「タイムマシン 映す未来 一つ どこに進もうか?
道標 目指す先は 地図に載ってない明日へ」
僕は、数年前に放送されていたアニメである「ラストラベンダー」のDVDを見ているとき、エンディングテーマ「タイムマシン」を歌っているユニットの1人のメンバーの名前が目に留まった。
5人組(後で調べて知ったのだが、現在は8人組らしい)のアイドルユニットが歌を務めていたのだが、その中にクラスで同姓同名の人がいることに気が付いた。ラストラベンダーのアニメのe-Pedia(ネット上で無料で公開されている百科事典のようなもの)を見てみると、その子の名前が載っていたのだ。名前としてもありふれたもののため、別人の可能性もあるが、少し引っかかってしまった。
僕の学校は横浜にあるが、そのグループは四国を中心に活動していると読んだ。確か、本人も「親の仕事の都合で今は横浜に住んでいますが、実は四国の方から来ています」と言っていた気がする。
僕の実家は愛媛県の松山にある。僕はずっと横浜で過ごし続けている。しかし、小学生のころ、愛媛県の海で当時のクラスメイトと出会ったことがあった。四国ってだけで珍しくて気になった僕は、「もしかして愛媛県?」と聞いてみたけれど、その子は「違うよ」って言っていた。
YouTubeを確認してみたが、その子が近くで写っている動画はなかった。本人に何となく似ている程度。この子じゃんと確証を持てる画質ではなかった。
そのアイドルの公式ホームページも見てみたのだが、その子が脱退したことに触れられているくらいで。また、メンバー紹介のページにも特に何も言及はなかった。
僕は、その子にLINEを送ろうかなと思った。まだ友達に追加していない。しかし、ちょっと気になったため、僕はクラスグルからその子を追加した。
僕はその子のラインで、これからよろしく、と挨拶した。その子は既読を付けるのが早く、僕が送った瞬間に「こちらこそよろしく~」とメッセージが届いた。もうアイドルの事について聞いてみようかな、と思ったが、さすがにもうちょっと仲良くなってからでいいか、と思い始めていた。
本人には申し訳ないのだが、アイドルやっていたかもしれない、と思う前はあまりその子の印象は強くなかった。先日DVDを見ていて、名前を見た時に、自分の中での位置づけが「クラスで一番気になる人」という場所になった。
もう12時だ。明日学校がある。高校に入ってから、4日目だ。僕は布団を床に敷いて眠りについた。
朝起きても、クラスの元アイドルの事しか頭の中になかった。高校に入った直後は彼女ができやすいという話を聞いたことがある。何かあればいいな、と僕は何となく頭の中で考えながら朝ご飯を食べた。
僕は、高校まで歩いて行っている。夏場は定期を買ってバスで通学をする予定だが、今は12度とそこまで暑くない。学校までの距離は3km弱だが、山がちな地形のため自転車に乗っていくのは困難だった。
僕は中学校は地元の公立校に通っていた。学年には自分以外に1人だけ僕と同じ中学校の男子、山村誠司(やまむらせいじ)がいる。僕は、その男子と一緒に歩いて通学した。
校門を通って教室に入る。まだあの女の子は来ていないようだ。山村の席は、僕の席の2個隣にあって、その間に元アイドル疑惑の女の子が座っている。それまでその子の机に座りながら、山村と僕はちょっとした雑談をした。ここの席の人、アイドルやってたらしいよと言いたかったが、まだ言い出せなかった。色々しゃべっていると、数分後、僕が今座っている席に荷物を置いてその子は言った。
「ごめん、ちょっと机からどいてもらっていい?」
その子はいたって流ちょうに、この辺のアクセントで日本語を発した。四国から来たと言われてもわからないレベルだ。
「あ、ごめん」
僕は、机を降りて、山村の前の席に座って再び話をつづけた。数分後、トイレに行きたいといわれて会話が中断された。その間に、僕はあの女子に、アイドル活動をやっていたか?ということについて聞きたいと思った。しかし、いきなり「あのさ、昔アイドルやってた?」と聞いても不審がられるだけだろう。どう聞こうか、僕はかなり迷っていた。
何か共通の趣味を持っていたら嬉しい。そう思った僕は、彼女に思い切って「ねえ、ラストラベンダーってアニメ知ってる?」と質問した。ラストラベンダーの固有名詞を出した瞬間、彼女はちょっと動揺しているようだった。
彼女は、僕を見てちょっと驚いていた。ラストラベンダーは、そこまで知られているアニメではない。なんで知ってるの、という表情で、彼女は僕に返答した。
「昔みてたし、アニメ自体は知ってるけど、最近見てないからどうなったのかはよくわかってないんだよね」
