「声枯れた……」
「そりゃあんだけ泣けばなー」
十分くらい経ったかな。
俺はやっと気分的にも落ち着いていた。
いやー、泣いた。泣いた泣いた。一生×100回分くらい泣いたな!
泣きすぎて今ものどいってーし。辛ひ。
まぁ、しかし、本当に気分は落ち着いたかな。
そうだな。落ち着いた。落ち着いたから、ウン、死にてーです!
「ああああああああああ。ああああああああああああああ…………」
何だ、何だこのムズムズは。体がどうしようもなくムズムズカユカユする!
逃げたい。今、果てしなくこの場から逃げ出したい!
「クッヒッヒッヒッヒ、坊、そんなに気恥しいかえ?」
「はい」
ちょっと今、いつもの反骨精神を出してる余裕もないです。
あああああああああ、死にたい。死ねないなら隠れたい。引きこもりたい。
これか!
これが穴があったら入って埋まって葬られたいってやつか!
「バーカ、別にああいうときなら胸を貸すくらいいいのに」
「ランさん、あのね、そうじゃないの。そーゆーんじゃないの」
お胸の凶器も味わえなかったとは、どんだけギリギリだったのかな、俺。
でも胸を貸すのはOKっていう言質はとった。とったかんね!
「さて、では一つ尋ねておこうかの」
「もう何でも聞けよー、何でも答えるよー」
もう無理ッス。限界ッス。今なら何でも話しちゃうッス。
「『エインフェル』の連中は、どうなった」
「解散願いを出して、あとはギルドに全て任せる、だってよ」
ヴァイスは――
あいつは俺よりも少し先に生還符で地上に戻った。
それからのことは、俺は関知しない。
あいつを生還させるという依頼は果たした。そこから先は、知らない。
結局、ヴァイスとの決着はつけられなかった。
それでも、あいつはもう二度と俺に剣を向けることはない。そんな気がした。
「なぁ、ウル」
「何じゃね、坊」
「『エインフェル』は、どうなる」
俺は、ウルが俺にしたものと同じ問いをウルに投げた。
ヴァイスやクゥナの処遇はどうなるのか、俺は知っておかなきゃならない。
「『エインフェル』の解散願は間違いなく受理されるじゃろう。その上で、まずリオラという賢者は蘇生費用が支払われれば蘇生されるじゃろうな」
「そうか……」
ホッと安堵する。
この一件で最も辛い目にあったのがリオラだ。それを取り戻せるなら何よりだ。
蘇生費用については、ヴァイスがどうにかするだろう。多分。
「クゥナという盗賊は分からんな。ギルドからも厳重注意程度で済むじゃろう。『エインフェル』解散後はどうぞご自由に、というところじゃな」
「あのガキはいいです。あのクソガキはホントもういいです」
あんな子はもう助けてあげません!
「それで、リーダーのヴァイスについてじゃが」
「ああ」
「ランク剥奪の上、この街から追放されることになると思うぞぇ」
「……そうか」
ギルドの許可なく“大地の深淵”に入ったヴァイスには罰が下る。
それは、俺達ではどうしようもないことだ。
別に助けたいとは思わない。
事情はどうあれ、あいつは確かに罪を犯したのだ。だったら罰は必要だ。
「Fランクからの出直しじゃな」
「ま、それでもあの運命バカなら何とかやってくさ」
椅子に背をもたせ、俺は天井を見上げた。
何となく、リオラもヴァイスを追うんだろうなという確信があった。
クゥナ? 知らね。
「『エインフェル』についてはこんなところじゃの」
「ああ、そっか。ありがとよ……」
そっか。ヴァイスは街から追放、か。そっか……。
「何か思うところがあるっぽいな、グレイ」
「ん? ああ、因果なモンだなー、って思ってさ」
ことの始まりは、俺の『エインフェル』の追放だった。
そっから巡り巡って、俺は英雄と呼ばれ、あいつは追放されて、
「因果なモンさ、本当に……」
そして俺は、その一言を最後に『エインフェル』について考えるのをやめた。
俺の中でたった今、それは終わった話となった。
――さよならだ、『エインフェル』。
と、刹那の余韻に浸っていたそのとき、誰かがドアをノックする。
「大ばあ様、よろしいでしょうか」
扉の向こうから聞こえてきたのは、メルの声だった。
「メルかえ、構わんよ」
「失礼します」
ドアを開けて、丁寧にお辞儀をしてメルが部屋に入ってきた。
あ、お辞儀するところ何となくウルに似てる。やっぱ血縁なのなー。
「どうかしたかえ?」
「はい、そちらの――、ええと」
「ん? あー……」
俺は気づいた。
「そういえば俺達、まだパーティー名決めてないな」
「言われてみればそうだな」
「はいはーい! 『パニ様と下郎な手下共』がいいでーす!」
「ゲロ吐いて死ね」
「旦那、辛辣ゥ!?」
……うん、ちょっとだけ調子戻ってきたかもしれんね、俺。
「パーティー名は今度決めるわ。ンで、メルたんどしたの?」
「メルたんではありませんが、皆様のレベルが上がったことのご報告を」
あ、あーあー、そういう。そーゆーアレですかー。
ハイハイハイハイ、もはや毎度恒例のアレね。俺関係ないヤツね。
フフ、いいんですよ別に。
ええまぁ、俺も英雄の仲間入りしましたし?
レベルなんて上がらなくても別に? べーつーに、気にしないしー!
そもそも俺のおかげで他の連中のレベルが上がってるんだし?
