「あーあ結局、大した金にはならなそうだな……」
あの後、でっぷりと太っていた大型のパペットが一体だけ出てきただけで事は終了。それをアンリが一撃で仕留め、八時間に及ぶ【夜】が終了。【月中】の時間が来た。
昏い空に一つ、薄紫に輝く七芒星の【月】。月光が辺りを照らし、砂の無くなった砂時計は【月中】の始まりを表す〇から二の目盛りへと増えようとしている。
リヴィたちは今、【反しの森】の中に作られた【集郷都市:ジャンブル】へ向かっているところ。都市へと続く街道をアンリと手を繋ぎながら歩いていた。もう一方の手には尖兵《アンダー》らの残骸を入れた袋を長槍に括り付け、肩にかけるように持っている。
森とはいえ、さっきまで戦っていた場所とは違って都市周辺となるここらは【神よけの陣】――隷機《ミニステラ》や尖兵《アンダー》らの出現を抑えられる結界の様なモノ――の影響があり、道が滑らかに舗装されていた。その道脇には、隷機から採れる隷核石《ダイト》を使った灯篭――隷核灯《ヘリオライト》が点在していて道を常に明るく照らしている。燐光粉《ケイバー》はこの下位互換だ。
暗く荒れた場所ばかり歩いていたリヴィ達にとってこの舗装はありがたく、そして今もリヴィ達の前を歩く商人の馬車もその恩恵を受けていた。
コツコツ、ペシペシと違う足音を立てながら二人は歩いていく。
「まぁいいか。今日の本当の目的はアンリの霊力を発散させることだったんだし。気分は大丈夫か?」
「はい、問題ありません! いたって健康体です!」
ふんすっと握られた小さな両拳がリヴィの尻目に引っかかる。
病的なまでに白皙のアンリだが、術を使うまでは血色がとても悪くそれ以上に白くなっていた。ちらりと横目でアンリを見れば、今は戻って少し赤みがかっている。
確かに問題はなさそうだ。
「それなら良かった」
「兄さんは心配しすぎなんですよ。少しくらい放っておいても問題ないのに」
「そうはいくかっての。ここ数年でお前の体は弱っているんだ。無茶はさせない」
「そうですけど……。それだと兄さんの負担が……」
顔を俯かせ、ぎゅっとリヴィの手を握るアンリ。その力はひどく弱々しい。
身長百二十C程度しかないアンリの小さすぎる体躯。そこに降り注ぐ苦境はずっと大きい。
その理由が膨れ上がり続けてしまう膨大な霊力だ。
霊力は己の魂から生成され、修練などで魂を磨き上げれば精製できる霊力の上限が増して霊法として外に出す出力が増していく――というのが通例。使えば減るし、使わなくてもそれ以上は精製されない。
しかし、何故かアンリは容量の限界を超えて勝手に霊力が精製され続けてしまうのだ。それはまるで、容器の中にある水があふれて零れ落ちるが如し。当然、そうなれば器は限界を迎えて壊れてしまう。
それと同じことがアンリの肉体にも起きてようとしていた。
小さな肉体にもかかわらず膨大な霊力を抑えられず、体内を暴れまわって痛みを伴う多大な負荷がかかっているのだ。
一ノ章で肉体を強化し続けるのも一つの手ではあるのだが、強化が器に馴染みすぎて戻れなくなる。人間と呼べなくなるその未来は二人が望んでいる結果ではない。
故に普段はアンリの手首に巻かれた特殊な黒い紐が霊力の増幅を抑え、ベッドの上で大人しくする毎日。容量が限界を突破しかけていたら今回みたいに外に連れ出して発散させていた。
ただ、そんなままならない現実とそういった世話をされることにアンリは罪悪感を抱いているのだ。
それを拭うべく、下を向くアンリの頭をリヴィは優しく撫でる。
「今更、負担なんて気にしなくていいさ。俺が出来ないことをはアンリがやるし、アンリが出来ないことは俺がやる。ずっとそうやって二人で生きてきただろ? これからもそれは変わらない」
「はい……」
ここまで言っても、アンリの顔はまだ浮かない。リヴィが心配ということもあるのだろう。
――まぁ無理もないか、とリヴィの口端が思わず上がる。
膨大な霊力を持つアンリとは裏腹に、兄であるリヴィの霊力はその三分の一にも届かない。使える【霊法】は一ノ章の身体強化だけ。魂の一部を武器化し【霊装】とする二ノ章や術となって発動する三ノ章といった、霊力を外に出すということが壊滅的に出来ないのだ。
緊張感走る実戦なら――と度々機会をうかがっては発動しようとするも、結果は常に先の通り。不発だ。
二ノ章以降を使えないとなると、敵への火力が圧倒的に違う。だからこそ、必然的に戦闘が危険度の高いものになるリヴィの状況をアンリはいつも心配していた。
だけど、妹にこんな辛気臭い顔をされちゃ兄の立つ瀬がない。
リヴィは撫でるのを止め、カラカラと笑いながらアンリを抱っこした。
「うわっ! に、兄さん……!?」
「お前は気にしなくていーの。アンリが倒れたら俺はみっともなく泣くぞ? ジャンブル内を泣き喚きながら走り回るかもしれない。そんな兄貴を見たいか?」
「……そうしてくれるのはちょっと嬉しいですけど、あまりその姿を周りに見せたくはないですね」
リヴィの馬鹿話にぽかんとした後、思わず笑みが零れたアンリ。それで罪悪感が薄れたのか体から力が抜けていた。
空気が柔らかく変わり、リヴィは落ち着いたアンリを降ろす。
「だろ? だから負担なんて考えなくていい。無茶にならない程度なら我が儘を言ったっていい」
アンリを降ろし、膝を折って目線を合わせる。吸い込まれなほど綺麗な翡翠の瞳。両手を合わせて誓い合う。
「俺はお前の兄貴なんだからこの程度、余裕余裕。まぁ余裕じゃなくなったらアンリの力を借りるよ」
「はい! 私も兄さんを助けます!」
「俺たちはこれからもずっと一緒だ――」
――その瞬間、どちゃりとリヴィ達の背後にナニカが落ちてきた。
空気は一瞬で冷め、凍ったかの様にピリリと肌を突き刺す。
「え……?」
「あれって……」
黒き双眸の先には、無垢で無機質すぎる【白】の塊があった。液体にも見えるし固体にも見えるソレは蠢いて波立っている。
途端に、押しつぶされる様な圧力を感じた。【白】の脈動と共に、膨れ上がる圧力。木々は圧力に負けて破片が飛び散り、硬い地面は細かく揺れている。
同様にリヴィの魂と肉体が小さく震えだし、肌が粟立つ。無意識に顔は強張り、【白】を睨みながらアンリを背後へと隠す。
槍の切っ先を【白】に向け、腰を落としすぐさま戦闘態勢に入った。
「……早速、アンリの力を借りなきゃいけなくなっちゃったかもな」
「兄さん……!!」
やがて解放されていた圧力は【白】の中に回収されるかの様に、フッとなくなった。
それが始まりだった。
眩しすぎる強い光が放たれ、隷核灯の光を覆い隠す。
「来るぞ……!! 隷機だ!!」
これぞ人類の敵。
恐怖を抱けばその時点で魂が抜かれるという最悪の存在。
それが今、牙を剥く。
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