俺はグレイ・メルタ、天才重戦士だった。
大陸最強のAランク冒険者パーティー『エインフェル』で壁役を担っていた。
でもでも全部、過去形だァァァァァァァァァァァァ!
「酒! 飲まずにはいられないっ!」
拠点にしている地方都市ウルラシオンの歓楽街。
そこにある小さな酒場で、俺は浴びるように酒を飲み続けていた。
「ちょっとマスター! 酒ー! エールとー! ワインとー! 蜂蜜酒とー!」
「待て待て待て待て、待て、グレイ。いくら何でもちゃんぽんしすぎだ」
なじみの客である俺を、店のマスターであるラングが止めてきた。
何さ、何で止めるのさ!
ちょっとパーティー脱退記念にヤケ酒してるだけじゃーん!
「そんなペースで飲んだら潰れるどころか死ぬぞおまえ! 酒強くねぇんだし!」
「うるせーなー! 天才重戦士だった俺なんだから酒になんか負けねぇよ!」
「お、言ったな? じゃあこれも飲めるか? ウチで一番強い酒だ!」
「おー! いいぜ出せよ! こちとら最速無敵の回避盾様だってんだよー!」
「ほいこれ」
カウンターの向こうからラングがジョッキを差し出す。
「ンだよ! 半分くらいしか入ってねぇじゃねぇか!」
「うるせぇ! これだけでも飲めたら大したモンってこった!」
「言いやがったな、上等じゃねぇか! このくらいな! こうやってなー!」
俺はジョッキを掴んで、そこに注がれている酒を一気にあおった。
あ、強。世界が回る。
「バタンキュ~……」
「ギャハハハハハハハハハ! ほら見ろ、やっぱり無理じゃねぇか!」
耐えきれずにカウンターに突っ伏す俺に、ラングが笑ってそう言った。
それにつられて、店の中にいた他の酔っ払い共も、揃ってけたたましく笑う。
「うう、うるせぇ。笑うな……」
耳の奥に、またあの三人の笑い声がよみがえってくる。
やめろ、やめろよ。
笑うんじゃねぇ。
俺をあざ笑うんじゃねぇ。やめろ。やめてくれ……。
酒を飲んでもこの辛酸は一向に薄まってくれない。
結局、酔っても気分が悪くなるばかり。俺の気分は晴れずじまいで、
「何じゃい、何事じゃい?」
知らない誰かの声が耳をかすめて、俺の意識はそのまま闇に落ちた。
…………。
…………。
…………。
「……あれ」
目を開けると、赤っ茶けた色の木の天井が見えた。
寝かせられている。多分、ベッドの上だ。
何だ、どうしてこんなところに寝てるんだ、俺。……っつか、ここどこだ?
「おう、目が覚めたかいのう、坊」
「ん、んん……?」
ベッド脇、声が聞こえる。
物言いは年寄りめいてるが、声自体はかなり高い、いや、幼い声だ。
何だ、どこかで聞き覚えのあるぞ、誰の声だ。
「クッヒッヒ、派手にブッ倒れたモンよの、おんし。なかなか見ものだったぞい」
ベッドから身を起こして、声がする方を見る。
そこには椅子に座っているチビっこい女がいた。
年齢は、高く見積もっても十代前半といったところ。
座っている椅子の方が大きく見えることからも、かなり小柄なことが伺える。
髪が長いな。やたら長い。
ミルク色めいた柔らかなプラチナブロンドがウェーブが床近くまで伸びていた。
着ているのは濃紺のブッカブカのローブで、とんがり帽子をかぶっている。
やや吊り上がり気味の大きな紺碧の瞳が印象的な、そんなチビっ子だが――
「クッヒッヒ、チビっ子で悪かったのう」
考えていることを見事に言い当てられて、ギクリとした。
「おんし、『エインフェル』のグレイじゃろ?」
「んぐっ……!」
さらに名前まで言い当てられれば、声だって出てしまうというものだ。
そして俺の中でこのチビに対する警戒度が一気に跳ね上がった。
「そう警戒するでないわ。わしァ、倒れたおんしを診てやってたんじゃぞ」
「――ここは?」
「何じゃ、覚えとらんのか? 火酒をあおって潰れたんじゃよ、おんし」
「あ、ああ……」
言われて、だんだんと思い出してきた。
そうだ。冒険者ギルドを飛び出して、ラングの店でヤケ酒して、それで……、
「痛ッ!」
思い出している最中、走った頭痛に俺は顔をしかめた。
いつの間に用意していたのか、チビが水の入ったコップを差し出してくる。
「まぁ、これでも飲め。魔法で冷やしてあるぞい」
「う、ありがとよ……」
受け取ると、うぉ、本当にキンッキンに冷えてやがるな。
手に感じられる冷たさに、俺ののどがゴクリと鳴った。
気が付けば、俺はチビの前であることも忘れて水を一気に飲み干していた。
「ぅ、っふ! ゲホ! ケホッ!」
勢い余ってむせてしまう。
身を折り曲げて何度もせき込む俺の背中を、チビが小さな手でさすってきた。
「急いても仕方がなかろうに。別に水は逃げやせんよ」
「う、わ、悪ィ……」
それからまた数度せき込み、やっと呼吸が整ってきた。
同時に、俺の気分もそれなりに落ち着いた。二度ばかり、深呼吸をする。
「それで、Aランク冒険者パーティーのメンバーに何があったんじゃね?」
絶妙のタイミングで、チビが俺に尋ねてきた。
ああ、本来であればそんなこと、きかれたって答えるはずがない。
ちょっと世話になっていても、俺とこいつは初対面だ。
だが――
「もう、Aランクパーティーのメンバーじゃねぇよ」
俺の口はしっかりと答えていた。
自分一人で抱えきるには、それはあまりにも重すぎた。
誰でもいいから、自分以外の人間に吐き出してしまいたかったのだ。
一度口を開くともう止めることはできなかった。
ついさっきあったこと。
自分が『エインフェル』から追放されたこと。
その経緯と、仲間だった三人に対する罵倒を含めた思いの丈を、
「俺は、俺はクズじゃねぇ……。俺は寄生虫じゃねぇ! 俺は……!」
そんなことしたって無意味なのに、俺はあますところなくチビに訴えていた。
のどが奥から痛くなるまで、喋り疲れて声が出なくなるまで、ずっと。
そして、
「何言ってるんだろうなぁ、俺……」
やっと我に返った俺は、天井を見上げていた。
見ず知らずの相手に言いたいことを言いまくってしまった。
それに対する羞恥が今頃遅れてやってくる。
ダメだ、顔どころか全身が熱い。バカか、バカなのか俺は。
呆れられるか、それともまた笑われるのか。
ああ、クソ。
今さら過ぎる後悔に頭を抱えたくなった。
「ふむ、なるほどのう……」
しかし、チビは口元に手を当てて、何かを考え込んでいた。
あれ?
俺が思ってた反応と違う……。
「それは何とも、不思議な話よの」
顔を上げて、チビは俺を見る。
「『エインフェル』といえば大陸史上最速でAランクに認定されたパーティーとして知られておるが、坊よ、おんしはまた別の意味で異常じゃ。一年かけてレベル3とは」
「待てよ、待ってくれ」
さらに考えこもうとするチビに、俺は制止をかけた。
「信じるのか……? 信じてくれるのか、俺の話……」
「ん? 何ゆえそのようなことを問う?」
チビは目をパチクリとしばたたかせた。
「おんしは嘘をついておったのか?」
「そんなワケねぇだろ!」
「じゃろうなぁ。おんしの言い方は自身の怠惰を隠すための言い訳ではない。自分の中の本当をどうにか伝えたいという、不器用ながらも必死な訴えじゃった」
「……ああ」
「ゆえ、わしはおんしの言葉を信じるとも」
チビが柔らかく笑いかけてくれた。
俺はそれを、ただ見つめる。
あ、ヤバイ。
「お? 何じゃ、感激しちゃいおったか? 泣いちゃいそうか?」
「う、るっせ! 見ンな! こっち見ンじゃねぇ!」
チビから顔を背けて、俺は目元を急いで拭った。
クッソ、俺は泣いてねぇ。泣いてねぇけど、鼻の奥にツーンと来やがる……!
「フフ……」
「わーらーうーな!」
俺は叫ぶが、しかし、チビの笑い声は不思議と不快ではなかった。
「はぁ……」
俺は息をつく。
何も考えずに叫んだりしたからか、気分は落ち着いていた。
吐き出すこともできて、腹の中身も幾分軽くなっている。
「さて、坊よ。おんしのレベルがクッッッッッソ低い理由じゃがの」
「そこ強調する必要あるか? ……んで、ああ。どうぞ」
チビが一つの推測を口にした。
「原因、加護じゃろ?」
「……やっぱそう思うかー」
――加護。
それは冒険者が“力あるもの”から授かることができるもの。
“力あるもの”とは総称であり、精霊であったり、神であったり、魔物であったり、元は人でありながら死後に昇華した英霊であったりと、まぁ様々だ。
人は冒険者になるとき、洗礼というものを受けることで加護を授かる。
この洗礼ってのが重要で、受けないとレベルが上がらないしスキルも覚えない。
一般人と冒険者を明確に区別するための儀式が、洗礼なのだ。
そして、洗礼を受けた冒険者は必ず何らかの加護を得る。
加護が与える影響は、これもやはり様々だ。
ただ、どんな存在が自分に加護を授けてくれるのか。
それは洗礼を受けてみないと分からない。一種のギャンブルという見方もできる。
「加護、やっぱそれかぁ」
「レベルが上がるのが遅くなる加護など、聞いたこともないがのう」
「俺だって聞いたことねぇよ……」
加護ってのは本当に様々だ。
しかしそのほとんどが冒険者当人にとってプラスに働くものばかり。
そりゃあそうだ、そうでなきゃ加護なんて呼べるはずがない。
マイナスに働く加護なんざ、呪いと何も違わないし。
俺が授かってる加護は俺にとってモロにマイナスに働いてるっぽいけどな!