この答えを受けて、僕は、「エンディングのスタッフロールに君の名前と同じ人がいるんだけど、何か知ってる?」と聞いてみた。彼女は、「え!?」と驚いていた。僕の耳元で、彼女は小声でこう言った。
「ごめん、今は周りに人がいるから、あんまり細かくは話せないや。放課後LINE送るから、見てもらっていい?」
僕は、わかった、と言って会話を終了させた。時計は8時27分を指している。僕はトイレに行って、ホームルームが始まる前に教室に戻っていった。
山村はまだ戻ってきていないが、多分トイレの個室にいたんだろう。彼は、すぐ戻ってくるだろうなと思ったそばに戻ってきた。クラスの担任は大阪(おおさか)活人(かつひと)先生。数学の教師で、今年度は高1の数学Iの授業を担当している先生だ。
今日は特に連絡はなかった。僕は、山村の席に行って、最近は待ってるアニメある?みたいな話をした。隣の女子に聞かれないようにラストラベンダーの名を出したが、山村はそのアニメを知らないようだった。
どんなアニメなの?って聞かれたので、僕は男子アイドルグループ「セッティエーム・ラヴァンド」が7人目のメンバーを追いかけて世界中を旅する話だよと伝えた。話を聞いた山村は、あんまりおもしろくなさそうだな、と言った。確かに万人受けするようなアニメではないかもしれないが、それでも僕は面白いと思っていた。
「まあ時間があったら見ておいて」僕は彼にこう言って、昨日の睡眠時間が足りなかったので机に伏せて睡眠をとった。
1時間目は現代社会の授業だ。先生の授業自体はわかりやすいのだが、そもそも内容が難しいためなかなか頭に入ってこなかった。2時間目は古典。「古典なんて将来使わない」という愚痴をこぼす人が多いが、僕に言わせれば「将来使わない」のではなく「今も使わない」科目だ。理系に進む身としては、どっちも寝ていたかったが、最初から先生の印象が悪くなるのは困るので起き続けた。
というよりも、僕は3時間目を非常に楽しみにしていた。数Iの授業なのだが、大阪先生はいわゆる「アクティブラーニング方式」という授業形式を採用している先生なのだ。
自分でいうが、僕は数学・英語だけは得意だ。文理が分かれるのは来年からだが、理系に行くことは昔から決めていた。僕は、この授業中に、元アイドルのあの女子と話せることを割と楽しみにしていた。
割と気さくな人柄で話しかけやすいが、見たところ彼氏はいないようだった。少なくとも、噂にはなっていない。元アイドルらしいということも、周りには全く知られていないようだった。
今は数学の授業では「絶対値の外し方」の話を行っている。中身が正ならばそのまま、負ならばマイナスをつけて外す。僕から見ればそこまで難しくはないのだが、割と混乱している人は多いようだった。
先生が教室に入ってきて、号令を行う。30代前半の割と若い先生だが、「もともとは数学の研究をしていたかったが、食べていけないので教師になった」という噂がある先生だ。中学校の頃の先生は、そもそも僕の質問の意図すら理解してくれなかったということがあった。しかし、大阪先生は、的確に質問の趣旨を把握してくれて答えてくれる素晴らしい先生だ。学校が始まってまだ4日目なのに、今までした質問とそれに対する返答で、僕は
そのことに気が付いていた。
アクティブラーニング中、僕は山村とその友達の質問に答えながら、あの女子と話せるタイミングを見計らっていた。
偶然その子の近くを通りかかったとき、彼女は僕に絶対値の外し方の質問をしてくれた。
僕は滑舌が悪く、聞き返されることが多い。あと基本的にコミュ障のため、話している途中に口ごもってしまうことが多々ある。しかし、彼女の質問に答えるときは、僕はそれなりにちゃんと教えることができた。彼女は「ありがとう」と言ってくれた。僕は、少しだけ幸せな気持ちになった。
4時間目、物理。5時間目、体育、6時間目、世界史。僕は運動と英語以外の文系科目が大の苦手のため、はっきりいって午後は割と苦行だ。世界史の授業中横に目を向けてみると、その彼女は寝ていた。授業終わった後話しかけてみると、彼女も理系に行くつもりで、世界史の授業は退屈だと思っているようだった。
帰りのホームルームが終わると、僕は上履きからローファーに履き替え、山村と一緒に下校した。「寒いな」とか言う話の後、僕はテレビアニメとして一部の人が知っているラストラベンダーのことについて、彼に少し話した。
原作は漫画らしい。アニメは原作ほど好評ではないらしい。そんなことを僕は山村に伝えた。「1話だけ見てみ」といって、僕はYouTubeに無料公開されている第1話のリンクを彼のラインに送った。
そのアイドルの名前を確認できるのはエンディングだ。公開されている動画では、OP・EDはカットされている。だから、よほどのことがなければ気づかれないだろう。そう思って、僕は山村と別れて家へと帰っていった。
4月の空は青く、どこまでも澄みわたっている。僕は家に帰り、LINEであの女子に「ラストラベンダーの1件」について聞いてみた。すると、すぐに既読が付き、彼女から小刻みにメッセージが帰ってきた。
「正直、バレることは想定外だった。あまり有名なグループじゃないし、まだ誰も知らないと思う。誰にも言わないでね」
「実は、私、中学時代は四国のローカルアイドルのメンバーだったんだよ、それが、知ってると思うけど『ラストラベンダー』のエンディングを務めたあのユニットなんだよね」
「なんで今横浜の学校に通ってるかっていうと、私の親って転勤族なのね、だから親の仕事の関係でここ来てるの」
僕は、思い違いじゃなかったことを知ってかなり驚いた。クラスに元アイドルがいるってあまり聞く話ではない。彼女のことがさらに気になった。僕は、そのアイドルグループが「ラストラベンダー」のエンディングを務めることになった理由について彼女に聞いてみた。
「今は2期生、3期生と入ってきてるからわからなくなってるかもしれないけど、公式サイトの1期生のメンバーの情報見てみてほしい」
「メンバーの名前に紫・花・夏・七・芽の字が入ってるでしょ?それをたまたま知った平田先生(漫画書いた人ね)が、このグループに目を付けたらしいの」
「それで、私たちがエンディングを務めることになったんだよね」
「バレるとは本当に思ってなかった、何回も言って悪いけど、本当に誰にも言わないでね」
確かに、メンバー欄を見てみると1期生は「ラストラベンダー」「セッティエームラヴァンド」に関係なくもない名前が多い。2期生加入が去年の2月で、アニメを務めることになったのが3年前の11月。ユニット結成自体が3年前の8月だから、結成して間もなくアニメのEDを担当したことになる。
正直山村あたりには言いたいという思いはなくはないが、彼女との関係を良好に保っておきたかった僕は、しばらくの間は黙秘を貫くことに決めた。
彼女がエンディングテーマ「タイムマシン」を歌っていることを知ってから、そのアニメに関わる見え方がかなり変わった。今までは、よくある普通のアニメとしか思っていなかった。このことを知ってからエンディングテーマを聞きなおしてみると、明確に彼女の声が聞き取れるようになっていた。僕は、中古CDや本を売っている店「AERDIENI(エアルディーニ)」に、そのグループのCDを買いに向かった。
20分ほどCDのところを探していると、1つだけ見つけることができた。「タイムマシン」収録のCDではなく、デビューシングルである「希望の花言葉」のCDだ。名前すら聞いたことないようなローカルアイドルまで取り扱ってることに驚きながら、レジで545円を払って購入した。
帰ってから開けてみると、撮影会のチケット、メンバーの一人の生写真、あと歌詞カードとCDが入っていた。生写真はあの女子のではなかったが、歌詞カードの表紙に5人の写真と向日葵の絵が映っていた。僕は、彼女に「シングルあったから、買ったよ!」とだけ送っておいた。
彼女は、返信が早いタイプの人のようだ。送ってすぐ既読がついて、「え、横浜の中古屋さんで売ってるの!?嬉しい!」とメッセージを返してくれた。そのアイドルグループのMVは、YouTubeには上がっているが、2番以降はカットされたバージョンになっている。僕はCDをPCに入れて、スマートフォンに音楽のデータを映して、イヤフォンをつけて音楽を聴いた。
どうやらインターネットの音楽販売のサイトでも売られているらしいが、僕は若干値段はかかるが、歌詞カードを手に入れる目的でCDを購入した。
音楽を聴きながら話をつづけているうちにわかったことだが、その女子は「卒業」ではなく「休業」したようだった。つまり、そのうちグループに戻って活動するらしい。彼女としても進学先は地元(四国)の大学を考えているらしく、大学生になったら1人暮らしという形で戻るつもりらしい。一瞬「薬学・医学系なのか?」と思ったが、聞いたところ「まだあまり考えてはいない」とのことだった。
アイドルグループのメンバーは、今は13人(1期生、2期生それぞれ4人+3期生5人)で活動していると聞いた。もともとは2期生も5人になるはずだったが、1人「振りが覚えられない」という理由で脱退したようだった。詳しく聞いてみると、彼女は教えてくれた。
「公式ページにも乗ってると思うけど、説明してほしいってことだから説明するね」
「まず、送っていいのかわからないけど、2期生の歌があるからGoogle Driveで送るね!このファイルは拡散はしないでね」
このメッセージの次に、「2つ目の希望.mp3」というファイルが送られてきた。彼女は続ける。
「歌詞に『風の中咲く向日葵のよう』って部分があるでしょ?もともと、風咲(ふうさ)ちゃんって子が入る予定だったんだけど、さっき聞いてくれたように、振りが覚えられなくて脱退しちゃったのね」
僕は、そのアイドルの色々な経緯、あと彼女のことがかなり気になってしまい、その子を彼女にしたいと思うようになっていた。
僕は、それを思ったまま、YouTubeに上がっている彼女のダンスの動画を見てみた。3年前の9月25日、「希望の花言葉」リリース記念として、海辺で5人組で踊っている動画だ。カメラ的に遠くから見ていることになるので、その女子ははっきりは見えない。しかし、彼女自身だと確信をもって見てみると、突然彼女の踊りがカッコよく見えてきた。
直訳すると「向日葵少女」を意味するそのユニットは、あまり知名度は高くないものの、地元では割と人気があるらしい。インターネットでそのグループについて詳しく調べてみると、どうやら地元の「文化会館」と呼ばれる舞台で定期的にダンスや歌・ライブなどを行っていたらしかった。
Twitter上でもライブレポートが少数だが上がっていた。特に「拓也」という名前でTwitterをやっている人は、さっきまで僕がラインで話していた子を推しているらしく、数か月前に休業を発表したときはかなりショックだったが、何とか立ち上がったようだった。
僕は「拓也」氏が公開している1年前のライブレポートを読んで、いつかは四国のその地に行ってみたいな、と強く思うようになっていた。
何となくメンバーの公式Twitterを見ていると、「れんれん」というメンバーが目に留まった。公式サイトによると、本名を早川蓮花(はやかわれんか)というらしい。どうやら「僕っ子(一人称が僕の女の子)」ということのようで、ファンの僕たちに強烈な印象を与えていた。
あと、「しふぉん」というメンバーが目に留まった。かなり高身長らしく、女子の平均身長が164cmというこの日本で、順日本人なのに180cmを超えているらしい。僕のクラスの男子でも、川田(かわだ)が180超えているか超えていないかで、男子の中にいても背が高いほうに入るレベルだった。
僕は、「れんれんちゃんが何故僕っ娘なのか」「しふぉんの身長は本当なのか」という2点が気になったので、あの女子に聞いてみることにした。
送ってから、数十秒で返信が帰ってきた。1つ目は、「レッスンやってた時に聞いたんだけど、アニメの影響らしい」、2つ目は「どうしても信じられないなら、四国に行く機会あればライブ行って見てみるといいけど、むしろ逆に身長低く言ってる可能性もある」とのことだった。
音楽を聴きながら彼女とラインでしゃべっていると、もう7時になっていた。彼女は元アイドルというだけあって内気な性格ではないようだが、男友達はあまり多くないようだ。彼女は話し続けた。
「もう遅いけど、実は関東に引っ越してきた時、四国でアイドルやっていたということは隠して高校生活を過ごすつもりだったんだよね」
「学校生活始まって1日目では、誰にもアイドルの事言われなかったから、良かった、知ってる人誰もいないんだねって思ったんだけど」
「偶然とはいえ、始まってから数日でバレるとは思わなかった。まだ他の人には言われてないけどね」
「本当に誰にも言わないでね、本当に他の人たちには打ち明けずにやっていくつもりだから」
僕は、わかった、と返信した。僕としても、誰にも知られていないアイドルと会話できているという優越感のようなものがあるので、人に話そうとは思わない。僕が話したところで、誰の利益にもならないだろう。ちょうど親が帰ってきたようなので、僕はラインを閉じた。
夜ご飯はカレーにするつもりらしい。僕は、ものすごく眠かったので、カレーができるまでベッドで寝ることにした。起きたら9時。僕は、お皿に米とカレーをもって、テレビのよくわからない番組を見ながら食べた。
そういえば、高校入ってからの部活を何にするか、全く考えていなかった。中学時代は将棋部に入っていた。運動系は全く得意ではないため、運動部だけは避けておきたい。特にやりたいことがあるわけでもないので、僕はまあ帰宅部でいいかと思っていた。
ラインで聞いてみたんだが、元アイドルの女子も、部活については特に考えてはいないようだった。彼女は、中学時代は軽音部をやっていたらしい。バンド活動には少し興味はあるが、中学時代の山村の様子を見ていると、どうも大変そうだな、という印象だ。僕は、ちょっと考えてみる、とだけ言っておいた。
僕は、深く考えずに、ゲームをちょっとだけやって眠りについた。
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