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迷子の句読点
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【第三話】あいつは私

公開日時: 2024年5月21日(火) 17:00
文字数:2,131

 一体、何者なのだ......。


 川村の目は死んだ魚の目も同然であった。過去に何か嫌なことでもあったのだろうか。高校において転入生というのは、割と珍しい。もしかしたら、川村の家庭、またはその周辺で何か大事が起こって、もともといた場所には居られなくなったから、この高校にやってきたのかもしれない。

 ……ともかく。川村の、あの目からは緊張感のようなものがまるで感じられない。希望も、焦りも、不安も、その一切が無い。

 瞳というのは、感情によって独特の光り方をする。嬉しい時の柔らかな光。努力する時の勇ましい光。怒る時の鋭い光。悲しむ時の淡い光。みんな常に、何かの感情を持っていて、瞳というのはその感情に沿った輝きを持つはずなのだ。その輝きが……光が、川村にはまるでない。真っ暗闇。まるで、白い画用紙に、黒色のマジックペンで描いた円を雑に塗りつぶしたかのような……。

 もしかして、川村という人物は……。私の推測は、考え得る最悪の展開まで予想できた。……しかし。

 否……。高校生でそれはない。たかが高校2年生で、人生のすべてを失うことはまずあり得ない。親や身内を亡くしたとか、そういう事なら悲しみの感じ取れる目になるはずだ。今にも泣き出しそうというか、背中に見えない重しを背負っているはずなんだ。私には分かる。常に両親の顔色を窺って生きてきたのだ。その目から感情を感じ取るくらい、朝飯前でもできる。


 なのに、川村の目からは何も感じられない。川村のあの目には生気すらない。こいつには何かがある。それが何かまではわからない。しかし、底なしの闇を抱えていることは間違いないだろう。

 そのことばかり考えて、授業に集中できなかった。右前に座り黙々と板書をノートに書き写す川村の背中を見ながら、5分、10分と時間が過ぎていく。

 今日転入してきたばかりで、しかも初対面の相手に対して、何故こうも動揺するのか? 認めたくはないが、もう私の意識は嘘をつけなくなっていた。



 川村は……私に似ているのだ……。



 同類と言っても過言ではない。川村の目は、まさに私の目と同じである。死んでいるのだ。私が普段、仲間や風貌の良い男子に見せる笑顔は作り物だ。本当の私は心の奥底に隠れている。いや、箪笥の奥に隠すようにしまったというのが正解かな。本当は根暗で陰鬱な奴だなんて、今更口が裂けても打ち明けられるわけがない。だって、私は強いんだから。このクラスで、学年で、カーストのトップに君臨しているんだから。王は私。一番は私。エリートだもの。

 必然、目も無理やり輝かせる。どんなに辛くても、活気のある目力を演じる。人を支配する者はこれくらいでなくてはならない。そうでなくては舐められてお終いだ。そうでなくては、また両親のように、私を酷く言う者が現れる。私をいじめる者が現れる。そうはさせるものか。


 川村は、私だ。一切化けの皮を被っていない私だ。頭の回転が速いというのも、玉に瑕だ。認めたくないことであっても、こういうことにすぐ気づいてしまう。気づいてしまったからには仕方がない。だから、それは認める。川村は私だ。事情は違えど、少なくとも同類であることに変わりはないんだ。


 先ほどから、意に反してペンを握る手に汗が出る。その汗でノートが滲んでいく。認めたくないけど、そうなのだ。右前に座るこの人間は、私を映す鏡なのだ。そのみすぼらしい格好も、雑な髪形も、その目も、私だ……すべて私だ。いつも仲間から綺麗だと慕われるのは、みすぼらしい格好を馬鹿にされたくないがために私を作り替えただけだ。髪形も同様である。舐められたくないがために、容姿にはかなり神経質になった。

 こいつは……川村は、真の私を映している気がしてならない。今ここにいる私がニセ物だとでもいうのか。そこにいるのは本当の私なのか。

 いつの間にか、体中から汗がじわりと滲み出ていた。少し息も荒くなっている。


 見せるな……そんなもの見せるな……。私は今のままでいいんだ。だから私を見せるな。お前を見ていると、心の奥底に閉じ込めておいた私が、私を嗤っているようにしか思えないんだ……!

 いつもそうだ、いつもお前は私の邪魔をする。たった今だって、お前は私を嗤っているんだろう。ああ、腹が立つ……。




 お前なんか、いなくなってしまえばいいのに。



 昼休みに入る時には、既に川村を排除しておかなければならないという考えが頭の中を駆け回っていた。ゆっくり、じっくり痛めつけて、ここから追い払ってやる! 私は仲間を連れて、川村の席に近づいた。私の怒りを察知してか、川村を歓迎していた女子たちはすぐに逃げ去っていった。

 囲まれた川村は、怯えた表情で私を見つめた。なんだ、やはり感情はあるではないか。だが、お前は許さない。私は財布から硬貨を取り出し、雑に川村の机に投げ置いた。


「これでパンを買ってきな」


 私の威圧に負け、硬貨を握った川村は涙目で席を立った。案外ちょろいものだ。これからは奴隷としてこき使ってやる。安心した。やはり教室ここは、なんでも私の思い通りだ。この調子で、いつかは早田も従えたいものだが、おそらくそれは無理だろう。私が一番だ。ここでは私が一番なんだ……。なんでも思い通りになるんだ。



 私の人生は、私のものだ……!

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