それってつまり俺のレベルが上がってるっていえなくもないじゃん?
いやー、めでたい!
とにかくレベルが上がったのはめでたいことですなー!
誰が上がったか知らねーけどなー! 今度が誰が上がったんだろーなー!
別にグレイさん、ヤケっぱちじゃねーしー!
「おめでとうございます、皆様全員、レベルが上がっています」
「は?」
俺はぴたりと止まった。
「ランさん、パニさん、アムさん、グレイさんも、レベルが上がっています」
「は?」
…………は?
「やったなぁ、グレイ!」
「おう、何でぇこりゃ! いいこと尽くしじゃねぇかい!」
「や、やったぁ、よかったねぇ、グレイさん……」
……………………は?
何か、ランに肩を叩かれ、パニに背中を叩かれ、アムがおどおどしているけど。
え、あの、え? 上がった? 俺のレベル、が……?
「え、何かの間違い……」
「間違いではありません。グレイさんはレベル4になっています」
レベル4。
俺が、レベル4。
そうなんだ、七か月上がらなかった俺が、ここでレベル4になったかー。
んー、そうか。そうかー……。
「なぁ、ラン」
「どうした、グレイ?」
「嬉しい」
「うん! やったな!」
「嬉しすぎて、俺ちょっと気絶する」
「え」
「あとよろしく」
「ちょ」
何かみんなが騒ぎ始めたけど、ごめん。無理。処理限界超えました。
グレイ・メルタ、活動を停止します。
――|暗転《ダークアウト》。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日だよ!
気が付いたら翌日だったさ!
ギルドのウルの部屋に一晩お邪魔しちゃったっつーの!
フッカフカの最高級ベッド、クッソ気持ちよかったです! イェーイ!
あ、別に泊まったの俺だけじゃなくて俺達四人全員で泊まりました。
色っぽいこと? あると思う? 俺ずっと気絶してたのよ?
しっかし、俺がレベル4かぁ。
レベル4。
レベル4。
レベル4。
…………ヘヘヘ。
いかん、顔がまたニヤけてしまう。
しっかりしろ、俺。今日は『エインフェル』のハウスの引き渡しの日だぞ。
「うわぁ、こんな大きな家が僕達の拠点になるのか……」
現在、昼間。
ウルラシオンの中心部にほど近い住宅地にその拠点はあった。
ちょっと前まで『エインフェル』が使っていた、それはそれは大きな家だ。
もうね、豪邸といっても過言じゃねーワケですよ、コレが。
まぁ、俺としたら前に使ってたトコに戻ってきただけなんだけどさ。
でも今の俺は『エインフェル』じゃねーんだよなー。
何つーか、若干複雑なところはあるよなー。とかね。
「それにしてもせわしない引き渡しだったなぁ」
「ギルドとしてもこんないい物件、持ち腐れにしたくねーんだろ」
ランと話しながら、入り口の扉にギルドでもらった鍵を差し込もうとする。
すると、扉がギィと音を立てた。……あらん?
「え、扉が開いて、る?」
俺はいぶかしみつつも扉を引いてみた。
開いた。鍵回してないのに開いたんですけど、この扉!
「ンだァ? アタシらのヤサで盗み働こうなんざ何てふてぇヤツだ!」
パニが腕まくりして大声で怒鳴った。
そうだな!
借金あるクセに依頼報酬を博打につぎ込むのと同じくらいあかんな!
だが泥棒は見逃せない。とっ捕まえたる!
俺はランとうなずきあって、一斉にハウスの中に踏み込んだ。
「そこまでだぜ、コソ泥――」
「おかえりなさいませ、ご主人様なのよー!」
…………あァん?
ハウスの中に踏み込むと、そこに泥棒はいなかった。
いたのは泥棒ではなく、華やか笑顔なメイド服姿のクゥナだった。
何してんの、おまえ。
「ご主人様、今日も一日お疲れさまなのよー! ごはんにする? お風呂にする? それとも、た・た・ら・場?」
何が悲しくて製鉄せんとあかんねん。熱くて死ぬわ!
「クゥナ君」
「はいなのよ、ご主人様!」
俺は入り口の扉の方を指さした。
「GO HOME」
「待ってー! 待ってなのよー! お願いなのよー!」
「うるさい、知るか! ええい、こんなところにいられるか、おまえは帰れ!」
「そこはにーちゃんが帰るところなのよー!」
「俺の家はこーこーでーすー! おまえの家ちゃうわーい!」
「待ってー! クゥは行くあてがないのよー、ついでにお金もないのよー!」
ええい、すがりついてくるなうっとうしい!
そんなもんは因果応報! 自業自得! 自業自爆です!
「クゥがんばってメイドさんするからー! ここに置いてなのよー!」
「知らんわ! 炊事洗濯家事全般できるようになってから言え!」
「みゃあああああああああああああああああ!」
鳴いても知りません! 知りませんからね!
「ラン、おまえからも一言言ってやれ!」
「グレイ、おまえ、妹分にメイド服着させて悦に入る趣味があったのか……」
え。
「うわ、ちょっと旦那それはないわー、ドン引きだわー」
まっ!?
「…………グレイさん、ふ、不潔ですぅ」
ちょ……!?
「「「グレイ、さいてーだな」」」
「俺、立場ちょー弱ェェェェェェェェェェェェェェ!!?」
そうして今日も真昼のウルラシオンに俺の絶叫が響き渡る。
俺が救うことができた、この街に。
俺の名はグレイ・メルタ。
ウルラシオンの街に住む、最速無敵の天才重戦士だ!
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