Where Are You

迷子の句読点
迷子の句読点

【最終話】笑む

公開日時: 2024年6月3日(月) 00:00
文字数:2,133

 ああ、あぁ……。あぁぁあああぁ…………。


私は、私は……。
















  教えを受ける。 

 信じる。

 やる。

 見られる。

 変な目で見られる。

 怒られる。

 恥をかく。

 泣く。

 疑う。

 教えを破る。

 たれる。

 強く打たれる。

 痛い。

 怖い。

 泣く。

 目が死んでいく。

 考える。

 何が正しいか考える。

 正しさの壁に挟まれる。

 ひたすら考える。

 やってみる。

 見られる。

 変な目で見られる。

 怒られる。

 恥をかく。

 打たれる。

 強く打たれる。

  痛い。 

 怖い。

 泣く。


 繰り返す。繰り返す。


信じて、信じて、信じる。

笑われて、笑われて、笑われる。

泣いて、泣いて、泣く。

考える。




わからなくなる。



 わたしが、死んでいく。

 

















 ただ苦しいだけだった。

 もう終わりにしたかった。

 大切な人を守りたかった。

 大切な人と一緒に、いきたかった。



 



 突然開いたドアの音。アキの手を握っていた私の手はするりとほどかれ、離れていく。一瞬だったその光景は、私にとって、まるで、数分にもなろうかというほどに、ゆっくりに感じられた。


 屋上に現れた人物は、その場から動こうとしない。ただ、微かに口を開き、眉が狭まり、目を少しだけ見開かせている。

 風が吹く屋上。どこまでも続くあおぞら。3人を囲み込むような入道雲。

 

 思わず、私はわらっていた。

 






























「ひさしぶりだね」






 自然と笑みがこぼれる。

 また、私をいじめにきたのね。

 








「……ここで何してるんですか」









 


 その人物はこちらに歩み寄ってきた。


「ここは立ち入り禁止ですよ。今すぐ戻ってください」


 風になびく髪を手で押さえ、その人は背後のドアに向かって指をさした。


「……すみません。……京子、行こ」


 謝り、戻ろうとするアキがこちらを振り向く。だけど、私の足はその場から動かなかった。一歩も。




「西岡さん……だよね?」



 もう、微笑むことしかできなかった。

 西岡さん……。昔、あなたは私をしいたげた。私はやり返さなかった。たった今だって、やり返そうだなんて思いは微塵も無い。だって、試練だったから。父の教えでは、あなたは私に試練を与える人だったから。

 あなたの目は私と同じだった。何かと戦っていた。あなたは聖戦士だった。そう思ってた。

 けど、違った。あなたは震えていた。迫り来る何かに、静かに怯えていた。あなたは、聖戦士なんかじゃなかった。ただの可哀想な人。いつ来るのか分からない罰に、今も怯える哀しい人。

 

 わかる? あなたは私と同じなのよ。

 どこに向かえばいいのかわからないけど、どこかに辿り着きたい。考えて考えて、考え続けて。やっと出した答えに向かっても、行く先々にいい景色なんて広がってなくて。変な目で見られて、笑われて、認めてくれなくて。……挙げ句の果てには、頬を叩かれて。最後には疲労と迷いの混じったため息が出るだけ。

 けど、それは不幸じゃない。むしろ、贅沢な悩みなのよ。暖かな幸せの中に生まれ育った者が持つ嗜好品なの。ただ、私たちには環境が合わなかった。それだけ。

 幸せな環境に居るのに、不幸を感じる自分に嫌気がさして、し潰されそうになって。


 


 偶然なのかな。そんなときにアキと出会えた。

 彼女は何も知らない。何でもかんでも気分次第。後も先も見ていない。そこに、根拠はない。


 わかる? 彼女の醜さという光が、濃霧の中で途方に暮れていた私たちを、今日という日へ導いていたのよ。


 

「私のこと、覚えてる?」


「………」


 西岡さんの、少し戸惑ったような表情。しかし、その表情はすぐに変わった。


「……覚えてるよ」


 


 彼女は、まっすぐに私を見た。射抜くように。貫くように。まっすぐと。まっすぐと。


「早田と、川村だよね」


「そうだよ。あの時はいろいろあったよね、西岡さん」

 

「まぁね。あなたとも、早田とも、いろいろあったね」


 

 



「なんでここにいるんだ」





 アキが、西岡さんに聞いた。西岡さんは、すぐにアキにこう返した。






「あんたこそ、なんでここにいるのよ」





 どちらも、私に向けられた言葉ではない。なのに、ふたつとも私の胸の中の奥深くを大きく揺さぶった。何重にも積み重なったおもりが嘘のように消えていく。足がふわりと浮き上がるほどの浮遊感と解放感が、私を襲ったのだ。





 そうか──。



 

 

 少しだけ、楽になった。

 



「西岡さん。学園祭、楽しんでる?」


 長い沈黙から、突然話し出した私に驚いたのか、西岡さんはハッとした表情で私の方を向いた。


「うん。楽しいよ。いま、ここの3階でアイスクリーム屋やっててさ。すごく繁盛してる」


「ほんと? いいなぁ。おいしそう。私、アイス買って帰ろうかな」


 久しぶりに、楽しくなってきた。ドアに向かって歩き出す。アキも、西岡さんも私に続く。


 階段に続くスライド式のドアを開けた。吸い込まれるように、風が屋内に吹き込んでいく。


 ねえ、ふたりとも。わかる? わたし、今ね、嬉しいの。だって、やっと見つけたもの。悩むようなことでもなかった。


 私たちは、どこかに行かなきゃいけないわけではないし、どこかにいなきゃいけないわけでもない。学校も、家も、楽園も……。そんなものが、いったい私の何を決められるの?


 この屋上だって、本当に私の行きたかった場所なの? 違うでしょ。私を追い詰めた何かが、私をこの屋上に連れ込んだのよ。そんなのいやだ。



















 いま、したいことは何? いま、私が行きたいところはどこ? 








 ……屋上ここ、暑い。

 涼しい所でアイスが食べたい。

 

 

 

 

「アイス、楽しみだな」





 それでいい。




 



 ー完ー


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