄に落ちて然るべき。本来なら私は、罰という名の苦痛を受けるべきなのだ。


 だが今、私は幸せだ。


 前いた高校を退学する時、校長から貰った言葉を思い出す。「これから君に降りかかる罰がいかに耐え難いものでも、拒絶することなく受けいれなければならない」……。覚悟はできている。どんな罰だって受ける所存だ。私のしたことは、決して許されるものではない。伯父や伯母からの罵詈雑言、いじめという私の弱みにつけ込んだ、さまざまな命令……あり得る話だ。それだけじゃない。私の所業が明るみに出れば、今こうして仲良くしている友達からも、酷烈な迫害を受けることになるかもしれない。楽しい日々を過ごす中で、そんな不安に駆られる時がたまにあった。

 

 時は経ち、受験シーズンに突入した。私は友達と協力しつつ、より一層勉強に励むようになった。夜、家で夕食を食べていると、缶ビールを飲んでいた伯父が聞いてきた。


「そういえばカナエ、進路はどーすると?」


 大きな皿に乗ったてんこ盛りの唐揚げをひとつ取りながら、伯母も話題に食いついた。


「あら、もうそんな時期ね。やっぱり、頭の良かトコば目指すと?」


 伯父と伯母の目がキラキラと輝いて、こちらを覗いている。


「私ね、国立行きたいんよ」


「国立! あんた聞いた? 国立ばい?! 凄か〜!」


「当たり前たい! カナエならマチャシューチェッシュだって目じゃないっちゃけん!」


「マサチューセッツね。全然言えとらんばい、伯父さん」


「せからしか!」


 アハハハ! 伯母の甲高い笑い声が食卓に響く。


「そんで、どこいくと?」


 再び、伯父が聞いてきた。伯母も、興味深そうに私の解答を待っている。


 ………。


 私の答えを聞いたふたりの表情が、一瞬で曇った。


「それ、本気ね」


「うん。本気」


「でも、そこって……」


 私が口にした大学……。それは、かつて私が実の父に「お前はここに行け」と散々言われていた大学だった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート