俺の名はザレック。
Aランク冒険者であり、“鋼壁”と呼ばれることもある重戦士だ。
自分から名乗った異名ではない。
壁役として戦い続けた結果、いつしか周囲が俺をそう呼んでいたのだ。
最初は邪魔なだけだったが今ではこの異名は俺の誇りだ。
決して壊れず、退かず、そして仲間を守り切る。
冒険者が選べるあらゆる職種の中で、重戦士は最も過酷な職種だろう。
だからこそ、俺はそれに自分のプライドを賭けている。
逃げることなどあってはならない。
自らの身命を賭して、俺は守るべきものを守るのだ。
そのために、自分が使う装備の点検と整備はいつだって欠かせない。
――クラン『千里飛翔の鷹』の地下工房。
地下はいい。鎚で強く叩いてもあまり音が響かない。
金属というものは存外に大きな音を出す。
下手に反響が起きればそれだけ耳障りというものだ。
俺はさらに幾度も鎚を振るって、仕上がったばかりの全身鎧を成型していく。
特注の鎧が防具屋から届いたのは、つい先日のことだった。
“大地の深淵”に行くたびに、俺が使っていた防具は破壊された。
この街に来てから、これが二度目の防具の新調となる。
そろそろ俺の財布も限界だ。
今は『千里飛翔の鷹』の一員となっている俺だが、正式加入ではない。
『千里飛翔の鷹』のボスであるアバランチとまだ顔を合わせていないからだ。
正確には、アバランチを含めた『鷹』の中枢メンバー達と、だ。
『第一編成』と呼ばれているこの中枢メンバーはウルラシオンにはいない。
依頼で、少し離れた街へと遠征している最中だ。
もうすぐ戻ってくるとのことだが、それはいつになることか。
『第一編成』はウルラシオンでも屈指のパーティーとして名を馳せている。
あの『エインフェル』が登場までは街一番のパーティーだったという。
構成している冒険者は皆Bランクだが、おそらくは全員隠れAランクだろう。
Aランクになれる実力を持ちながら、あえてBランクに留まる者。
それが隠れAランクだ。
Aランクにならない事情は様々だが、アバランチ達の場合は明快だった。
彼らは“英雄位”に興味がないのだ。
『千里飛翔の鷹』は野心溢れる者が多いクランだ。
その構成員の大半は冒険者としての栄達、つまりは“英雄位”を目指している。
だが、ボスであるアバランチは違うらしい。
俺も直接聞いたワケではないが、彼らは組織の拡大に腐心しているそうだ。
『鷹』の構成員をさらに増やして組織を大きくし、その手をさらに広げていく。
するとどうなるか。
街における『鷹』の影響力、発言力が高まり、『鷹』の地位が上がっていくことになる。
そうなれば、冒険者でありながら街の中枢にだって食い込めるだろう。
アバランチはどうやらかなり現実主義者のようだ。
その辺りは、あのヴァイスのガキとは違う。冒険者としてのタイプからして。
Cランクでは影響力が小さすぎる。
Aランクでは派手に動いたときに目立ちすぎる。
Bランクだ。
程々に影響力を持ち、程々に目立たず動けるBランクこそが丁度いい。
それを分かっているのなら、アバランチは相当なタマということになる。
会うのが少し楽しみだ。
と、そう思いながら盾の整備に入ろうとしたところで、
「ザレックさん!」
ドカドカと無遠慮な足音を立てて、数人が地下工房に入ってきた。
ウォーレンとその取り巻き達だった。
「見つけましたよ、ザレックさん!」
「ウォーレン。何だ」
やたら大声でわめきながら、ウォーレンは俺に近づいてきた。
「こんなところで何してるンですか! 行きましょうよ!」
「行く? どこにだ?」
「決まってるでしょう、あのグレイとかいうヤツのところですよ!」
ウォーレンの返答は俺が予想した通りのものだった。
しかし口からつばを飛ばすな。
整備を終えたばかりの俺の鎧をまた磨かなければならんだろうが。
「あいつ、ギルドからの重要依頼を達成したとかで、『エインフェル』のアジトを手に入れたんですよ? あそこは俺らの方が先に目をつけてたトコです! それをあんなポッと出共が横から掻っ攫いやがった! 許せますか? 許せるはずないですよね、ザレックさんも! いいかげん殺しましょうよ、あいつら!」
口汚い罵りを思う存分言い放ちながら、ウォーレンは壁を殴る。
地下なので音は響かないが、今はこいつの存在が目障りではあった。
ただ、ウォーレンの考えは取り巻き含めての共通認識らしい。
場にいる連中全員が、ウォーレンと同じ顔をしている。
あのくだらん回避盾男がそんなにも気に食わないということか。全く。
「やめておけ」
俺は一言、そう告げた。
「何でですか! 連中の中にBランクはいねぇんだ、俺達でやれますよ!」
その『俺達』の中には俺もしっかり数えられているのだろうな。
つまりこいつらは、自分達だけでは回避盾男とその仲間を潰せないことを分かっているのだ。その上で、俺を巻き込もうとしている。
いや、これは単に俺に頼りに来ているだけか。迷惑な話だ。
「無理だ。やめておけ」
だが俺は再度そう答える。
こいつらは全く分かっていない。自分達が、一体何を相手にしているのか。
だから俺はこいつらに現実を教えてやることにした。
「あちらには、ラン・ドラグがいる」
「……あの廃墟に来た黒ずくめの女ですか」
思い出しているのだろう。ウォーレンが忌々しげに拳を握り込んでいる。
「あんな女が、何だってんですか! 数で攻めれば――」
「おまえたちが無残な肉片になって終わるだけだぞ」
「……え?」
冷たく言う俺に、ウォーレンの声が勢いを失った。
いや、しかし俺もこいつの言い分の幾らかは理解できるのだ。
俺達は冒険者だ。
依頼人相手には何よりも信用が重要となる。
だが同じ冒険者相手ならば、それよりさらに面子が重んじられるのだ。
このままあの回避盾男をのさばらせておけば、『鷹』の面子に傷がつく。
冒険者界隈は熾烈な競争社会だ。
一つの瑕疵があっという間に広まって致命傷になることだってある。
しかし、それでも――
「ラン・ドラグには関わるな」
「何でですか!」
「あれは、“選ばれた者”だからだ」
「……は? 何ですか、そりゃ」
理解できなかったようで、ウォーレンが半笑いを浮かべた。
自分に賛同しない俺を、臆病者とでも思っているのだろうな、やれやれ。
「いいだろう」
俺は盾を磨く手を止めた。
ちょうど、抗魔剤の塗布が終わったところだ。
抗魔剤は防具表面の魔法抵抗力を高める薬品だ。重戦士の必需品である。
「椅子はその辺にあるから座れ。今から話してやる」
「何をですか?」
「無論、ラン・ドラグについてだ」
俺も『鷹』の一員になるのだから、教えておかねばなるまい。
いくら冒険者にとって面子が重要でも、例外は存在するのだということを。
世の中には、決して関わってはならない相手がいるのだということを。
「誰か、飲み物を持ってきてくれ。少し長くなる」
「あ、わ、分かりました」
まだ俺がこれからすることを分かりきっていない様子の一人が階段を上がった。
見れば、ウォーレン達は反抗することなく椅子に座っていた。
まだこいつらの中で、俺の面子は保たれているらしい。
ならば間に合うだろう。
俺は盾を壁に立てかけると、自分も椅子に座り直して腕を組んだ。
さて、どこから話を始めるべきか。
「――そう、今から二年と少し前のことだ」
俺は、俺の中にあるあの忌むべき記憶を脳裏に思い返した。
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