「おおカナエ! えらい大きくなって! あがん小さかったとになぁ……」
「よう来たねカナエちゃん! 遠かったろ? さぁ上がって上がって! 2階上がって右に息子が使っとった部屋があるけん、自由に使ってあげてね!」
伯父と伯母は、心優しい人だった。伯父は警察官だ。気さくな人で、よく笑う。伯母は中学校で体育を教える先生。この人も、明るくてポジティブな性格だ。冷徹な私の両親とは、まさに対角に位置する人柄。現在、すでに就職し、上京しているひとり息子を持つふたりは、私を実の娘のように可愛がってくれた。ずっと息子と過ごしてきたものだから、女の子が家にいると思うと、なんだか新鮮で嬉しいらしい。地元のお土産を渡すと、大喜びしてくれた。
編入先の高校も、皆優しい人たちで溢れかえっていた。私の過去を詮索しようとする者は誰ひとりおらず、みんな裏表のない笑顔で歓迎してくれた。
編入して1週間が経つ頃には、仲のいい友達もできた。かつて、私の威を借りていた子分たちなんかとは、まるで違う。本物の友達。休み時間に楽しくお喋りしたり、放課後に流行りのカフェに行ったり、休日にはみんなで人気のアイドルグループのライブに行ったり。考えられるか? つい最近まで、あんなに陰鬱として、死人のように日々を塗り潰していた落ちこぼれが……。
それは、ある日のことだった。その日は私の誕生日だったのだが、何人もの友達が大きなケーキとプレゼントを持って家に来てくれたのだ。
「……え? みんな、急にどうしたの?」
「カナエー! 18歳の誕生日、おめでとー!」
「いえーい!!」
「おめでとーう!」
何も知らされていなかった私は、それはそれは驚いた。これが世に言う、サプライズというやつか。
「はい、これ。カナエがずぅっと欲しいって言っとったやつ! これでどこにでも行けるね!」
玄関で手渡されたプレゼントは、ずっと欲しかったスニーカーだった。
「ありがとう……バリうれしい」
伯父と伯母もサプライズに来た友達を大いに歓迎し、私の誕生日は盛大なパーティーとなった。
「すごい……。これ、私のために?」
「ずっと前に注文しとったんよ! すごかろ?」
ダイニングテーブルに大きなケーキ箱が置かれ、箱の中から煌びやかなチョコレートケーキが姿を現した。可愛らしくカットされたフルーツと、ボリューム満点のチョコクリームがケーキを彩る。その中央には、チョコソースで「カナエ、お誕生日おめでとう」と書かれた丸いクッキーが飾られていた。
「うおぉぉ! 凄かぁ! カナエ、18歳やろ? ろうそくは18本立てんば! 母さん、台所の棚にろうそくが結構あったろ?」
「そげんたくさんあるわけなかろーもん。あんたがいちばん興奮してどうすっとね。まったく」
伯父と伯母のやりとりに、みんなが笑った。その後も、誕生日パーティーは大いに盛り上がり、私にとって忘れられない、かけがえのない日となった。
毎日が本当に楽しかった。伯父の趣味である釣りに連れて行ってもらって、大サバを釣ったこともあるし、伯母が所属するママさんバレーの助っ人として地域の大会に参加して、準優勝したこともある。もし、あの両親のもとに居続けていたら、この充実は味わえなかったに違いない。テストで良い点を取らないといけない重圧も、帰ったら邪魔者扱いされる恐怖も、ここには無い。あるのは、暖かな家庭。帰って来たら、おかえりと言ってもらえるところ。私が憧れていた、普通の家。私の居場所はここにあったんだ。
……ただ、心に僅かな引っかかりがあった。確かに私は、実の家族に虐げられてきた。未来を選択する自由はなく、敷かれたレールを少しでも脱線しようものなら怒鳴られる日々を送ってきた。お世辞にも、幸せとは言えない過去。その点から見れば、私は被害者だし、今こうして幸せを感じることもおかしくはない。
しかし、忘れてはならない。私は川村というひとりの人間をいじめた、れっきとした犯罪者だ。どんな理由があろうと、川村をいじめたことは許されない。その点から見れば、私は地獄に落ちて然るべき。本来なら私は、罰という名の苦痛を受けるべきなのだ。
だが今、私は幸せだ。
前いた高校を退学する時、校長から貰った言葉を思い出す。「これから君に降りかかる罰がいかに耐え難いものでも、拒絶することなく受けいれなければならない」……。覚悟はできている。どんな罰だって受ける所存だ。私のしたことは、決して許されるものではない。伯父や伯母からの罵詈雑言、いじめという私の弱みにつけ込んだ、さまざまな命令……あり得る話だ。それだけじゃない。私の所業が明るみに出れば、今こうして仲良くしている友達からも、酷烈な迫害を受けることになるかもしれない。楽しい日々を過ごす中で、そんな不安に駆られる時がたまにあった。
時は経ち、受験シーズンに突入した。私は友達と協力しつつ、より一層勉強に励むようになった。夜、家で夕食を食べていると、缶ビールを飲んでいた伯父が聞いてきた。
「そういえばカナエ、進路はどーすると?」
大きな皿に乗ったてんこ盛りの唐揚げをひとつ取りながら、伯母も話題に食いついた。
「あら、もうそんな時期ね。やっぱり、頭の良かトコば目指すと?」
伯父と伯母の目がキラキラと輝いて、こちらを覗いている。
「私ね、国立行きたいんよ」
「国立! あんた聞いた? 国立ばい?! 凄か〜!」
「当たり前たい! カナエならマチャシューチェッシュだって目じゃないっちゃけん!」
「マサチューセッツね。全然言えとらんばい、伯父さん」
「せからしか!」
アハハハ! 伯母の甲高い笑い声が食卓に響く。
「そんで、どこいくと?」
再び、伯父が聞いてきた。伯母も、興味深そうに私の解答を待っている。
………。
私の答えを聞いたふたりの表情が、一瞬で曇った。
「それ、本気ね」
「うん。本気」
「でも、そこって……」
私が口にした大学……。それは、かつて私が実の父に「お前はここに行け」と散々言われていた大学だった。
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