突然の再会に、私は固まってしまっていた。
まさか、この大学に入っていたとは……。
早田はすぐに分かった。さすがに、高校の頃から比べて容姿は変わっていた。だが、顔などの風貌は当時とほぼ変わっていない。あの時、クラスメイトを恐怖で従えていた私に唯一刃向かい、最後にはこの顔にその拳を放り込んできた奴。
そして、早田のすぐそばにもうひとり……。何をしようとしたのか……その人物は、早田の手を優しく握っていた。
最初は、誰なのかまるで分からなかった。だが、彼女の私を凝視する造り物のような目が、私の忌まわしい記憶を一気に呼び起こしたのだ。
川村……。私の記憶にある彼女は、地味で、弱気で、陰気臭くて、根暗だったはず。しかしどうだ。自信を纏った佇まいと、内から溢れ出る明るい雰囲気。健康的で容姿端麗な美人へと変わり果てているではないか。
その川村がいま、あの頃のように私を、あの死人のような目で、まっすぐ見つめている。あの頃の私と同じ目で──。
川村が、わらった。
「ひさしぶりだね」
気のせいだろうか。いま……一瞬だけ、川村の瞳が光った気がする。というか、初めて川村の笑顔を見た。
川村。その笑顔は私をわらっているのか? あの頃のように……。どこかに行きたくて、どこにも行けなくて、どこにも行きたくなかった、あの頃の私を、わらっているのか?
どう思う? 川村。お前から見て、私はあの頃のままかな。だとしたら私は、今からでも変わるべきかな。
「……ここで何してるんですか」
川村の再会の言葉を無視して、私は早田と川村のもとに歩み寄った。
「ここは立ち入り禁止ですよ。今すぐ戻ってください」
風になびく髪を手で押さえ、背後のドアに向かって指をさした。
「……すみません。……京子、行こ」
私が西岡カナエだと気づいていないのか、早田は丁寧にも私に謝り、戻ろうとする。しかし川村は、その場から一歩も動こうとはしなかった。
「西岡さん……だよね?」
川村は笑みを浮かべたまま聞いてきた。
「私のこと、覚えてる?」
「………」
……これは罰なのか? これが罰なのか? 校長先生。かつて、あなたは私に言った。どんな罰も受け入れろと。今この瞬間こそが、私に用意されていた罰なのか?
私には、どうしてもそうは思えない。
「……覚えてるよ」
まっすぐに川村の目を見た。力強く。射抜くように。
「早田と、川村だよね」
「そうだよ。あの時はいろいろあったよね、西岡さん」
川村の薄い微笑みが、青空とよく似合う。
「まぁね。あなたとも、早田とも、いろいろあったね」
……すべては私のせいだ。気に入らないからといって、早田をクラスから孤立させるように仕向けたのは私だ。お前には友達がいなかったのではない。友達をできなくしていたんだ。お前のことが、どこか羨ましかったんだ。
私に似ているから──私を馬鹿にしているように見えるからといって、川村をクラスから排除しようとしたのも私だ。川村のことが嫌いだったんじゃない。私は、私が嫌いだったんだ。
私は最低だ。親に歯向かう勇気も、自分を制御する勇気も、自分で死ぬ勇気も無い。ましてや、今こうして再会した川村に、謝る勇気さえ無い……。
自分の気持ちさえもよく分からないまま大学に入って、ただ漠然と楽しい日々を過ごして……。
「なんでここにいるんだ」
ふと、早田が聞いてきた。その言葉は、そのまま私の胸の中の奥深くを大きく揺さぶった。予期していたわけでもない。なのに私は、咄嗟に、自然とこう返していた。
「あんたこそ、なんでここにいるのよ」
早田の表情が固まったように見えた。
「西岡さん。学園祭、楽しんでる?」
突然、川村が口を開いた。私はハッとして、川村の方を向いた。その目はもう、私をわらってなどいなかった。
「うん。楽しいよ。いま、ここの3階でアイスクリーム屋やっててさ。すごく繁盛してる」
「ほんと? いいなぁ。おいしそう。私、アイス買って帰ろうかな」
川村が、ドアに向かって歩き出した。その後を追うように、早田も歩き出した。私も、それに続いて歩き出す。少しだけ、風が吹いた。早田と川村の背中は、近くにも、遠くにも感じられない。
いま、わかった。謝って済む話じゃない。一生ものの傷をつけた私が、一瞬で許されるものか。私は背負い続けるしかないんだ。すべての罰を受けて生まれ変わる? 何を馬鹿な。
条理も不条理も知る。それが私をつくる。逃げることは許されない。ひたすら向き合って、健康に生きることを明日の私に誓おう。
川村が、階段に続くスライド式のドアを開けた。
「アイス、楽しみだな」
その顔はどこか、楽しそうにも、悲しそうにも……諦めにも見えた。
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