“無辜なる砂漠”にも、風は吹く。
それは、俺達が地上で感じるものと何も変わらない。
ならば俺は、今この身に浴びる風を、どう感じているのだろうか。
冷たくはなく、ぬるくもなく、強くもなく、弱くもなく。
この風の中に、俺は何を見ようとしているのだろうか。
な~んて、そんな詩人めいた現実逃避をしてみたり。
「一つ、聞かせろや。ヴァイス」
「何だい、グレイ」
「どうしてその女を殺した」
「…………」
「もう完全に追い詰めてた。俺達が始末すれば、それで済む話だった」
俺は地面に伏している首と片腕のない死体を見る。
乗っ取られたまま、死んだリオラ。
文句の一つも言いたかった。謝罪の一つもさせたかった。
だが叶わぬままに、結局こいつは死んじまった。
「『エインフェル』は解散する」
「……何?」
いきなり、ヴァイスがそんなことを言い出した。
「地上に戻ったら、僕はすぐにギルドに赴いて解散願を出そう」
「おまえ、待て。それは……」
「僕達が今回したことを考えれば、解散願はすぐに受理されるだろう」
「待てって、ヴァイス」
「そのあとのことは、僕は知らない。そこまでは関知しない」
「オイ!」
「そう、例えば蘇生資格の停止が解除されても、僕の知ったことじゃない」
こいつ。そういうことかよ。
「何だっけ。資格停止の対象何たらだっけ、パニさん」
「資格停止の対象範囲の限定化のことだよね! 蘇生資格の停止はパーティー単位だけど、解散すればそうじゃなくなるの。だから、解散したら審査はしないといけなくなるけど、資格停止の対象はパーティーを作った人だけになるんだよ♪」
魔法少女姿のままで解説してくれるパニ。うーん、違和感!
「その場合、リオラは?」
「審査パスすりゃ蘇生されるだろうぜ」
魔法少女からいつもの軽装姿に戻って解説してくれるパニ。いつ戻ったの!!?
ともかく、パニの答えを聞いてヴァイスは小さく笑った。
「“魔黒兵団”は滅びた。蘇生すれば、今度こそリオラが戻ってくるだろう」
「理屈は分かったけどよ、何でおまえが殺した。その理由にはなんねぇぞ」
「だって、君に殺せたのか、グレイ?」
ああ? 何を言いやがる?
「君の甘さが筋金入りなのは、僕だってよく知ってる。リオラの姿をしているというだけで、君は本心では殺すのを躊躇っていたはずだ。違うかい?」
「ちょっとそこのおまえ、うるさいよ?」
「ハ、ハッハッハ。否定はしておけよ、そこくらいは。なぁ、君達」
言って、ヴァイスはラン達の方へ目を移した。
「例えば君達がこの女を殺しても、きっとグレイは気に病んでいたぞ」
「分かっているさ、そのくらいは」
「ギャハハハハハハ! 見透かされてンねぇ、旦那ってばよぉ!」
待ちたまえ。
どうして諸君らはそんなに通じ合っているのかね? ねぇ? ねぇ?
「バカ言ってんじゃねぇよ。俺は仕事に徹するプロフェッショナルだぜ?」
「「「「…………」」」」
「例えヴァイスの言う通り甘い性格だとしても、気に病むなんてしねぇよ」
「「「「…………」」」」
「だから別にヴァイスが『兵団長』を殺す必要なんてなかったしな」
「「「「…………」」」」
「そう、だから――」
「「「「…………」」」」
「だから四人して俺を生ぬるい目で見るのやめろよ!!?」
何でヴァイスまで混じってんのよ!
何でランもパニもアムも半笑いなのよ!?
何で俺が変なこと言ったみたいな空気になってるのよ!!?
「グレイ」
「ンだよヴァイス、やるかこのヤロウ!」
「もし君の仲間が『兵団長』を始末していたら――」
「おう」
「『自分が殺していれば、こいつらの手を汚させずに済んだのに』と思うだろ」
「…………ソ、ソンナコトナイッスヨ」
「あ、見て見て、目が泳いだよ」
「そんなんだから普段から心読まれっちまうんだぜ、旦那ァ~?」
ランもパニもどっちの仲間なんですか!
っていうか、何でヴァイスと君らがちょっと仲良くなってるんですか!?
「おまえなー! ヴァイスなー! ウチの仲間はウチの子なんですよ!」
「何だ、もう三人とも手をつけたのか。手が早いな」
「ちがッッッッ!? ち、ちっげーし! そういうんじゃないしー!」
何、こいつ一体何言ってるの?
その発想どういうことなの? Aランク冒険者ってみんなこうなの!?
ふ、不潔よ!!!!
「ないない。そんな根性ねぇよ、こいつまだどーてーだしな」
「パニさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!?」
何故俺は決戦を終えたあとにこんな生き恥を味わっているのだろうか。
理不尽! なんという理不尽!
これはグレイさん、泣いても知りませんよ!
「フフ……、さて」
ヴァイスは笑いながら剣を鋭く振るう。
刃にべったりと付着していた血はそれで飛び散って、刃は鈍色を取り戻す。
「戯れは十分だ。空気ももう入れ替わった。そろそろ始めようか」
「何でも自分のペースで進めようとするの、ホント変わんねーのな……」
さすがにこれは俺もげんなりするよ?
こんだけ騒いで、いきなりそれかよって思うよね。大体さ、
「おまえが俺と戦う理由、あんの?」
過去の自分にケジメをつけるために――とか、
これまでの思い出を清算するために――とか、
そういうのに付き合わされるのは本ッ気で勘弁なんですけど?
「もちろん、くだらない感傷じゃない理由があるとも」
言うと、ヴァイスの顔つきが一気に険しくなる。
殺気? しかも、本気のかよ!
「グレイ・メルタ。“魔黒兵団”が欲しがった君の経験値を僕にくれ」
「……おまえ」
それが理由だってのか、オイ。
「天才からなる最強パーティーは僕達の思い上がり、空想に近い虚構に過ぎなかった。それは認めよう。だから『エインフェル』は解散する。しかし――!」
殺気が強まった。
先ほどまでの態度はどこへやら、それ以前の廃人めいた雰囲気も消えている。
そこに立っているのは間違いなく最強と呼ばれた冒険者ヴァイスだ。
「依然として僕の運命は変わらない! 僕は“英雄位”を経て、そしてやがてはこの国の王へと至る! そのためにグレイ、君を僕の糧にする!」
「どうしてもかよ……」
「僕の考えは変わらない。実力だ。実力さえあればいいんだ。実績も実像も、そんなものは圧倒的な実力がありさえすればどうとでもなる! そしてグレイ。君と同行するだけで常人の四倍の速度で成長できるのならば、殺せばもっと莫大な経験値が手に入るはずだ! もっと直接的に実力を得られるはずだ!」
剣の切っ先は、俺へと向けられていた。
朗々と語られるその言葉は、今までになく熱意が込められたものだと思えた。
考えるまでもなく、ヴァイスの本気が肌で感じられる。
「僕のために死ね、グレイ。君を超えて、僕は王になる」
「……あの景色を追いかけて、か」
こいつの芯のブレなさと漲る殺気。
その源を俺は指摘する。
かつて、俺達の故郷はモンスターに滅ぼされた。
生き残ったのは『エインフェル』の初期メンバーだった四人だけ。
助けてくれたのは、当時、大陸に名を馳せていたAランク冒険者だった。
命の恩人であり、冒険者を志すきっかけになった彼。
百年ぶりに“英雄位”に至るだろうと目されながらも、なれなかった男。
今はこの国を治める彼の名は“冒険王”ノアル。
俺とヴァイスにとっては、全ての始まりとも呼べる人だった。
「僕はノアル陛下の後を継ぐ。いや、彼を超える。彼がなれなかった“英雄位”になることで、冒険者としてのノアル陛下を超えるんだ!」
「そりゃ大した夢だ、叶わないって現実が目の前にあるのは残酷だけどな」
剣を向けるヴァイスに対し、俺は小型盾を構えた。
ここまで休めたおかげで、体力は多少なりとも回復した。何とかイケる。
「腰のショートソードは使わないのかい、グレイ」
「俺は壁役だ。これが俺の戦い方だっつーの」
俺は俺のスタイルで、おまえに現実教えてやるよ。
ヴァイスの放つ殺気を全身で受け止めて、あえて俺は笑ってやった。
こいつの攻撃は俺には当たらない。
王位級の加護であろうとも、“はぐれの恵み”には抗えないはずだ。
ヴァイス自身、それを分かっているはずだろうに。
それでもこいつは頑として俺と戦おうとするのだろうなぁ、と、俺は思う。
全く、俺もそうだけど、こいつも大概不器用だわ。
「いいぜ、ヴァイス。最速無敵の天才重戦士の華麗な回避を見せてやる」
「“魔黒兵団”相手にいつも通りに泣きながら逃げてたよな」
「おまえそれ言っちゃう……?」
よりによってこの場面で言っちゃうの?
空気を読むという言葉を知らないのかな君は。天然さんだったっけ?
「そう、君は結局いつものままだ。さっき君は僕が変わらないと言ったが、君こそ何も変わらない。損得よりも金銭よりも、幼馴染だからという理由で『エインフェル』に在籍していた、相変わらずの君だ」
「だったらどうだってのよ」
「僕は君のそういう馴れ馴れしいところが大嫌いでね――」
「へぇ」
「それを思い出したから、思う存分この剣を振れそうだ」
「ああ、そうッスか」
どうせ、このやり取りがなくても本気で斬りかかってくるクセに。
俺は盾を構えたまま、小さく腰を落とした。
話している最中にもヴァイスの殺気はさらに強くなってきている。
もう、いつ駆け出してもおかしくはない。
極限まで張り詰めた空気が、チリチリと俺の肌を刺激してくる。
来ればいいさ、ヴァイス。
それがおまえの選択ならば俺は全て受け止めきってやる。
その上で、俺は生き残るけどな。
おまえの糧になんぞなってやらんけどな。
さぁ、俺とおまえの因縁に決着をつけようじゃねぇか!
「――グレイ」
だが今まさにというタイミングで、後方に控えていたランが声をかけてきた。
おっと、そうだったな。おまえらのこと、忘れてたワケじゃねぇけど。
「悪いな、ラン。それにパニさん達も。ここだけは俺一人にやらせてくれ」
おまえらには見届けて欲しいんだ。
この因縁の決着と、俺の本当の戦いってヤツを。
「違う」
ん? 違う? 何がだ?
「暴走しそう」
「え?」
え?
振り向くと、顔を真っ赤にしたランが、体をプルプルさせていた。
あ、俺これ知ってる。
トイレを我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して、そして我慢して、さらに我慢して、果てまで我慢して、でも限界来ちゃったときの顔だ。
…………あかんやん!
「も、もうちょっとだけ我慢できませんかね?」
おそるおそる、俺はお願いしてみた。
今、すっっっごい大事なシーンなんですよ? だから、ね? 我慢しよ?
「う、うん。分かってるんだ。僕も我慢しようとしてるんだけど……」
「もうちょっと、もうちょっとだけ! 耐えて! お願い! お願いします!」
俺は恥とかかなぐり捨ててランに向かって土下座した。
もうちょっと、あとちょっとだけなんだよォォォォォォォォォォ!
「分かってる。分かってるから早くして! 早く終わらせてくれ!」
真っ赤な顔で訴えてくるラン。
あああああああ、体のプルプルがブルブルになり始めてるゥゥゥゥ!?
クッソ、パニさん達はどこだよ! 何とかなんねぇのかよ!
「って、あいつらいねぇ! 逃げやがったな!!?」
二人いたところには握り潰された生還符が。
道理でさっきから静かだと思ったよ、チキショー!
「何してんのォ……、早く、早く終わらせてってばぁ……!」
「うひぃ! イエス・マム!」
かすれた声で叫ぶランに敬礼すると、俺は早速ヴァイスに向き直った。
「オラオラ、ヴァイスかかってこいや! そしてできれば一分以内で終わろう! な! そうしよう! それがいい! だからさっさと来いよぉ!」
「あの、グレイ。そちらの彼女は、大丈夫なのか……?」
「うるせぇ! 今はそんなジェントルメンを発揮してる場合じゃないの!」
あ、やっべ。
ランの「ハァ、ハァ……」っていう荒く濡れた息遣いが聞こえてくる。
チクショウ、エロい。エロいなぁ~……。
うおお、やめろ俺!
そういう安易な現実逃避はのちの災禍に繋がるぞォォォォォォォ!
「なぁ、グレイ。僕のことより、先に彼女を――」
「いらねぇ! 今そういうのホントいらねぇ! とっととタイマンすんぞ!」
俺は悲鳴をあげる。
来いよ、いいから来いよ! さっさと決着つけるんだよォ!
「……グレイ」
今度はランに呼ばれた。
「はい、何ですか! ご安心ください! あと一分以内には――」
「ごめん。無理」
にこやかにそう言われた。
あ、そうですか。無理ですかー。そっかー。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
ヴァイスとの因縁の決着?
今それどころじゃないんだよォォォォォォォォォ!!!!
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