最強パーティーを追放された貧弱無敵の重戦士は、戦わないで英雄になるようです

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第16話 天才重戦士、巻き込まれる

公開日時: 2020年9月10日(木) 16:47
文字数:3,879

「おめでとうございます、レベルが上がっています」

「「は?」」


 冒険者ギルドでのことである。

 アムが作成した遺跡の地図をギルドに納入したあとで受付のメルに言われた。


「レベルアップ、レベルアップ! ついに俺がレベルアップしたのか!」

「いえ、グレイさんはレベル3のままです」


 ガッデム!!!!


「レベルアップしたのはパニさんとアムさんのお二人ですね」

「オイオイ、そいつァマジかい、メルたんのお嬢」

「メルたんのお嬢ではありませんが、上がっていますね」

「うわぁ、パニちゃん、やったねぇ……!」


 驚くパニと、喜びに表情を輝かせるアム。

 嬉しそうだなー、楽しそうだなー、よかったなー。本当によかったなー。


「な、なぁ……、そんな隅っこで床にのの字書いてないでこっち来いよ、な?」

「あ、何スか? レベル40のランの姐御……、レベル3の俺なんか……」

「そんな卑屈になるなって! 今回は僕も上がってないから! な! だろ!」


 そうだ。そういえばそうじゃないか。

 俺だけじゃない。今回はランだってレベルが上がってない。


 苦しいのは俺だけじゃない。

 悲しいのは俺だけじゃない。

 俺だけじゃない!

 たったそれだけのことで、世界には希望の光が満ち溢れて、


「あ、申し訳ありません。ラン・ドラグ様、レベル41に上がってました」

「本当!? やったー!」

「…………」


 神は死んだ。

 いや、元々この世界に神なんていやしなかったんだ。

 いるのは悪魔だ。そしてあるのは絶望だけだ。


 俺は喜ぶ三人に告げる。


「ランさん、パニさん、アムさん、これから仲良くやってってください」

「「「ちょ」」」

「俺はダメです。俺はもう心が折れました。これからは森でひっそり暮らします」

「「「待って待って待って!?」」」

「そうだ、森で壺や皿を作ろう。そしてそれを割りながら暮らそう……」

「「「エセ芸術家ごっこに逃げるなー!!?」」」


 うるせぇ!

 おまえらには俺の気持ちなんて分からないんだ!

 もうそろそろ七か月を超えてレベルが上がらない俺の気持ちなんて――!


「いいかげんにして欲しいのよ!」


 そのときだった。

 受付ロビー入口の方から切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある、どころかめっちゃ馴染みのある声だった。


「あれは、『エインフェル』の……」


 ランがそっちを向いて言う。

 俺は別に向いちゃいないけど、見るまでもないっつーか。


「オイ、待てよ! 待てって言ってるだろ!」

「しつっこいのよ! いつまでも付きまとわないでほしいのよ!」


 入り口の扉を開けて、入ってきたのは女が一人、男が数人。

 女の方は、やはりクゥナだった。

 Aランクパーティー『エインフェル』所属の盗賊で、俺の幼馴染の一人だ。


 男達の方は、一応見覚えはあった。

 とはいっても別に顔見知りじゃない。ギルドで幾度か見かけた程度だ。

 確か、Bランクの冒険者じゃないっけか、全員。


「『エインフェル』はどう責任を取るつもりなんだ! オイ!」

「そんなこと、クゥにきかれたって知らないのよー!」


 ロビーには俺達以外にも職員や冒険者が多くいた。

 しかしそんなことに構わずに、クゥナと男達は大声で言い合いを演じている。

 随分と空気が悪い。一体、何事だありゃあ。


「よぉ、メルたん。一体――」

「よすんじゃ、坊」


 俺を制する声があった。

 見れば、いつのまにか俺の足元近くにちょこんと立っているとんがり帽子のチビ。


「ウル……」


 そこにいたのは、ウルラシオンの大賢者ウルだった。


「おう、御師匠じゃねぇかい! おっひさー!」

「クッヒッヒッヒ、パニかぇ。久しいのう。そうかぇ、坊と組んだか」

「ああ、おかげさんでな。しっかり働かせてもらうぜ」

「そうかぇそうかぇ。こりゃよかったわい」

「やい、チビロリ。久々に登場したところに何だけどよ、あれ、何よ」


 話し始めたパニとウルに割って入り、俺はクゥナの方を見る。


「なぁに、大したことじゃありゃせんよ」

「いいから話せ。何があったんだよ」

「おんしが知ってもいい気分がするものではないぞぇ」

「いいから」


 俺は退かない。

 すると、ウルは小さく息をついて俺達にことのなりゆきを話してくれた。


 『エインフェル』による“大地の深淵”攻略の失敗。

 そしてBランク冒険者を仲間に入れての再度の攻略挑戦と、三度目の失敗。


 ヴァイス達は何とか帰還したが、壁役として連れて行ったBランク冒険者達は全滅し、そのうち二人が蘇生資格を取得していなかった。

 今、クゥナに絡んでいるのは蘇生できなかった二人の仲間達らしい。

 つまりはそんな話だった。


「……バカかよ」


 聞き終えて、パニが呟いた。

 それが誰に対しての言葉なのかは、聞かない方がよさそうだ。


 アムとランは、特に何も言うことなく言い合うクゥナ達を見つめた。

 その視線には冷ややかなものが混じっていた。


「そら、坊には関係なかろ?」

「まぁな」


 俺は気のない返事をした。

 そうだな、今さら『エインフェル』の事情なんざ知ったコトじゃねぇ。

 俺にはもう新しい仲間ができた。きっと信じられる、俺を信じてくれる仲間が。


「行こうよ、グレイ」


 メルから報酬を受け取ったランが俺に促す。

 アムも、パニも、俺を見ていた。さっさと行こうと、その目が言っている。


「ああ――」


 うなずいて俺は歩き出そうとした。


「グレイにーちゃん!」


 だが刹那早く、クゥナが俺を呼ぶ声がした。

 気づかれちまったか。


「にーちゃん、グレイにーちゃん! 助けてほしいのよ!」


 ロビーをザワつかせている当事者が、足早に俺へと駆け寄ってくる。

 当然、そうすると周りの目も俺達へと向けられるワケで、


「構うな、グレイの旦那。行くぜ」

「そうだよぉ……」


 パニもアムも、揃ってランのように言ってきた。

 当然、俺もそのつもりだ。改めて歩き出そうとする。だが――


「待って、待ってったら!」


 クゥナは必死に叫びながら、俺の腕に縋りついてきた。

 その声には余裕がなく、顔はもう泣きそうだ。明らかに切羽詰まっている。


 ああ、クゥナはこんなヤツだったな。

 一人じゃそんなにイキがれない、頼れるものがないと弱いんだ、こいつ。


「…………」


 俺は踏み出そうとした足を戻した。

 先に歩き出していたラン達が歩みを止めて、こっちに振り返る。


「グレイ」

「そんなこと言わないでなのよ、グレイにーちゃん助けてなのよ!」


 咎めるように言うランに、クゥナはさらに必死になった。

 そこへ、Bランクの男達が近寄ってきた。


「何だ、あんた。そこの女の仲間か」


 男達のリーダーらしい若い戦士が厳しい物言いで訊いてくる。

 やってきたのは三人。戦士に、魔術師に、狩人か。


「仲間なのか?」


 再度、尋ねられた。

 おうおう、こりゃあかなりキてらっしゃるねぇ。目が血走ってんじゃん。

 ああ、こんなの相手にしてられねぇわ。


「いや、知らないね」


 俺は軽く肩をすくめ、クゥナの手を強引に振り払った。


「あ……」


 クゥナは目を見開き、一声漏らした。その声は絶望に染まっていた。

 だが自業自得だ。俺は、あの日の笑い声を忘れていない。


「ラン、今そっち行くからよ」

「ああ」


 俺は歩き出す。

 背中に突き刺さるクゥナの視線をしっかりと感じながら。


「待って……」


 弱々しい声が耳に届いた。


「オイ、こっちを向けよ。どっち見てんだ! 『エインフェル』!」

「そうだ、話はまだ終わっちゃいないぞ!」


 戦士が、魔術師が、クゥナを囲んで怒鳴り散らす。

 目に余るようならば、ギルド職員が介入するだろう。俺には関係ない。


「待ってよ……、待ってなのよ、グレイにーちゃん……」

「話を聞いてるのか! オイ!」


 うつろにつぶやくクゥナの声は、しかし戦士の叫びにかき消される。

 俺はラン達と共にギルド入り口まで歩いた。

 そうだよ、関係ない。このままギルドを出て、今日の依頼の打ち上げ会だ。


「にーちゃん……! グレイにーちゃァん!」


 さて、打ち上げ会はどこでするかな。

 “のんだくれドラゴン亭”にもう行けないのが痛すぎるよなぁ。

 ここはアレか、ラングの店にでもくり出して――


「助けて! グレイにーちゃん!」


 ――――。


 ロビーを出る直前で、俺は立ち止まった。

 ラン達三人が俺の方を再び振り返る。彼女達は問うような視線を投げていた。


「……悪ィ、みんな」

「いいよ。皆まで言うな」


 ランが小さく苦笑した。


「あんたも損な性分だよ。ま、行ってきな、グレイの旦那」

「わ、私も反対は、し、しないから……」


 ああ、チクショウ。

 言うまでもなく分かってたってか?

 ドチクショウめ。


「行ってくるわ」

「ああ」


 俺は踵を返し、大股で再びロビーの奥へと歩いて行った。

 クゥナは、まだ三人に囲まれていた。

 空気はいよいよ張りつめて、職員もそろそろ介入しそうな雰囲気だった。


「よぉ、ちょっといいかい」


 俺はリーダーとおぼしき戦士の肩をグッと掴んで無理やりこっちを向かせる。

 そこにあるのは憤怒の形相。

 こいつ、そんな顔でクゥナと相対してやがったのか。


「グレイにーちゃん!」


 泣きかけていたクゥナが一転、表情を明るいものに変えて俺を見た。

 おうおう、現金なこって。


「何だァ、あんた、やっぱこいつのお仲間なのかい?」


 一方でこっちはブチギレ寸前ってツラだな。

 こいつだけじゃない。他の二人も同様だ。スゲー、俺めっちゃガン飛ばされとる。


「何しに来たんだって聞いてんだよ! あんたも『エインフェル』なのか!」


 ついにこっちにまで怒鳴り始めた戦士に向かって、俺はため息を一つ。

 冗談でも、そんな扱いはされたかないんだがね。


「俺は『エインフェル』じゃねーよ」

「だったら、何モンだ!」

「ただの『エインフェル』を追放されたそいつの兄貴分だよ」


 凄んでくる戦士に、俺はそう答えてやった。


「おんし、ほんに不器用じゃのぉ……」


 聞こえた千年妖怪の声に、俺は「ですよねー」、と内心でひとりごちた。

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