「ま、とりあえずおんし、どんな加護を授かったか話してみるがよいぞ」
「ああ? 話して何とかなるモンか?」
「“力あるもの”の種類は無数に及ぶ。普通の人間では分からんじゃろな」
「分かンねぇんじゃん」
「普通の人間では、と言ったぞ?」
言われて、そこでようやく俺は気づいた。
「そういえば、おまえ何者だ? 名前聞いてなかったな」
「や~っとか、こわっぱめ。クッヒッヒ、聞いて驚くがよいぞ」
「いいからはよ名乗れ」
俺が急かすと、チビはとんがり帽子を抜いて恭しく一礼してきた。
「わしはウル。このウルラシオンの街のオーナーをしておる」
「ぶぼっ」
思わず、俺は噴き出していた。
「う、ウル……? 大賢者ウル!!?」
「そーそー、そのウル。クッヒッヒ、驚いた? 驚いたかえ?」
ウルと名乗ったチビがコロコロ笑って言ってきた。
驚くわ。
そりゃ驚くわ!
このウルラシオンの街の名の由来にもなってる、伝説の大冒険者じゃねぇか!
噂じゃ千年近く生きてるって話だけど、まさかこんなチビが……?
「そーそー、こんなチビが伝説の大賢者様なのじゃよ。クッヒッヒ」
「おまえ、俺の心読みやがったのか!?」
「いんや? 顔に書いてあるぞえ」
分かりやすくて悪かったな!
昔からモロ顔に出る性格なんだよ、チッキショー!
「さて、これでよいじゃろ。おんしはわしの名を知ったワケじゃな」
「ま、まぁ、そうなるけど……」
「これで晴れてお互い顔見知りになったところで、話の続きといこうかの」
話の続き。
俺が授かった加護かー……。
「単刀直入に問うが、おんし、どんな加護を授かっておるんじゃ」
「それなー、俺の加護なー……」
問われて、俺はついつい遠くを見てしまう。
「何じゃ、何か言いにくいことでもあるのかの」
「いや、実は、何の加護なのか俺もよく分かってないんだよ……」
「ほえ?」
初めて、ウルがきょとんとした顔を見せた。
見た目相応の幼女っぽい顔。素はもしかしてこっちだろうか。可愛い。
だが、ああ、逃げてても仕方ないよなぁ……。
「俺に加護を授けた“力あるもの”の名前と、一つだけ覚えたスキルの名前は分かる。でも分かってるのはそれだけなんだよ……」
「他は何も?」
「なーんにも分かってねぇよ」
俺は肩をすくめる。
「ふむ、とにかく聞いてみないことにゃ始まらんの。坊よ。教えてたもれ」
「俺が加護を授かった“力あるもの”の名前は、“はぐれもの”だ」
「ぶぼっ」
その名前を聞いた途端、ウルがさっきの俺みたいに噴き出した。
え、何?
「は、は、“はぐれもの”じゃと――――!?」
「な、何? 何だよその反応は!?」
「……スキル」
「え? は?」
「スキルの名も教えんか!」
その名を教えてから、ウルの様子が一変していた。
何か、どうしようもなく慌てているような、驚いているような、何だよ一体。
ワケわかんねぇ。
思いながら、俺は自分が持つたった一つのスキルの名を教えた。
「“はぐれの恵み”。それがスキルの名前だよ」
まぁこれも、どんなスキルなのか一切分かってないんですけどね。
いやー、すげーな。よく一年も冒険者できたな、俺……。
と、自分のことながらどこか他人事のように思っていると、
「……プッ」
何かが聞こえた。
「ッハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!」
それは、ヴァイス達よりもはるかに盛大でド派手な、大賢者の笑い声だった。
ウルは椅子から落ちて、腹を抱えながら床を転がり回る。
俺は唖然としながら、文字通り抱腹絶倒しているウルを見下ろした。
「何がそんなにおかしいんだよ!」
「これが笑わずにいられるか、たわけェ!」
「いってぇ!?」
いきなりウルに後頭部をはたかれた。
痛ェ! 思いのほか痛ェ!
「まぁぁぁぁぁぁぁぁったく! このヘタレめが! 情けないのぉ、おんし!」
「うるせぇ! 天才はえてしてガラスのように繊細なんだよ!」
「はぁ~~~~、笑わしよる笑わしよる」
「だから何だってんだよ!」
いいかげんいきり立った俺がウルの胸ぐらを掴み上げようとする。
すると、ウルがさらに大きく笑いながら告げてきた。
「おんしの加護な、それ、世界最高の加護じゃから」
……世界最高の、何て?
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