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迷子の句読点
迷子の句読点

【最終話】おいで

公開日時: 2024年5月31日(金) 06:00
文字数:1,787

 それは、大学の学園祭がある日だった。残暑振るう今夏、外にいると、何もしていなくても額に汗が滲む。たくさんの人で盛り上がる大学。たくさんのテントが張られ、焼き鳥やかき氷などの旗を掲げ、道ゆく人を一生懸命に呼び込んでいる。

 私が所属するバスケサークルは、校舎の2号館3階にある一室を借り、アイスクリーム屋を開いていた。室内はクーラーが効いていて、涼しかった。お陰で店は大繁盛。次から次に、お客さんがアイスクリームを買っていく。今日は、かつて誕生日プレゼントでもらったスニーカーを履いて来ている。私にとってこのスニーカーは、いざという時にしか履かない大切なものだ。やがて、明美先輩たちが休憩から戻って来た。


「カナエー、交代しよ〜」


「はい! 行こ!」


「ごめん、俺まだやることがあるから、西岡は先に休憩入っちゃっていいよ!」


 一緒の時間に店番をしていた同期の男子がその場に残ると言うので、私ももう少し働きますと申し出た。しかし、明美先輩が大丈夫と言ってくれたので、お言葉に甘えて店番を交代してもらった。私は廊下に出て4階に上がると、控室として使われている小さな部屋に入った。椅子に座り、窓から見える外の景色を眺めた。非常にいい天気だ。どこまでも続く蒼い空。この校舎を取り囲むように、迫力のある入道雲が浮かんでいる。


 

 あれから、未だに罰と呼べるものは訪れていない。今日、この学園祭のように、平和で楽しい日々を過ごしている。いつ、何が降りかかるか分からない恐怖に怯えながら……。

 

 すると突然、サークルの同期の女子が控え室に入って来た。


「カナエ、ちょっといい?」


「ん? どうしたの?」


「今さっきさ、無断で校舎の上の階に上がって行っちゃった人がいてさ。カナエ、呼び戻して注意してきてくんない? 私、まだ忙しくてさ」


 ここ2号館で学園祭の催し物をやっているのは、せいぜい3階まで。あとは4~6階が物置や控室用に使われている。そのため、いま私がいるこの4階に通じる全ての階段には、関係者以外立ち入り禁止と書かれた立て看板が用意されているはずなのだが。


「2号館で出店してるサークルの関係者じゃないの?」


「私もそうだと思ったんだけどさ。関係者の名札をかけてなかったんだよね。ふたりともがっつり私服だったし」


「え、ふたりもいるの?」


「うん。なんか、気味悪かったよ」


 幽霊でも見たんじゃないのだろうか。少し怖い。しかし、これを見過ごして備品を盗難でもされたら、取り返しのつかないことになる。仕方なく、私は無断で上の階に立ち入った不届者ふとどきものを探しに行くことにした。

 控え室のある4階から5階に上り、ぐるっとフロアを一周したが、誰もいなかった。6階にいるのか? ここ2号館は8階建てだ。なるべく早く見つけ出さないと、最悪の場合逃げられてしまう。

 ……しかし、控室として使用される最上階の6階をどれだけ探し回っても、人はひとりもいなかった。おそらくすでに逃げられたか、本当に幽霊でも見たのではないだろうか。恐ろしい。もう戻ろう。そう思って、階段を下ろうとした時だった。

 

 「……!」


 7階に続く階段から、微かに風が吹いてきたのだ。不自然だ。上は7階……。普段の授業でも使用されることは少ない。私も授業の関係で、ごくたまに7階に来るが、こんなに風通しが良かった記憶はない。

 ……確かめる価値はある。少しだけ早まる鼓動を安心させながら、風が吹く7階へと向かった。7階にたどり着くと、さらに風を感じるようになった。しかし、見渡す限り、廊下の窓はどこも開いていない。……8階からだ。勇気を振り絞って、8階まで上がった。より確かな風を全身に受けながら辺りを見渡す。がらんとしていて、誰もいない。もう、風の出どころとして考え得る場所は、ひとつしかない。

 8階よりさらに上に続く階段。この先は、屋上だ。階段の手前、壁から壁に、立ち入り禁止を示す一本の鎖がかけられている。こんなもの、役に立つわけがないだろう。鎖をくぐり、階段を上る。

 上がりきり、奥に進む。やがて、屋上に続く、分厚いスライド式ドアの前までたどり着いた。開いていると言えば僅かだが、屋上というだけあって、風は強かった。ドアの隙間から漏れ出る光が、やけに眩しい。

 まったく……誰だ。こんな所まで立ち入って。うんと注意してやる。言うことを聞かなければ、警備員を呼んでやる。


 勢いよく、屋上に続くドアを開けた。




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